住友生命いずみホールが贈る『新・日本の響き 和のいずみ』 ―― プロデューサー片岡リサとメインゲスト上妻宏光に邦楽の魅力を聞く
住友生命いずみホールが昨年から始めた邦楽のコンサートシリーズ『新・日本の響き 和のいずみ』の2回目が、津軽三味線の上妻宏光をゲストに迎え8月10日(土)に行われる。クラシック音楽専用ホールで邦楽のコンサートを開催する狙いは何なのか。『和のいずみ』のプロデューサーで箏奏者の片岡リサと、ゲスト出演する津軽三味線奏者の上妻宏光に話を聞いた。
●『和のいずみ』というシリーズ企画には、3つのコンセプトがあります。
――住友生命いずみホールで『和のいずみ』という邦楽のシリーズを昨年から始められました。狙いを教えて下さい。
片岡リサ:いずみホールはクラシックの世界では音響の良さに定評のあるホールですが、和楽器の響きにも合うことは私自身が体験済みです。それを邦楽ファンにも体験して頂きたいと思いました。また、いずみホールが好きだというクラシック音楽ファンにとっても、和楽器の響きは新鮮なはず。武満徹や伊福部昭、藤倉大、坂本龍一などの現代音楽の作曲家も和楽器を使った作品を多数作っていることもあり、一度和楽器の響きをお聴き頂きたかったのです。実はいずみホールは、以前から積極的に邦楽を紹介しようと、長唄三味線で人間国宝の今藤政太郎さんのプロデュースで『和の音を紡ぐ』というシリーズ企画を開催されていました。私も出演させて頂いたことがあります。最近、そういった試みが途絶えていたこともあり、私の方から、邦楽の新しい企画をやりませんかとお声がけさせて頂き、昨年からスタートしました。
『新・日本の響き 和のいずみ』プロデューサー・箏奏者 片岡リサ (c)H.isojima
――この『和のいずみ』というシリーズ企画には、3つのコンセプトがあるとお聞きしています。
片岡:はい、1つ目のコンセプトとして、オープニングは高校生のフレッシュな演奏で始めることにしています。彼らにも、いずみホールの素晴らしい響きを体験して欲しいのです。今年出演する関西創価高等学校箏曲部は、23年連続で『全国高等学校総合文化祭』の日本音楽部門に出場し、2022年には最優秀賞である文部科学大臣賞を受賞している名門校です。いずみホールのパイプオルガンをバックに赤い毛氈を敷いて、25人ほどが箏を弾く姿は圧巻です。
大阪府立夕陽丘高等学校音楽科生徒による演奏 『和のいずみ』(2023.8.26 いずみホール)から (c)樋川智昭
2つ目は、邦楽界のスーパースターをゲストとしてお招きします。第1回目は尺八の藤原道山さんでしたが、今回は津軽三味線の上妻宏光さんをお迎えいたします。津軽三味線と云えば、民謡の伴奏や曲弾きが有名ですが、上妻さんは津軽三味線の全国大会で優勝した後、洋楽器とのコラボを図り、ロックやジャズの世界に単身で乗り込んでいった第一人者。今回は独奏だけでなく、箏や胡弓も交えた「和の弦楽三重奏」などを、お楽しみ頂きます。
片岡リサ、藤原道山 『和のいずみ』(2023.8.26 いずみホール)から (c)樋川智昭
いずみホールには大阪や関西所縁の奏者による「いずみシンフォニエッタ大阪」という現代音楽の演奏を目的とするレジデントオーケストラが存在します。私も大阪出身ということもあり、コンセプトの3つ目として、出演者全員で演奏する曲は、大阪もしくは関西に所縁の有る作曲家に新曲を委嘱する事にしました。昨年は世界で活躍する藤倉大さんに「momiji~尺八と箏のための~」という曲を書いて頂きました。今回は、2017年から2018年にかけて管弦楽作品『組み合わされた風景』で『武満徹作曲賞』、『尾高賞』、『芥川作曲賞』という日本を代表する3つの作曲賞を、史上初めて同時受賞された京都出身の坂田直樹さんにお引き受けいただきました。
藤倉大「momiji~尺八と箏のための」 『和のいずみ』(2023.8.26 いずみホール)から (c)樋川智昭
ここで、第2回『和のいずみ』のゲスト、津軽三味線の上妻宏光にも話を聞いた。ご存知のように上妻宏光といえば、色々な国やジャンルを股にかけ、様々なコラボで聴衆を魅了する音楽家だ。経験豊かな上妻が『和のいずみ』をどのように見ているのか。
