浅木氏からホンダのPUがデザインされたTシャツを手渡され、「必ず着ますね」と笑顔を見せる光一。浅木氏が手に持つのは自らの技術者人生を振り返った初の著書『危機を乗り越える力』

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浅木氏からホンダのPUがデザインされたTシャツを手渡され、「必ず着ますね」と笑顔を見せる光一。浅木氏が手に持つのは自らの技術者人生を振り返った初の著書『危機を乗り越える力』

王者レッドブルとマックス・フェルスタッペンの2連勝でスタートした2024年シーズン。しかし第3戦オーストラリアではフェラーリがワンツーフィニッシュを達成し、反撃ののろしを上げる。

次戦は初の春開催となる鈴鹿での日本GP。『週プレNEWS』で連載中の堂本光一が、ホンダの最強パワーユニット(PU)の生みの親で元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)氏と、今週末の日本GP、今季の王座争いの行方を語り合った!

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【写真】浅木泰昭氏の初の著書『危機を乗り越える力』

■"攻めた"デザインにホンダPUも貢献!?

堂本 今シーズンは各チームがレッドブルのマシンをコピーしてきましたが、レッドブルは開発を停滞させずに、さらに一歩先に行ってしまった。さすがだと思いました。

浅木 私もレッドブルはやるなと思いましたね。昨シーズンは22戦中21勝と圧勝したので、普通なら昨年型マシンをベースに考えるはず。でもマシンをガラッと変えてきました。外側から見えてないところに自信があるので、あれだけ外観を変えてきたのかもしれません。


今季も開幕から強さを披露するレッドブル。鈴鹿との相性は良く、日本GPはフェルスタッペンが2年連続でポール・トゥ・ウインを飾っている

堂本 レッドブルの2024年型マシンは空力的に非常に"攻めた"デザインです。特にサイドポンツーンの開口部が小さい。でもあれだけ小さいと空気抵抗は減りますが、冷却用の空気が取り入れにくいので、PUのクーリングに影響があるのかなと感じます。

浅木 現在のレギュレーションではパワーアップのための改良は凍結されているので、私が開発の指揮をとっていた時代からPUの放熱量を下げる改良をするように指示を出していました。放熱量が下がれば、車体性能を向上させることにつながっていくので、それが実を結んできた可能性はあると思います。

堂本 なるほど、あのレッドブルの革新的なデザインの実現にホンダのPUが貢献しているんですね。

■メルセデス低迷の原因は?

浅木 そうですね。あと、個人的には開幕からメルセデスに注目していました。メルセデスは2014年から8年連続でコンストラクターズ選手権を制し、圧倒的な強さを誇りました。ところが新しいレギュレーションが導入された22年以降は2シーズンにわたって低迷しています。

その原因が今年はっきりすると思っていました。もしレッドブルと戦えるマシンを開発できれば、新ルールに合わせた開発は外してしまったけれども、開発能力は維持されていることになります。でも新ルール導入3年目でも競争力の高いマシンをつくり上げることができなければ、すでに開発能力はないと判断するしかないと思っていました。

堂本 今シーズンも、かつて絶対王者として君臨したメルセデスの姿はありません。

浅木 私たちが散々苦しめられたメルセデスの開発能力がなくなってしまっているのを目の当たりにしてショックを受けました。

堂本 その原因はどこにあるとみているのですか?

浅木 メルセデスはPUの優位性を生かして何年もマシンをつくってきました。本当にパワーがあると多少のドラッグ(空気抵抗)があっても、ダウンフォース(マシンを路面に押さえつける力)をつけたマシンのほうが勝率は絶対にいいんです。実は1980年代後半から90年代前半に圧倒的な強さを誇ったマクラーレン・ホンダも同じでした。

当時のホンダエンジンは強大なパワーがあるので、マクラーレンもそういう車体づくりになっていきました。一方、ウイリアムズなどのライバル勢はパワーがない中でどうやって勝つんだと一生懸命に車体の開発をしていた。

そのうちレギュレーション変更でホンダエンジンにパワーの優位性がなくなると、マクラーレンは車体開発のノウハウを積み重ねていたウイリアムズに追い越されてしまいました。今のメルセデスは、それと似たような事象を繰り返しているのではないかとみています。

堂本 なるほど。その点、レッドブルは頂点に立ってもなお開発の手綱を緩めないというのはすごいですよね。

浅木 PUがルノーだろうが、ホンダだろうが勝つんだという意気込みで開発しています。フェラーリも、いいマシンを仕上げてきました。特に予選は相当速いですね。

堂本 問題はレースペースです。昨シーズンのフェラーリはレッドブルに比べてタイヤの消耗が激しかった。そこがどう改善されているかに注目ですが、PUの勢力図はどう見ていますか?

浅木 私が退職する1年前の時点で、ホンダ、フェラーリ、メルセデスが横並びでした。開発が凍結された中、わずか1年で大きくパワーが変わったらレギュレーション違反ですね(笑)。フェラーリは昨年のデータを分析すると、サーキットによって速かったり遅かったりしているんです。


浅木氏がリーダーとして開発したホンダの新骨格PU「RA621H」。2021年に投入されて以降、レッドブルとフェルスタッペンに栄冠をもたらしている

彼らは信頼性の問題があってパワーを絞っていた可能性があります。それを1年かけて改良して、今年に入って抑えていたパワーを解放させてきたのかもしれません。

堂本 メルセデスはPUでもホンダとフェラーリに差をつけられている可能性は?

