あなたがこどもの日に食べるのはちまき? 柏餅? 東西、武士と公家、日本海と太平洋……多様性ある和食の秘密〜注目の新書紹介〜
SNSを通して全国の人と気軽に話ができるようになった時代、やっぱり盛り上がるのは食べ物の話題ですよね。ご当地の名産やB級グルメなどの情報を聞いていると、「ちょっと送ってよ!」と言いたくなります(笑)。
面白いのが、同じ料理名でも地域によって中身に違いがあること。たとえば「カツ丼」でも、いわゆる味噌カツだったり、ソースカツ丼だったり……。その最たるものが「お雑煮」でしょう。ある人は丸餅で白味噌を思い浮かべ、ある人は角餅の鶏肉入り、またある人はあんこ入りのお餅……!? お正月に食べる風習は同じなのに、こんなにもバラけるとは! 日本の食文化の奥深さを感じます。
和食の多様性を農学者が考察
今回紹介する新書は、そんな和食の多様性の謎に迫る『和食の文化史 各地に息づくさまざまな食』(佐藤洋一郎・著/平凡社新書)。著者の佐藤洋一郎さんは農学者。京都府立大学文学部和食文化学科の特任教授・和食文化研究センター副センター長を経て、現在ふじのくに地球環境史ミュージアム館長を務めています。主な著書に『食の人類史』『米の日本史』(以上、中公新書)、『稲と米の民族誌』(NHKブックス)などがあります。以前このコーナーでは『京都の食文化』(中公新書)を紹介しました。
ちまきは公家のお菓子だった!?
第1章は「人類の食、日本人の食」。強靭な肉体で獲物を仕留めるライオンや、植物の消化に特化した胃腸を持つウシと異なり、人類は中途半端で弱い存在だったため、何でも食べなければ生き残れず雑食生物になった、と佐藤さん。そこで世界各地で生まれたのが、植物質と動物質の食材をあわせた「食のパッケージ」。ヨーロッパでは「小麦とミルク」でしたが、日本列島では「米と魚」。その「米と魚」のパッケージの典型例が「ふなずし」だそうです。
春先に琵琶湖でとれたフナのえらとワタを抜いて塩をして塩漬けをつくっておき、初夏になるとごはんを桶に敷き、フナを並べて漬け込んでいきます。今は滋賀県に残るのみですが、昔は全国に類似の食品「なれずし」があったとか。かつては、水田のイネと淡水魚という共生関係にあった両者を一緒に利用した発酵食品。植物質&動物質、米と魚のパッケージが日本列島の食の基本となったのですね。
第3章は「東と西の和食文化」。東西の食文化の違いが取り上げられています。ちょっと季節外れになりますが、私が個人的に好きな和菓子が柏餅。ですので、この章は目から鱗が落ちました。
端午の節句を代表する、柏餅と粽(ちまき)。その東西の分布図が本書に掲載されています。分布図を見ると、思った以上にはっきりと柏餅は東、粽は西に分かれています。なぜこうなったのか? 佐藤さんは、粽は公家の菓子、柏餅は武家の菓子と分析。その由来とは……!?
このほか、東の角餅と西の丸餅、日本海のブリと太平洋のカツオ、江戸の天ぷらと上方の粉もの……東と西、武家・貴族・商人など、異なる食文化を対比させることで地域色豊かな和食の全体像が見えてきます。それぞれの料理がなぜそうなるに至ったのかの解説もされていて、本書は食事をする際の話題の宝庫といえます。
和食を将来に伝えるためには地方の和食の継承が必要、と佐藤さん。私たちが和食とは何かと問われても答えに困ってしまうのは、あまりにバラエティ豊かで、ひとことでまとめがたいから。逆にそれが和食の真髄といえるのかもしれません。まだ味わっていない日本各地のご当地料理を食べに行きたくなる、そんな一冊です。
【書籍紹介】
和食の文化史 各地に息づくさまざまな食
著:佐藤洋一郎
発行:平凡社
和の食材や調理法は多様性に富んでおり、雑煮やおせち、節供など「ハレの日」の料理ばかりでなく、日々の暮しのなかで受け継がれてきた数多くの食がある。だが、東京への一極集中や少子高齢化による後継者不足によって、農地は荒れ、名産品だけでなく、食器やしつらえの生産も細り、地方、とくに山間地で、その伝統食が失われつつあるのだ。今こそ、和食を保護し未来へ継承していくために、各地各時代に成立した「いくつもの和食」に光をあてる。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。