多数の人気レギュラー番組を持つダウンタウンの松本人志さん。混沌とした状況はどうなっていくのでしょうか?(画像:「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」公式サイトより)

松本人志さんをめぐる性加害疑惑騒動がさらに混沌とした状況に陥っています。

きっかけは昨年12月に「文春オンライン」で報じられた性加害疑惑。2015年に高級ホテルで飲み会が行われ、ある女性に性的な行為を迫ったことなどが報じられました。

これを所属元の吉本興業が全面否定したほか、松本さんも自身のXに「いつ辞めても良いと思ってたんやけど…やる気が出てきたなぁ〜」と否定のニュアンスを投稿。しかし、1月8日に松本さんは活動休止を発表し、裁判に注力する姿勢を明らかにしました。


(画像:松本人志さんのXより)


(画像:松本人志さんのXより)

さらに10日、「週刊文春」が新たに女性3人の証言を続報。また同日、松本さんがXで出演を予告していた「ワイドナショー」の出演が取りやめになるなど、次々に新たなニュースが飛び込んできます。

この間、ネットメディアが関連記事を量産しているほか、SNSのコメントも常に書き込まれていますが、中には首をかしげたくなるようなものも少なくありません。今回の騒動は主に5つの論点が混在して焦点が見えづらくなっているだけに、中立な立場から「当事者は何を争っているのか」「どんな経過や影響が予測されるのか」などを整理していきます。

裁判が長期化せざるをえない理由

最初に主な論点を挙げておくと、

「性加害は本当にあったのか。その結果で松本さんはどうなるのか」

「松本人志VS週刊文春、名誉毀損をめぐる裁判の損害賠償額」

「被害女性たちが声をあげた背景と告訴はあるのか」

「一般人の発言はどこまでがセカンドレイプに該当するのか」

「テレビ業界やお笑い業界への影響」

の5つ。

まず「性加害は本当にあったのか。その結果で松本さんはどうなるのか」について。ネット上で最も多い議論はこの「性加害の有無」ですが、被害者にとって極めて重要なことである一方で、松本さんサイドと「週刊文春」にとってはそこまでではないというムードが漂っています。

松本さんサイドにしてみれば、「性加害はしていない」という認識がある上に、ネット上に「かなり前の出来事だし、証拠がないのでは」「LINEの内容とか(被害女性にとって)不利なものしか出なさそう」などの声が挙がっており、被害の立証が難しいことから、松本さんサイドがあまり不安視していない様子が伝わってきます。

一方の「週刊文春」は、もし性加害が裁判で認められなかったとしても、それで自分たちが「松本さんに対する名誉毀損で罪に問われるか」は別問題。法律上、「報道に公共性・公益性があり、真実ではなくても、真実相当性(真実であると信じる理由や根拠)を証明できれば罪にならないことがある」ことを熟知しており、「それを裏付ける取材を緻密かつ繊細に重ねてきた」という勝算があるのでしょう。つまり、「性加害が認められなかった場合でも、ダメージを受けないように裁判を進められる」という手応えのようなものを感じさせます。

ちなみに、本人がXに投稿しているように東国原英夫さんは2012年に週刊文春へ損害賠償を求めて提訴。2年後の2014年に名誉毀損が認められ、「週刊文春」には220万円の支払いが命じられました。東国原さんは約2年の年月がかかりましたが、松本さんのケースでは今後、証人の数が増え、控訴や上告で長引けば、さらに時間がかかるとみられています。

もし裁判所から和解を提示されても、活動休止という覚悟やメディア報道への不信感を踏まえると、松本さんが受け入れる可能性はかなり低いとみるのが自然でしょう。活動休止を発表したときからネット上に「これで松本は消える」という声が挙がっていましたが、その背景としては「性加害が認められるか」という点以上に、「裁判に費やされる年月の長さ」によるところも大きいのです。

松本さんが裁判に全力で挑む最大の目的

2つ目の論点は、「松本人志VS週刊文春、名誉毀損をめぐる裁判の損害賠償額」。

前述したように松本さんと「週刊文春」それぞれに戦う意思や勝算があり、長期化が避けられない状況でクローズアップされるのは損害賠償額。報道に伴う松本さんの活動休止で失われる利益は莫大な金額になるだけに、勝訴した場合「いくらなのか」が焦点になるでしょう。

