アイスクリーム

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外国人観光客は日本のどこに魅力を感じているのか。放送プロデューサーのデーブ・スペクターさんは「完全に作られた観光業の国ではないところだ。だが、最近それが失われつつある」という。脳科学者の中野信子さんとの対談をまとめた『ニッポンの闇』(新潮新書)より、一部を紹介する――。(第3回)

■「お下げしてよろしいですか」は親切ではなく迷惑

【デーブ】日本ってだから過剰に親切というか、新幹線のアイスクリーム、有名じゃないですか。

【中野】硬くてね。

【デーブ】必ず、「たいへん硬くなっておりますので、少々お待ちになってからお召し上がりください」って言うんだよね。知ってますよ。何度も食べてますよ。

時刻通り出るのに「たいへんお待たせいたしました」って、待ってないんですよね。別に。飛行機で日帰りで福岡行った時、ボールペン書けなくなったから、いけないんだけど前のポケットに捨ててったの。そしたら帰りの便でCAが「先ほどお忘れになったボールペンでございます」って返してきた。「そこまでやる?」って思った。

写真=iStock.com/flyingv43
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/flyingv43

【中野】日本はそう、そういう感じ。本当そういう感じ。

【デーブ】でも例えばカレーライスとか食べるでしょ? 明らかに食べ終わってて、ごはんひと粒もないのに「お下げしてよろしいですか」ってもう、いやいや、今から舐めようと思ってますってないじゃないですか。会話してるのに邪魔じゃない。あれが嫌。

【中野】なんか話しててめちゃくちゃ盛り上がってるのに、「こちらシーザーサラダでございます」って、頼んだんだから知ってるよ! ってなる。

【デーブ】見りゃわかるよってね。しゃべってなければまだいいけど、臨機応変さがないよね。

【中野】その辺はちょっと思う。

■気を配る必要のないところまで気配りする

【デーブ】アメリカとかもうほっといてくれるじゃない。チップ欲しいからわざとサービスする人もいるんだけど、明らかにこう話しかけられたくない人にはいちいち言わないですよ。まして、しゃべってるのに割り込んだりとかは絶対しないですよ。

新幹線、もうしょっちゅう乗ってるんで、「この頃、スリ・置き引きが多発しております」とかってアナウンス流れるじゃない? この頃かな、このところかな、20年くらい同じこと言ってるからなんか説得力ないっていうか、いや最近もいたのかもしれないけどね。

【中野】誰かの会社とか大学に訪ねていって、受付で書類を書かなきゃいけないことあるじゃないですか。名前とか入場時刻とか。私は紙をちょっと斜めにした方が書きやすいから斜めにして書いてるのに、ちょっと目を離すと直す人がいるんですよ。え? と思うんですよ。何すんですかって。

【デーブ】いるね、受付の人とかでね。

【中野】まっすぐじゃなきゃ書きにくいでしょって気配りなんですけど、それは残念ながら私にとっては気配りじゃないという……。

【デーブ】そういうマニュアルがあって自動的にやってるとかね。

【中野】アピールという意味もあるかもしれない。気の利く女として。日本では気の利く女っていうのは気の利かない女よりも上にいるので。

【デーブ】困ってる人がいるのに冷たい人間だと思われたくないとかね。

【中野】ありがたいことではあるんですが……、ほっといてくれ、ってこともね、ありますよね。

■なぜ外国人旅行客は日本を目指すのか

【デーブ】だけど、過剰にせよ、それが日本流のサービス、おもてなしってところもあったわけじゃないですか。そういうのできなくなったらどうすんのかな? とも思いますよ。おしぼり出なくなったらどうしようとか。海外からの観光収入だってほしいのに。

【中野】実際、観光サービス業の人手不足、コロナ後にさらに深刻になりましたもんね。

【デーブ】それで言うと、海外の注目が高まって日本って今大人気なんですよ。

【中野】円が安いし。

【デーブ】もう観光王国になってる。安倍政権の政策の影響もあるんですけど、面白いんですよ、日本って。

例えば、必要ないのに工事現場の前にいるじゃないですか、イラストのおじさんが。頭下げてて。ご迷惑をおかけしますって。別にあのイラスト必要ないでしょ? 必要ないでしょって言ったらおじさんかわいそうだけどさ、ここ通れませんってわかればいいだけなんだから。でもあれ可愛いねって、外国人がみんな写真撮るの。

【中野】ああ。

■無意識だから面白かった

【デーブ】薬局の前に、カエルのあれ、何だっけ。

【中野】ケロちゃん。

【デーブ】そうそう、あれ面白いじゃないですか。ああいうのですよ。カーネルおじさんも、ふつういないもん、アメリカに。立ってないんです、KFCの前に。

写真=時事通信フォト
ケンタッキー・フライドチキンの店頭に置かれた「カーネルおじさん」(2003年9月23日、東京都新宿区) - 写真=時事通信フォト

【中野】そうですか?

