アイドルを卒業したのに、なぜ再びアイドルに戻るのか…承認欲求か、リベンジか、やむを得ずか「アイドルはやめられない」時代のセカンドキャリア問題
「旅立ちの日に」という曲をご存じだろうか。2000年頃から全国に広まった卒業ソングで、10~30代にとっては卒業の定番だが、40代を境に知名度が一気に低くなる曲なのだ。卒業式でこの歌が流れたときにキョトンとしている人がいれば、40代以上と考えていいだろう。
卒業をシステム化した「モーニング娘。」
卒業ソングが時代によって変わるように、アイドルの卒業も変化してきている。特に近年、アイドルがグループからなかなか卒業しなくなっている。
数多のアイドルグループに先駆けて、メンバーが脱退することを「卒業」という言葉で表すようになったのが、1985年に結成された「おニャン子クラブ」だ。中島美春、河合その子がグループを脱退する際には、コンサートで卒業式を行った。それ以降、メンバーが脱退する際に卒業という言葉が使われるようになった。
おニャン子クラブを生んだフジテレビのバラエティ番組『夕やけニャンニャン』のコンセプトは“放課後のクラブ活動”であり、メンバーはほぼ10代。グループから離れると同時に芸能界自体から引退をする者も多く、まさに文字通り“卒業”だった。
こうしたアイドルの卒業をシステムとして導入したのが、1997年にテレビ東京のオーディション番組『ASAYAN』から生まれた「モーニング娘。」だ。
モー娘。の卒業システムはおニャン子の影響と言われることも多いが、所属事務所であるアップフロントエージェンシーの山崎直樹社長(現アップフロントグループ会長)は当時の日経新聞やサイゾーのインタビューの中でメンバーの卒業、新メンバーの加入について「80年代のアメリカの男性アイドルグループのシステムを真似た」と話している。
この卒業、新加入というシステムを導入することで、モー娘。というブランドは残しつつ、新鮮なメンバーを加入させることでマンネリ化を防ぎ、グループへの興味を持続させることができるようになった。
この結果、それまでアイドルのグループとしての活動期間はキャンディーズは6年、ピンク・レディーは4年7か月、おニャン子クラブは2年半だったが、モー娘。は26年と、四半世紀を超えるほどの長寿グループとなった。
そして、このグループの長寿化とともに起こったのが、アイドルの在籍期間の長期化だ。
今はアイドルがアイドルになる時代
モー娘。の初期メンバー5人の在籍期間の平均は4年6か月だが、2001年に加入した5期の郄橋愛、新垣里沙、2003年に加入した6期の田中れいな、道重さゆみという、ファンから「プラチナ期」と呼ばれる頃の中心メンバーはいずれもグループ在籍期間が10年を超えている。昨年グループを卒業した9代目リーダーの譜久村聖は12年10か月もの間、モー娘。として活動した。
モー娘。の後にアイドルグループの頂点に立った「AKB48」、そして「乃木坂46」でも、この卒業システムは導入され、アイドルとそのグループの長寿化は進んでいく。
特にAKBの公式ライバルとして登場した乃木坂46は比較的早くから成功したこともあり初期メンバーの平均在籍期間は約6年6か月。グループ全体としても平均在籍期間は6年5か月で、AKB48の4年6か月を大きく上回っている。一方、AKB48には「10年桜」という歌があるが、卒業するまでの在籍期間が10年を超えるメンバーが23人もいる。
AKB48の11枚目のシングル『10年桜』
最年長のAKBメンバーである柏木由紀は現在32歳。今年3月に卒業コンサートを行い、4月末でグループを卒業するが、アイドルとしての活動は実に17年間に及ぶ。17年前はスマホもSNSもまだなく、消費税は5%だったのだからまさにレジェンドだ。
AKBや乃木坂の在籍期間が長くなった理由として、アイドルグループの活動と平行して演技やモデルといったソロ活動ができたことがある。また、アイドルグループの乱立により元アイドルの数が増加。いくら元AKB、元乃木坂といえど、グループ脱退後の活動・活躍が難しいという面もある。
さらにアイドルグループを一旦は卒業するも、別のアイドルグループに入るケースも増えている。
例えば昨年の日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得した「FRUITS ZIPPER」は2022年結成だが、メンバーの月足天音は元HKT48、櫻井優衣、仲川瑠夏ももともとは別のアイドルグループに所属しており7人中3人が元アイドルだ。さらにライブハウスを中心とした活動をする「地下アイドル」では、数グループをわたり歩くアイドルもざらにいる。今はアイドルがアイドルになる時代ともいえる。
ではアイドルを卒業したのに、なぜ再びアイドルに戻るのか。そこにはいくつかの理由がある。
アイドルのセカンドキャリア問題
まずアイドル活動で承認欲求が満たされた体験が忘れらず、舞い戻るケース。特にSNSが幼い頃からあるZ世代はそれまでの世代に比べ、他人に認められたい意識が強いと言われており、明言はせずともこれが理由であるアイドルは多い。
また、アイドルは続けたいものの、以前のグループや所属事務所とソリが合わずに卒業したため、リベンジで別のアイドルグループに入るケース。フリーランスの作曲家なども増え楽曲制作のコストが下がったこともあり、アイドルの参入障壁は以前よりもグッと低くなっている。その分、安易にアイドルグループを作る事務所も増えており、そうした事務所に当たって陽の目を見れなかったアイドルが「次こそは」と別のグループでアイドルを続けていく。
ライブを行えば即、現金収入になるアイドルは、芸能事務所としてもビジネスにしやすく、女優志望で事務所に入るもアイドルになることを勧められ、結局アイドルとして再始動するパターンもある。
このようにアイドルはかつてのような通過点ではなく、それ単体でビジネスとして成り立つようになり、結果としてアイドルはなかなか卒業しなくなった。
アイドルを応援するファンにとってはうれしい一方、アイドルの卒業が延びることには弊害もある。10代の頃からアイドルしかやってこなかったことで、25歳くらいで卒業し一般企業に勤めようと思ってもスキルが足りずに就職できない、といったアイドルのセカンドキャリア問題である。最近ではアイドルのセカンドキャリア支援を手がける企業も増えているが、早期解決の道はまだまだ遠い。
いい意味でも悪い意味でも「アイドルはやめられない」わけだが、いつか来る“旅立ちの日に”備え、アイドル自身も次のステージを早くから考える必要がある。
文/徳重龍徳