日本のエンジニアを取り巻く実情とは(写真:78create/PIXTA)

日本のIT業界で深刻化するエンジニア不足。新型コロナウイルスの影響で採用方針が変化し、即戦力となる経験者の獲得競争が激化している。一方で、中小企業は条件面で大手に後れを取り、人材確保に苦戦。さらに、育成した人材の流出や教育制度の不備など、複合的な問題が山積みとなっている。

日本のIT競争力向上のカギを握るエンジニア採用と育成の現状に迫る(『エンジニアリソース革命』より抜粋してお届けします)。

日本のエンジニアを取り巻く実情

まず日本のエンジニア採用の状況をより深く分析してみましょう。

2020年初頭からの新型コロナウイルスの流行により、多くの企業が採用コストの見直しを余儀なくされました。これに伴いエンジニア採用においては、新卒や未経験者をターゲットとするのではなく、即戦力となる経験者をターゲットとする方針に変更する企業が増えています。

特に20代後半から30代前半の経験豊富なエンジニアに対しては、獲得競争が激化しています。エンジニア不足から市場価値が高まり、エンジニアの給与水準や待遇条件が向上する傾向も見られます。

この変化の中で、中小企業でもエンジニアの採用ニーズが高まっています。

しかし中小企業では、スキルの高いエンジニア経験者が望む給与や待遇を用意するのはなかなか難しく、給与や待遇の条件面で大企業や外資系企業などの競合他社に負けてしまう場面が多く見られます。

同時に中小企業においては、経営層がエンジニア採用の難易度を十分に理解していないため、雇用条件の改善が進まないという問題も見られます。

日本の企業にとって非常に深刻

こうした状況は、日本の企業にとって非常に深刻です。

優秀なエンジニアが獲得しにくい状況で、エンジニア不足は今後も深刻化すると考えられますが、今こそエンジニアの採用戦略を見直し、給与水準や待遇条件の改善、教育体制の強化など、より競争力のある採用手法への転換が求められているのです。

さらに、せっかく採用したエンジニアの流出という問題もあります。

実際に日本の企業では、新卒で入社して企業によって育成された優秀なエンジニアが、3年程度の在籍後にメガベンチャーや外資系IT企業に移るケースも少なくありません。

メガベンチャーとは、ベンチャーが成長して大きくなった企業を指し、日本ではLINEヤフー(Yahoo、LINE、PayPay、ZOZOTOWNの運営元)や楽天、サイバーエージェント、GMOインターネット、DeNA(ディー・エヌ・エー)などが代表例といえます。

ベンチャーの雰囲気で仕事ができる、そのうえ給与面も高く福利厚生も充実している、さらにブランド価値もある……というので、特に若いエンジニアに人気です。これによって、強い企業だけが優秀な人材を独占するという構造が生まれています。中小企業やスタートアップが優秀な人材を確保できないのには、こうした背景もあるのです。

また、IT業界における外資系企業への「移籍」も増加しています。とりわけ高給である、外資系コンサルティングファームへの人材流入が目立ちます。

たとえば、ある外資の大手ITコンサルタント会社では、毎月100人規模の中途採用を行っているともいわれています。ピーク時は年間で約1500人程度の社員増加があったというのは、その人気の高さを物語っています。

リクルートキャリアが2017年に発表した調査では、国内全体の転職求人倍率が1.90倍であるのに対し、外資企業が多いとされるコンサルティングファームでは6.17倍にも上ると報告されています。

IT業界は売り手市場であるため、待遇や条件がよいのが一因と考えられますが、優秀なITエンジニアはどんどん外資企業へ転職してしまう恐れがあります。

このような状況は、日本国内の企業にとって二重の打撃となっています。

ひとつは、新卒採用に力を入れ若手エンジニアを育成しても、数年で大手企業や外資系企業に流出してしまうリスクが高いこと。もうひとつは、即戦力となる経験豊かなエンジニアを採用するための競争が激化していることです。

企業が採用したエンジニアを維持するためには、給与や待遇の改善、キャリアアップの機会の提供、働く環境の充実など、より魅力的な条件を提供しなければなりませんが、資源が限られている中小企業にとっては簡単なことではありません。

しかしそれでも、日本企業は優秀なエンジニアを採用し維持するために、新しい戦略を模索し続ける必要があるのです。

日本はエンジニアが育ちにくい?

日本では、エンジニアの育成に対する取り組みも、十分とはいえない状況です。岸田首相は大意として「スタートアップ大国を目指す」という方針を掲げていますが、スタートアップはIT関連事業が大きな割合を占めているにもかかわらず、エンジニアを増やすための具体的な策はほとんどありません。

実際に日本は、27の先進国の中で、科学や工学の分野でキャリアを目指す学生の割合が最低レベルとなっています。

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本は、STEM(科学、技術、工学、数学)コースを専攻した大学卒業生の割合で22位となっています。つまり、教育機関からのIT人材の供給も不足しているといえます。


(図:『エンジニアリソース革命』より)

さらに悪いことに、日本の会社では入社後の研修制度の質も低いといわれます。

経済産業省の日本を含む8カ国の「会社の教育・研修制度や自己研鑽支援制度に対する満足度」に関する調査結果によれば、日本のIT人材の中で「会社の教育・研修制度や自己研鑽支援制度に満足している」と答えた人の割合は、わずか5.2%。これは8カ国中最も低い数値です。

また、「満足していない」と答えた人の割合も19.0%と、韓国に次いで高い数値を示しています。これらの数字を合わせると、日本のIT人材の約60%が、会社から提供される教育や研修に満足していないことがうかがえます。

自己研鑽しない日本のIT人材


自己研鑽に関する調査でも、日本のIT人材は「業務外ではほとんど勉強しない」と答えた割合が33.6%で、アメリカ、インド、韓国に続いてワースト4位となりました。

一方で、「業務上必要な内容があれば、業務外でも勉強する」と答えた人の割合は47.7%と、中国、ベトナムに次いで高いものの、自発的な学習意欲は低いことがわかります。

これらのデータは、日本においてエンジニア育成が十分に行われていない現実を示しています。

企業が提供する教育や研修に対する満足度が低く、自主的な学習意欲も低いため、エンジニアとしてのスキル向上や新たな知識の習得が進んでいないーこれが日本のIT業界の競争力を低下させる要因となり、エンジニア不足の問題をさらに深刻化させているのです。

(国本 和基 : freecracy株式会社代表取締役社長兼CEO)