街路樹が育ちすぎて様々な方面へ悪影響を与えるケースが各地で起こっています。“道路施設”としての側面に留まらず、街並みの象徴ともなっていることから、維持してほしいという声も大きいもの。抜本的な解決には長い年月がかかりそうです。

「街路樹 どう感じてますか?」意見を求める

 店舗前の樹を無断で撤去するなどしていたことが明らかになった「ビッグモーター」の事件でも注目された、街路樹。これは言語同断でしたが、実は各地で街路樹の管理は深刻化しています。


国道20号のケヤキ並木(画像:東京国道事務所)。

 国土交通省 東京国道事務所が2024年1月4日より、国道20号「甲州街道」のケヤキ並木について広く利用者の声を集めるべく、WEBアンケート調査を始めました。世田谷区内およそ6.2kmのケヤキ並木は、都区内の国道における並木区間のなかでも特に「樹木の育ちすぎ」が深刻で、幹周90cm以上の“大径木”が80%を占めるそうです。

「今後どのようにしていくかはまだ決まっていない。いまは道路を利用する人が、ケヤキ並木についてどう思っているかという声を広く集めている」と東京国道事務所の担当者は話します。

 この国道20号のケヤキ並木は、昭和の東京オリンピックに向けて整備された、当時の都内最大規模のケヤキ並木だったそうです。それから60年以上が経ち、樹木の根上がりで歩道を圧迫、路面に凹凸が発生したり、根が民地の排水管にまで入り込んで詰まらせてしまったり、車道にせり出した幹にクルマが接触したり……病気が進んだ樹木が増えて倒木のリスクも高まっています。

 実際、佐賀県では2019年に唐津市の名勝「虹ノ松原」を通る道路で、沿道のマツの木が倒れ、走行中の乗用車に乗っていた5歳の男の子が死亡する痛ましい事故も発生しています。

 他方、通行に支障する恐れのある街路樹を伐採しようとしたところ、合意形成がなされず住民らが反対する事例も各地であります。街路樹は年月とともに単なる“道路施設”ではなく、地域の大切なシンボルになっていくのです。

 都内では2023年8月、港区の明治学院大学前の樹齢100年を越すイチョウの木が撤去されました。正門前のバス停の隣に立っていた木で、車道に大きくはみ出すほどに幹が育っていましたが、この木はもともと、旧東京市の道路拡張に際し「伐採しない」約束を取り付け、大学が土地を無償提供したという経緯のあるものです。

 しかし、木の内部がスカスカになって、いつ倒れてもおかしくない状態であったことから、区が伐採を決定。その直前には、近隣の人々によって「100年ありがとう」などのメッセージや折り鶴などが木に結び付けられるなどしたほか、大学側も「本学ゆかりの大銀杏を記録にとどめたい方がいらっしゃると存じますので」と、伐採をwebサイトで告知しました。

植え替えはものすごく時間がかかる!?

 冒頭の国道20号のケヤキ並木は、大径化により目標とする樹形を維持できず、結果的に健全度が低下し、維持管理費も増大するという課題を抱えています。

 地域からは「困っている」という声もあるものの、「歴史的に大切な場所」「維持してほしい」という声も多数。このため東京国道事務所は国道20号の事例を、管内に約1万5000本ある街路樹対策・合意形成のモデルケースにすべく、広く意見を募集している段階です。

 伐採ではなく「植え替え」による維持を選択し、実行に移しているところもあります。

 宮崎市では、宮崎国道事務所が“南国”の象徴である街路樹のヤシの木を植え替える作業を2017年から行っています。樹高が高くなりすぎて剪定などの維持管理も困難になったためですが、こちらは約60年をかけて進める息の長い事業となっています。

 長い年月を経た街路樹が「文化財」になっているケースの一つが、栃木県の日光に通じる国道119号などの杉並木です。約400年前、日光東照宮造営の頃に植樹されたもので、日光杉並木街道は日本で唯一、国の特別史跡・特別天然記念物の二重指定を受けています。

 しかし、生育環境の悪化によって杉の数が減り続けていることから、栃木県はこの保護を目的の一つとして並行するバイパスを整備するなどし、2022年から日光杉並木街道の一部区間は車両通行止めになりました。


伐採された明治学院大学前の大イチョウ(読者提供)。

 歩行者や車両の通行に支障をきたし、近隣住民の生活にも悪影響を及ぼすこともある「育ちすぎ」の街路樹ですが、ある意味、年月を経て大きくなればなるほど、シンボル性や歴史性を帯びていくともいえます。今の選択が、今後の数百年を左右することもあるかもしれません。