●色々なタイプの津軽三味線の曲を聴いて頂き、楽器としての多様性を知って貰いたいです。
――片岡リサさんがプロデュースする『和のいずみ』にご出演されます。
上妻宏光:片岡さんと共演させて頂くのは初めてです。片岡さんが仰っている「クラシック音楽ファンに、和楽器の魅力を伝えたい!」というのは、僕も同じ思いです。クラシック専用ホールのいずみホールで、津軽三味線や和楽器を演奏することも、その響きを体験することも、大変意義深いと思います。それと、オープニングを高校生が務めるそうですが、素晴らしい事ですね。若い人たちがプロと同じステージに上がり、同じ空気を経験する事は大切です。そして坂田直樹さんがこの日のために新曲を書いてくださるとのこと。邦楽の世界はまだまだ作品が不足していると思います。日本を代表する坂田さんの新曲は、まだ譜面を見ていませんが、新しい曲に向き合うのは常に新鮮で刺激的です。楽しみにしています。
津軽三味線奏者 上妻宏光 提供:日本コロムビア
――他ジャンルの音楽とコラボするような発想は、どこから生まれたのでしょうか。
上妻:津軽三味線は父親の影響で、6歳から始めました。友達ともあまり遊ばず、夢中になって弾いていたので上達は早かったです。幼い頃から歌謡曲やアニメの曲を聴く傍ら、姉の影響で洋楽を聴いていましたが、津軽三味線と西洋楽器を合わせるとどんなサウンドになるのかなぁといった事をずっと考えていましたね。当時は、青森や津軽地方出身者でないと、本物の津軽三味線としては認められない、そんな風潮が残っていました。それが悔しくて、『津軽三味線世界大会』は2連覇し、民謡も聴き込みました。そんな時に、宇崎竜童さんがやっていた竜童組の流れを汲むロックバンドの六三四Musashiから誘われて、和楽器とエレキ楽器を融合したハードロックをやる事となりました。
音楽理論ですか? バンド活動の中、実践で学びました 提供:日本コロムビア
――西洋楽器とのコラボをするなら、コードや和声といった音楽理論が必要不可欠だと思います。
上妻:バンドでの実践の中で学びました。コードなんかも、ここで半音上げるとスパニッシュスケールなのか、みたいな感じで発見の連続です。幼い頃から洋楽を聴いて来たことがプラスに働きました。それと津軽三味線は即興が命ですから、ソロ回しにも対応出来ました。津軽三味線は元々、目の不自由な方が即興音楽としてやって来た門付芸ですので、譜面のようなものは無く、口伝で語り継がれて来たので耳は良かったのだと思います。ただ、これからの時代はそれではいけません。100年後にも再現できる音楽として残して行くためには、五線譜に書き込んでいく必要があります。
津軽三味線は即興が命です。ソロ回しは最初から対応出来ました 提供:日本コロムビア
――色んな楽器とコラボされる上で大事にされている事はありますか。
上妻:僕はよく「リズムやグルーヴを捉えて演奏するのが上手いね」と言われます。昔から色々な音楽を聴いてきたことも影響しているかもしれませんね。異ジャンルのミュージシャンとセッションする時は、相手の音楽に溶け込みたいという思いと、三味線が好きだ! という思いが主軸にあって、相手と会話するようにしています。
津軽三味線の「伝統と革新」を追求し続ける上妻宏光 提供:日本コロムビア
――邦楽と洋楽のコラボにおいては、上妻さんが築いた表現方法を若い人たちが追随しているように見えます。
上妻:そうですね、演奏している立ち姿を見ると、音楽を聴かなくても影響の度合いはわかります。人気の和楽器バンドは、メンバーの中に六三四Musashiでボーヤをやっていた和太鼓の黒流君がいるので、スタイルを受け継ぎながらも、自分たちの個性を打ち出そうとアプローチを変えているのだろうと合点がいきました。詩吟出身の女性ボーカルの存在は大きいですね。海外でも和楽器が受け入れられているのは嬉しく思います。
津軽三味線奏者 上妻宏光 写真提供:日本コロムビア
――最後にメッセージをお願いします。
