対戦相手の死を経て「今、僕が言うこと」 敢えてボクシングの魅力をリングで語った堤聖也の真意
堤聖也が世界前哨戦に完勝
ボクシングの56キロ契約10回戦が7日、東京・両国国技館で行われ、前日本バンタム級王者・堤聖也(角海老宝石)がウィーラワット・ヌーレ(タイ)に4回1分13秒TKO勝ちした。昨年12月に対戦した相手がリング禍に見舞われて以来の一戦。世界前哨戦と位置づけられた試合を勝ち切り、リングから敢えてボクシングの魅力を語った。そこには外野に想像できないものがある。戦績は28歳の堤が11勝(7KO)2分け、22歳のウィーラワットが4勝(2KO)2敗。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
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勝利の余韻に浸ることなく、冷静に投げかけた。堤のリングインタビューだ。
「ボクシングをやっている奴らって、みんなそれぞれ想いを背負って、人生を背負ってやっている。そういうメンツの中で僕も戦ってここにいるし、これからそういう強い王者たちに挑んでいくわけで。そこで勝つ、ベルトを獲ることに大きな価値があると思っています。
ボクシングを本気でやっている奴らのぶつかり合いって、殴り合いですけど、そのぶつかる姿に人は美しいという感情を抱いてしまう。それがボクシングの魅力だと思うし、その競技を今もこうやって続けられることに凄く感謝して、誇りに思います。本物の世界王者たちに勝って、僕も世界王者になります」
リング禍を肯定するわけじゃないのは大前提。だから、国技館はぬくもりのある拍手に包まれた。
昨年12月、日本王者だった堤は穴口一輝選手(真正)からダウンを4度奪う3-0の判定勝ち。しかし、相手は試合後に意識を失い、救急搬送された。右硬膜下血腫により緊急の開頭手術。意識が戻ることなく、2月2日に23歳でこの世を去った。
堤は通夜、告別式に参列。「家族のことを思うと本当に言葉が出ない。僕は何も言えない」。亡くなる直前にこの試合が2023年の年間最高試合賞(世界戦以外)に選ばれた。「互いに持ち味を全部出した試合。やった僕らにしか感じられないこともある」。2人で獲った賞。「毎日思い出す」と7か月を過ごしてきた。
それでもボクシングに対して否定的な声が上がり、何かに取り憑かれたようにネット上で石を投げてくる人もいた。この日のリングから届けたメッセージには、野暮な外野には想像できないものが詰まっている。試合後の取材。視線を頭上に向け、言葉を選びながら真意を明かした。
「(普段から)思っていることですよ。ですし、今、僕が言うことかなとも思いました。そう言うとおこがましいし、反感を買いそうですけど……僕への誹謗中傷もあるけど、気にかけてくれる人、心配してくれる人がたくさんいる。『ボクシングって何なんだろう』と、いろんな人が考えたと思います。
でも、僕はそう思ってボクシングをやっているから。ABEMAさんの配信でいろんな人が見ているから、あの場を借りて言いました」
仲間の優しさを感じる出来事「気にかけてくれる人ほど…」
準備期間の短い試合だった。決まったのは米国合宿中の試合1か月前。いつもは2か月前から減量するため、主戦のバンタム級より2.5キロ重い56キロ契約でも「結構ギリ」と急ピッチで仕上げた。強いとは言えない相手。だからこそ、メンタルづくりも難しかった。
「周りはイージーファイトだと思っている。僕が思ったらダメだけど、今まで対戦した強い奴らと比較すると、どうしても『楽』という気持ちが滲み出てしまう。それを頑張って封じ込めるために、試合前に『効かされる』『絶対に10ラウンドやる』と思って怖さを自分の中で出しながら持っていった。けど、やっぱり苦手ですね。負けると思われている方が気合いが入る」
さらに「メンタルがどうこう言っている時点でまだまだ甘い」と付け加えた。
試合では戦績だけで測れないものを感じた。「拳がマジで硬い。効かせるタイプ」と面食らった出だし。ダウンの不安も抱きながら攻めた。課題だった組み立てを意識し、ボディー攻めを相手が嫌がったところで意表をつくアッパー。顔を弾き、すぐさまボディーに切り替え。3回に2つ、4回にも2つダウンを奪い、完勝した。
「1発目から当てようとしてしまう。3、4回はよかったけど、1、2回からやらないと」と猛省。かつてWBAスーパー&IBF世界ライトフライ級2団体統一王者・田口良一氏とコンビを組んだ石原雄太トレーナーにも「3回の内容が初回だったらよかった。世界戦だとペースを取られてそのまま持って行かれてしまう。今よりレベルを上げていかないと世界を獲れない」と尻を叩かれた。
バンタム級の主要4団体はWBAに井上拓真(大橋)、WBCに中谷潤人(M.T)、IBFに西田凌佑(六島)、WBOに武居由樹(大橋)が就き、日本人が独占している。堤の世界ランクはWBA2位、WBC11位、IBF3位、WBO7位。アマチュア時代に全国高校総体で敗れた井上をターゲットに世界挑戦を描く。
外野に言われるまでもなく、課題は理解している。「練習でやってきたことのベストを出すって凄く難しい。今日みたいなパフォーマンス、仕上がりだと、どのチャンピオンにも絶対に勝てない」と気を引き締め、「世界戦をやったら絶対に勝つ」と王座奪取を誓った。
実はこの7か月、仲間の優しさを切に感じる経験をした。「気にかけてくれる人ほど、別に何も言ってこない。そこに感謝しています」。いつも通り。だから少し気が和らいだ。そんな恩を返すためにも戦っていく。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)