前述した東国原さんのケースでは、名誉毀損が認められても損害賠償額はわずか220万円にとどまりました。もちろん裁判の内容は異なるものの、自身のXに橋下徹さんが「100万円、200万円の慰謝料を払っても(雑誌が)売れた方が得ですからガンガン書いてきます」、東国原さんが「こんなもん弁護士費用も出ないという話。場合によっては、数億、十数億、数十億という損害賠償が認められるべきではないかな」などとつづっていたように、「これまでの金額ではふさわしくない」という声が挙がりはじめています。

松本さんにはプライバシーの侵害による損害賠償請求も考えられますし、所属元の吉本興業は業務妨害を理由とする損害賠償請求もありえるでしょう。その意味では、日本の芸能史上、かつてないほど損害賠償額の行方が注目される裁判になるのかもしれません。

ただ、それでも松本さんが活動休止することのダメージはあまりに大きいだけに、その目的が名誉毀損と損害賠償だけではないことは明らか。「週刊文春」に限らず芸能人に対するメディア報道のあり方、特にプライバシーの侵害に対する抑制など、業界や同業者に対する影響を見据えたうえでの行動でなければ、あまりにも割が合わない戦いだからです。

一方、8日にあらためて「一連の報道には十分に自信を持っており、現在も小誌には情報提供が多数寄せられています」とコメントした「週刊文春」も、仮に負けたとしても多額の損害賠償を支払う必要性のない戦い方を準備しているのではないでしょうか。

その点、時にできるだけ少ないダメージで負ける戦いを仕掛けられることも「週刊文春」の強みなのかもしれません。その彼らにとっての小さな負けがあまり報じられないことも含めて、「文春無双」というイメージ戦略が成功しているところも感じさせられます。

だからこそ松本さんには、「多くの人々が注目する中で、週刊誌の象徴である『週刊文春』を負けさせることでメディア側が絶対有利な現状を変えたい」という思いがあるように見えてならないのです。

「証言台に立つ」女性たちの戦い

3つ目の論点は、「被害女性たちが声をあげた背景と告訴はあるのか」。

被害者女性の1人は報道の中で、「ジャニーズ事務所の性加害騒動を見て勇気をもらった」ことを明かしていましたが、その発言内容を見る限り、強い怒りや使命のようなものを感じさせられます。

ただ、ネット上には松本さんを非難する声だけでなく、被害女性に対する誹謗中傷のような書き込みも少なくありません。さらに、これほど記事やコメントが増えていることの精神的重圧は大きく、「どこかから情報が漏れて個人情報が特定されるかもしれない」という不安とも戦わなければいけないでしょう。

加えて今後は、松本さんと「週刊文春」の間で行われる裁判にもかかわっていかなければいけません。その間、穏やかな生活を送ることは難しく、期間が長く続くほど苦しさは増していくのではないでしょうか。

「週刊文春」の続報によると、ある被害女性は「今後、裁判になったとしたら証言台で自分の身に起きたことをきちんと説明したいと考えています」とコメントしていました。厳しい日々と戦いが予想される中、もし複数の被害女性がいて、被害を受けた日時や場所を越えて一枚岩になるようなことがあれば、世間を味方につけられるかもしれません。

さらに今後「ない」とは言い切れないのが、被害女性が松本さんを強制わいせつ、不同意性交罪で告訴すること。

報じられている2015年の性加害疑惑は、もしそれが真実だとしても民事での時効5年が成立していますが、刑事事件としては不同意性交罪の公訴時効10年が成立していないようなのです。

加えて文春の続報には「2015年から2019年にかけて参加した3人の女性が事実関係を認め」という記述がありました。こちらは刑事事件における強制わいせつの公訴時効7年も成立していないだけに、その内容によっては松本さんが訴えられることもあり得るでしょう。

あいまいなセカンドレイプの境界線

4つ目の論点は、「一般人の発言はどこまでがセカンドレイプに該当するのか」。

被害女性に寄り添う声がある一方で、「なぜ8年も前の話を今するのか」「おいしそうな話に乗って危ない場所に行った自分が悪い」「すぐ警察に行かなかったのはおかしい」「告発はお金目的だろう」などと厳しい声を浴びせる人も多く、そのたびに「セカンドレイプではないか」という声が挙がっています。