浅木 パワーが落ちることはないでしょうが、フェラーリがパワーを解放していることが考えられるので、それでメルセデスが相対的に落ちるということはあるかもしれません。ホンダがどうだったかは言いませんけど(笑)。

堂本 現状ではレッドブルのライバルになりえるのはフェラーリが最有力ということかもしれないですね。


フェルスタッペンの戦線離脱があったものの、第3戦オーストラリアGPをワンツーフィニッシュで制したフェラーリ。日本GPはレッドブルとの優勝争いが最大の見どころとなる

浅木 マクラーレンもマシンの改良が進めば、可能性はあると思います。とはいえ、フェラーリはレッドブルのマツクス・フェルスタッペン選手をまだギリギリのところまで追い込んでいません。フェルスタッペン選手の真の実力が見えていない可能性があります。

堂本 フェラーリは第3戦オーストラリアGPを制しましたが、フェルスタッペン選手はレース開始直後にマシントラブルでリタイアしています。開幕からの2戦は共にフェルスタッペン選手が圧勝だったので、今シーズンはまだ全力で走っていない可能性もあります。だからこそフェラーリにはもっと頑張ってもらうしかない。でもフェラーリは戦略ミスやポカがいつ飛び出すかわかりません(笑)。

浅木 そういう意味では来年が楽しみですよね。ルイス・ハミルトン選手のフェラーリへの移籍で、チーム体制がさらに良くなれば、もう少しレッドブルに迫れると思います。

■角田選手7位入賞!さらなる活躍に期待

堂本 中団グループも昨年同様に大接戦で面白いですね。その中で角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手は第3戦オーストラリアGPで今季初入賞となる7位入賞を果たしました。ただRBは予選では好調ですが、レースになると、苦労している印象です。


オーストラリアGPは7位で今季初入賞した角田選手。過去2回の日本GPでは結果を残せなかったが、母国での入賞を狙う

浅木 RBはレッドブルと連携を強めるということで期待はしていたのですが、昨年とポジションはあまり変わっていません。車体に関しては、もちろんルールの範囲内ですが、他チームが怒るぐらいレッドブルをコピーしてもよかったと思います。

堂本 RBはまだチームとドライバーがマシンの全貌を把握できていない可能性があると思っています。

浅木 確かにまだ結論を出すのは早いですし、11、12番手にいれば、前で何かあれば入賞できるチャンスは十分にあります。実際にフェルスタッペン選手とハミルトン選手がリタイアしたオーストラリアGPでは入賞しています。

堂本 角田選手は今シーズン、速さに関してはチームメイトのダニエル・リカルド選手を上回っています。これからマシンが煮詰まってくればさらなる活躍が期待できそうですね。

■引くタイミングと引き継ぐこと

堂本 浅木さんは1年前まではホンダの技術者としてF1を中から見ていました。今は解説者として外から見ていますが、変化はありましたか?

浅木 やっぱり自分でやっていたほうが楽しいです(笑)。

堂本 そうですよね(笑)。

浅木 最後の1年間は後輩にPUの開発責任者の座を譲っていたので今とあまり変わりませんが、それまではエンジニアとして技術を見ていました。技術開発は楽しいですし、技術は嘘をつきません。こんな技術があったんだという発見があったり、こうしたらもっといいのにと思ってやってみたら性能が向上したり、本当に面白かったです。

堂本 ご自身が開発して育ててきたPUが今でもF1で勝利を重ねているというのは、どういう気持ちですか?

浅木 自分の子供のような部分があって、自分が生み出したものが世に残っているというのは技術者冥利に尽きます。


「自分の子供のような部分があって、自分が生み出したものが世に残っているというのは技術者冥利に尽きます」(浅木泰昭)

堂本 浅木さんと比べてはいけないかもしれませんが、僕も自分が演出し、2000年から主演を務める舞台『SHOCK』シリーズを今年限りで終えます。今後この作品がどうなっていくのかは、まだ何も決まっていません。

でも自分が作り上げてきた舞台をほかの人が演じるのは、きっと寂しいだろうなあと思います。浅木さんもリーダーとして開発したPUは残っていますが、今は後輩たちが引き継いでいます。寂しさもあるんじゃないですか?