上妻:『和のいずみ』は素晴らしい企画ですね。片岡さんの熱い思いと、それを受け止めるスタッフの皆さんの思いが感じられてワクワクします。色々なタイプの津軽三味線の曲を聴いて頂き、楽器としての多様性を知って貰いたいです。いずみホールでお会いしましょう。
いずみホールでお待ちしています
以上のように、上妻宏光も『和のいずみ』を楽しみにしていることがわかった。もう一度プロデューサーの片岡リサの話に戻そう。
●この組み合わせによる弦楽三重奏は他では絶対に聴けません。
――和楽器演奏の楽しみ方を教えてください
片岡:いずみホールのお客様の中には、室内楽や弦楽四重奏のように指揮者をおかず、奏者のアイコンタクトや息遣い、身振りなどでアンサンブルを作り出して行くことに魅力を感じておられる方も多いのではないでしょうか。高い集中力と演奏技術を持った奏者の真剣なやり取りは、和楽器同士の合わせにも共通する点があります。おまけに和楽器には独特の揺れや間があります。楽器の音の立ち上がりや、入りの予測などは、互いの楽器特性を知っているから出来る訳で、音をどう響かせるかは、ビブラートの掛け方や指の当て方、弦のどの場所で弾くかといった奏者のこだわりもあります。瑞々しい音楽が誕生する瞬間を見て頂けるのは、コンサートならでは。倍音が飛び交ういずみホールにお越しください。
片岡リサと藤原道山 『和のいずみ』(2023.8.26 いずみホール)から (c)樋川智昭
日吉章吾、片岡リサ、池上亜佐佳、藤原道山(左より) 『和のいずみ』(2023.8.26 いずみホール)から (c)樋川智昭
――コンサート当日のプログラムを教えてください。
片岡:上妻さんが、津軽三味線の代表曲「津軽じょんから節」の旧節と新節を弾かれた後、宮城道雄の「春の海」を、尺八部分を津軽三味線で演奏します。上妻さんのオリジナル曲「紙の舞」は独奏で、「夕立」は箏と木場大輔さんの胡弓による3人バージョンで演奏した後、坂田直樹さんの新曲となります。箏と三味線は弾く(はじく)楽器、胡弓は擦(こす)る楽器で特徴が全く違うので「大丈夫ですか、難しく無いですか」とお聞きしたところ、坂田さんは「面白そうですね!」とひと言(笑)。どんな曲が出来上がって来るか、もう期待しかありません。
片岡リサ 『ランチタイムコンサートvol.99』 (2017.3.6 いずみホール) (c)樋川智昭
胡弓演奏家 木場大輔 (c)TAKUMI JUN
――上妻さんの奏でる津軽三味線の魅力は何ですか?
片岡:津軽三味線と言えば、背筋を伸ばして曲弾きをする高橋竹山さんのイメージがある一方で、ロックバンドと一緒にリードギターのように津軽三味線を弾く、上妻さんのカッコ良い姿がすっかりイメージとして定着しました。ロックやジャズとのコラボレーションを数多くおこなっている上妻さんですが、片方で伝統的な民謡の伴奏や曲弾きもキッチリこなされて、まさに「伝統と革新」を実践されているように思います。津軽三味線で速いフレーズをテクニカルに弾く姿はもちろん素敵なのですが、私はゆっくり弾く時の間合いや音色が、明らかに他の三味線奏者とは違っていて好きです。上妻さんの三味線に私の箏が交わるとどんな世界が広がるのか、私も楽しみですし、それをお客様にも聴いて欲しいと思っています。
「何かポーズをお願いします!」 と言う無茶振りに、咄嗟に付けてくれたのがコチラ (c)H.isojima
――最後にメッセージをお願いします。
片岡:上妻さんは私が最も尊敬する音楽家の一人です。「津軽三味線と箏以外に、他に違う楽器を加えるとしたら何が良いと思われますか?」とお聞きしたところ、「胡弓なんかどうでしょう。はじく楽器に対してこする楽器なので、きっと面白いと思いますよ」と、ヒントをいただきました。確かにこの組み合わせによる弦楽三重奏は他では聴けません。まさに千載一遇のチャンスなので、ぜひいずみホールにお越しください。皆様のご来場をお待ちしています。
この組み合わせのコンサートは絶対に聴けません。 ぜひお越しください! (c)H.isojima
取材・文 = 磯島浩彰