明らかに誹謗中傷と思わせるような書き込みだけでなく、被害女性が送ったLINEを流出させるような行為も含めて、その行為を「セカンドレイプ」と言われても無理はないでしょう。「みんな書いているからこれくらいはいいだろう」という理屈は通用せず、被害女性たちから損害賠償を請求されても不思議ではありません。

これはもちろん松本さんに対する誹謗中傷なども同様であり、芸能活動を休止してまで対策している以上、「どの程度の書き込みまでを許すか」の境界線はわからないところがあります。とりわけ出演番組や出演CMのスポンサーに向けた誹謗中傷は松本さんに限らず、今後、芸能人が誹謗中傷の被害を訴えるところになるかもしれません。

みなさんに覚えておいてほしいのは、「論点が多く結論が出づらい話題ほど、ネット上の書き込みが盛り上がりやすく、批判の声がエスカレートしやすい」という人間の行動心理。いずれにしても、裁判前の現段階で被害女性、松本さんの双方に、何かを決めつけて叩くような書き込みは避けたほうがいいでしょう。

ネット上の書き込みを見ていてもう1つ気になったのが、「証言だけで性犯罪が成立するのはおかしい」「性犯罪は具体的な証拠がなくても証言だけで罪に問われてしまう」などと疑問視するような声。セクシャルハラスメントや痴漢の冤罪が生まれやすいことなどを絡めて、証拠が少なくても罪に問われやすいことを指摘したいのでしょう。

さらに、「なぜ証拠がないのか」と書くと「セカンドレイプ」と言われ、言葉を封じられる風潮があるも論点の1つ。この点は、あくまで被害女性を責めているような印象を与えず、一般論として「今後どうしていけばいいのか」を問いかける姿勢が必要でしょう。

松本さん不在で業界はどう変わるか

最後に5つ目の論点は、「テレビ業界やお笑い業界への影響」。

松本さんの活動休止によって現在、テレビ業界は大混乱の最中。性加害が確定したわけではなく、とはいえ、視聴者とスポンサーの心証はよくないだけに、「対応を検討中」の状態が続いています。

連絡の取れる8人のテレビマンに話を聞いたところ、「本当にどうなるかわからない」「できれば帰ってきてほしい」「いなくなったものと思わなければいけないかもしれない」「代役を立てるのか、番組を終了させるか、できれば他局の対応も見て決めたい」などと、はっきりとした答えは返ってきませんでした。

この点は、松本さんやダウンタウンの名前が入った番組名なのか。松本さんがどれくらいの役割を果たしていたのかなどの違いがあるため、各局各番組の個別対応になるでしょう。ただ、「水曜日のダウンタウン」(TBS系)や「探偵!ナイトスクープ」(ABC・テレビ朝日系)などの人気番組や、「キングオブコント」(TBS系)や「M-1グランプリ」(ABC・テレビ朝日系)などの人気賞レースが消滅する可能性は極めて低いとみられています。その理由は、テレビ局としてもビジネスとして続けたいうえに、松本さんとしても自分のせいでやめさせるわけにはいかないからです。

これまでバラエティは、ビートたけしさんが休養したときも、島田紳助さんが電撃引退したときも、続行させる番組があれば、「この機会に」と終了させる番組もあるなど、不在の影響を限定的なものに留めてきた過去があります。松本さんがいなければ各番組のムードが変わるのは間違いないものの、それでも多数の番組が終了したり視聴率が激減するなど総崩れとなることまでは考えにくいのではないでしょうか。

松本さんの活動休止でテレビマンが最も恐れているのは、このきっかけで松本さんがテレビからフェードアウトしてしまうこと。実際、業界内では、「近年、何度も引退をほのめかしていただけに、裁判の結果にかかわらず『もうええわ』と一線から退いてしまっても不思議ではない」という声が挙がっています。

さらに「お笑いがやりたい」としても、スポンサーなどのしがらみが活動休止の遠因となったテレビより、自由度の高い動画配信サービスやYouTubeなどに主戦場を移す可能性も考えられるでしょう。「後輩芸人たちにチャンスを与える」という意味でも松本さんがこれまでとは異なる道を選ぶ可能性は十分ありえるだけに、テレビマンたちは余計、番組の続行や代役の有無に神経を尖らせているようなのです。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)