「まだ何も決まっていませんが、自分が作り上げてきた舞台を誰かが演じるのは、きっと寂しいだろうなあと思います」(堂本光一)

浅木 そうですね。自分が技術の真っただ中にいた頃は、苦しみは多かったですが楽しかったという思いが強いです。その後、後輩たちに引き継ぎ、ホンダのPUが今も勝ち続けているのもうれしいですが、喜びの感情が微妙に異なります。やっぱり人がやっているのと自分がやっているのでは達成感が違います。

堂本 でも一方で、ホンダのスピリットを後輩たちに引き継ぐことも、浅木さんの使命としてありましたよね。

浅木 そこは葛藤ですよね。自分でやっているのは楽しいけれども未来永えい劫ごうできるわけはありません。いつかは自らが引くタイミングが来ます。私は定年の1年前に後輩たちに引き継ぎましたが、そのときに寂しさはありつつ、ちゃんと継承しなければならないという義務も感じました。

堂本 わかります。この先『SHOCK』という作品がどうなるか、今は見えていません。このまま作品が途絶えてしまうかもしれない。でも後輩の誰かが引き継いで主演を務める人がいて、そこに自分が演出として関わることができれば協力したい気持ちはあります。あるいは自分は一切関わらず、『SHOCK』という名前は残っていくけれども、新しく誰かがやっていくという形になるかもしれません。

どういう形になっていくのであれ、自分がこの作品の第一線でステージに立つことはないんです。そうなったときの感情はまだ正直言って想像がつきませんが、寂しさはあるのは間違いないと思っています。浅木さんは最後の年はどういう感覚でしたか?

浅木 企業の場合は定年があるのでいや応なしに退かなければならないタイミングが来ます。私が全部ずっと仕切って、誰にも継承せず組織がガタガタになったらどうする、という気持ちでしたね。でも堂本さんの仕事には定年というのはないので、今後も続けていけばいいのではないですか?

堂本 『SHOCK』シリーズは今、対談させていただいている帝国劇場と共に歩んできた作品だったのですが、帝劇は2025年2月に休館して建て替え工事をすることになりました。工事期間は最低でも4年はかかるといわれていて、東京でやる劇場がなくなってしまうのです。

工事が終わる4、5年後の50歳になって自分がまた同じ作品を演じるのは、浅木さんからしたら若いと言われるかもしれませんが、ちょっと厳しいなと考え、今年で最後にしようと決断しました。

浅木 なるほど、そういうこともあるんですね。

堂本 自分もこれから『SHOCK』という作品とどう関わるのかわかりませんが、浅木さんの話を聞けて良かった。すごく参考になりました。

■"春の鈴鹿"は重要な一戦になる!

堂本 鈴鹿サーキットでの日本GP(4月5〜7日)が迫ってきましたが、正直まだしっくりきていません。これまではシーズン終盤の9月か10月に開催されるイメージがあるので、「もう鈴鹿か」という感じです。まだ春の鈴鹿に切り替えができていません(笑)。


鈴鹿サーキットを舞台にした日本GPはシーズン終盤の秋が恒例だったが、今年は初めて春開催となり、4月7〜9日に第4戦として行なわれる

浅木 そうですね(笑)。

堂本 これまでの日本GPといえば、チームの勢力図は固まり、マシンの開発も煮詰まり、タイトル争いも佳境に入った中で迎えていましたが、まだ各チームが手探りの中で行なわれます。

僕らファンもどうやって新しい日本GPを楽しめばいいのか、手探り状態ですが、何かサプライズを期待したいですね。

浅木 その年のチャンピオンが決まるというレースではないですが、今シーズンを占うイベントになるのは間違いないと思います。開幕からの3戦は、砂漠の中のバーレーン、市街地のサウジアラビア、半分公道コースのオーストラリアと、特殊なサーキットで行なわれてきました。

鈴鹿での日本GPは今季初めて通常サーキットで開催されるので、各チームのマシンの実力がよりはっきりと見えてくると思います。

堂本 普通に戦えば、レッドブルとフェルスタッペン選手が強そうですよね。でも予選が拮抗している分、ちょっとしたことで面白い展開になる可能性はあります。

浅木 鈴鹿は抜きづらいコースなので、予選が荒れると波乱含みのレースになる可能性はゼロじゃないですね。

堂本 今年のフェラーリは一発のタイムではレッドブルに迫る速さを持っています。でも冒頭にも話しましたが、問題は決勝のペースです。タイヤに厳しい鈴鹿でフェラーリがレッドブルを相手にどこまで戦えるのか。チャンピオン争いの行方を左右する重要な一戦になると思います。

浅木 私はマクラーレンにも注目しています。昨年の日本GPでマクラーレンの2台が表彰台(2位と3位)に上がっています。もしレッドブルのセルジオ・ペレス選手がコケて、マクラーレン勢がふたりがかりでフェルスタッペン選手に戦いを挑む形に持ち込めれば、面白い展開になると思います。

堂本 日本GP前のオーストラリアで今季初入賞した角田選手にも期待したいですし、見どころはいっぱいです。春開催の新しい日本GPも見逃せませんね!


『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(浅木泰昭・著 集英社インターナショナル/1760円)。9年連続販売トップの軽自動車N-BOXと、ホンダに30年ぶりのF1タイトルをもたらしたPUの生みの親が、技術者人生で直面した危機を振り返りプロジェクト成功の舞台裏を明かす。堂本光一氏との対談も収録

スタイリング/渡邊奈央(Creative GUILD)衣装協力/KaraIn ヘア&メイク/大平真輝

●浅木泰昭(Yasuaki ASAKI) 
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は、動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。

構成/川原田 剛 撮影/樋口 涼(対談) 写真/桜井淳雄