【デーブ】でもそれが面白いから、みんな写真撮る。不二家の前にペコちゃん立ってるじゃない。ああいうマスコットだらけとか、蝋細工の料理とか食品のサンプルとか、日本人は当たり前と思ってることがガイジンは面白いわけ。

【中野】ふふふ。面白いなあ。

【デーブ】ところが今は間違いなく、日本人がそういうことを意識するようになってしまったんです。何でそれを僕が警戒するかっていうと、今までの日本が面白かったのは、それを意識しないでやってこられたからなんですよ。

意識してしまうとあれと同じなんです、クールジャパン。クールって言っちゃダメなのよ、自分で。

フランスみたいにずっと観光やってる国はいいんですよ。フロリダのディズニー・ワールドとかね。日本はそうじゃないの。独自に知られないまま、無意識で面白い国だったのに、外に知らせると、あるいは自分で意識するともうおしまいでしょ。

【中野】日本人は自己肯定感低いから、褒められたら必要以上にがんばるとか、図に乗っちゃうっていうのは、正直あったでしょうね。

【デーブ】図に乗るのもダメ。いいの。もう放っておけ、放っておきな、言うなって。自然のまんまがいいんですよ、ありのまま。日本はもうそのままだから面白いんですよ。

■滝川クリステルがダメにした

【デーブ】もう滝川クリステルが許せないのは、ニュース番組で斜め45度でニュース読んだとかそういうことじゃなくて、「おもてなし」と言ったから。クリスタルが日本をダメにした。

【中野】クリステルですよ。あと、「おもてなし」と言わせたのは代理店とかじゃないですか。

【デーブ】今もうどんどん増えてるね、小泉純一郎とスティーブ・ジョブズと、今、滝川クリステルが仲間入りしたんだけど、なぜかと言うと、それまでは「おもてなし」という言葉、あんまり使ってませんでした。

【中野】おもてなしとは、裏があるなり。

【デーブ】表がないからね。裏だけだよね。それもあるけど、おもてなしって言葉、それまであんまり使ってなかった。ところが流行語大賞まで取っちゃって、流行っちゃって、サービス業の人が、日本人に対しても外国人観光客に対してもおもてなしがどうのこうのと言うようになった。それ、ダメですよ。人に言うもんじゃない。

【中野】ああ、そういうこと。気持ちですからね。相手が思うものであって、自分が言うものではない。

【デーブ】昔、テレビ東京の豪華旅館の番組があったじゃないですか。それで石川かどっか行ったんですよね、すごい旅館に泊まったんですよ、15階建てとか12階建てとかの大きい旅館。そこのロビーにポスターがあって、旅館の従業員全員が同じ色の着物着て、旅館の前の砂浜でお辞儀してるんですよ、もう100人ぐらい。すごい写真ですよ。

僕にしてみたらもうとんでもない写真。何か『ハンドメイズ・テイル』みたいですよ、何だっけ、日本のタイトル。

【中野】はいはい、私も読みましたよ、『侍女の物語』。

【デーブ】それ。恐ろしいですよね。それはいいんだけど、写ってる皆さんね、当たり前だけど違和感ないの。だって今度ポスター用の写真撮りますから、皆さんいつもの着物着ていただいて、外出て下さいって話でしょ。何も意識してないから素晴らしいんですよ。

■秘すれば花の精神

【中野】わかる、言語化しちゃいけないんですよね、そういうのね。

【デーブ】そう、それを意識させたらもうおしまい。

【中野】うん、格好悪くなっちゃう。

【デーブ】もうほかの国みたいになっちゃうの、意識しちゃうと。わかる?

【中野】せっかくの天然キャラだったのに、自分でキャラを押し出したら面白くも何ともないという。

【デーブ】自分を天然ですって言う人に面白い人いないじゃないですか。

【中野】その時点で天然じゃないしね。

【デーブ】日本が注目されるほど心配事が増えてるっていうね、大きいお世話ですけど。

【中野】いやいや、でも本当にそれはあって、昔ね、あるアジアの国の女の子で、彼女は日本で育ったこともあって、日本語をしゃべるのだけ聞くと日本人としか思えないくらいうまいの。

その子に、おもてなしするから、と言われて、彼女のおうちに行ったんですね。けっこうカジュアルなおもてなしで、まあまあざっくりしている。割と大雑把な感じなんだなって思って帰る時に、「これが私の国のホスピタリティよ!」って言われて、おお、新しいなってなったのを思い出した。

■このままだとリピーターは来なくなる

【デーブ】日本の面白さって、僕、あんまり言わないほうがいいと思う。今インバウンドでいろいろ言われてるけど。英語表示、中国語表示くらいあった方がいいけど、ハングル、スペイン語、ロシア語、いらないよ。

【中野】今すごい多言語になってますよね。

【デーブ】迷子になったほうがいいよ、迷子に。それで迷った人に親切にする日本人のホスピタリティがおもてなしでいいじゃない。

【中野】わかるわ。廃墟を整備するともう魅力が失われるみたいな。

【デーブ】我慢してでもそのまんまにしておかないと、シンガポールみたいになっちゃわないかと思うんですよ。完全に作られた観光業の国になって終わりだっていう。

【中野】ああ。

中野信子、デーブ・スペクター『ニッポンの闇』(新潮新書)

【デーブ】そうなると日本にリピーター、そんなに来なくなりますよ。特に欧米人が。シンガポールは観光立国で成功してるけど、来るのはインドネシア、インド、マレーシアってご近所だもの。カジノあるし。

日本の外国人観光客は、何かのぞきに来てる程度だったんですよ前は。いいんですか? お邪魔して、みたいな感じで。そうやって自分でいろんなもの探して、見て、写真撮って帰ってたんだから。今は何かあまりにもオーバーに日本側が言ってるから。

【中野】確かに。何か不自然ですよね。

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デーブ・スペクター放送プロデューサー
アメリカ・シカゴ出身。TVプロデューサー、タレント。世界の番組や情報等を日本に紹介、情報番組を中心にコメンテーターとして活躍。
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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。
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(放送プロデューサー デーブ・スペクター、脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)