阪神が9月14日の巨人戦に勝利し、18年ぶりの優勝を飾った。2位に10ゲーム差以上をつける圧倒的な強さでペナントを制した阪神だが、38年ぶり日本一への道のりはまだ長い。その第一関門となるのがクライマックス・シリーズ(CS)だ。阪神は10月18日から始まるCSファイナルステージで、ファーストステージ(3戦2勝制)を勝ち上がったチームと戦う。CSファイナルは6戦4勝制で実施され、優勝チームには1勝のアドバンテージがある。しかも試合はすべて優勝チームの本拠地で行なわれるなど、阪神にとっては圧倒的有利な条件での開催となる。だが、何が起きるかわからないのが勝負の世界。阪神にとっての不安材料とは何なのか? 解説者の伊勢孝夫氏に聞いた。


チーム一の長打力を誇る阪神・佐藤輝明

【CS初戦までの過ごし方】

 岡田彰布監督が胴上げされる光景を眺めつつ、私はこんなことを思っていた。「こりゃ、あとが大変だなぁ」と。そう思った理由は、ほかならぬCSファイナルステージまでの時間の使い方だ。いつも話題になることではあるが、今回は優勝決定からCSファイナル初日までなんと1カ月以上もある。ペナントレース最終戦からでも2週間ある。この"ブランク"をいかにして埋めるのか。当然、岡田監督もあれこれ策は練っていると思うが、容易なことではない。

 まず、岡田監督なりに考えているなと思ったのは、たとえば優勝決定後、個人タイトルや規定打席、規定投球回をクリアする選手らを積極的に起用していることだ。本来、優勝決定後の試合は"消化試合"と言われ、真剣勝負の感覚よりも"実戦調整"となってしまうのだが、目の前にクリアすべき目標を持った選手を使うことで、ベンチに緊張感をもたらそうとしているのがわかる。

 それでも打線は優勝が決まった途端、静かになってしまった印象だ。やはりどこかで"安堵感"が生まれ、調整感覚というか、練習のような意識で打席に入っている選手が多くいるように感じる。消化試合でこの調子だったら、実戦のなくなる2週間をどう過ごすというのだろうか。

 投手はキャンプのように、ブルペンやライブピッチングで感覚を鈍らせないようにする方法がある。しかし打者は、フリーバッティングだけやっていればいいというものではない。真剣勝負の場に立たないと、"打撃勘"が鈍ってしまうのだ。

 打撃勘──言葉にすれば簡単だが、これを研ぎ澄まし、維持させることは想像以上に難しい。具体的にいえば、ストレート、もしくは変化球を待っていて、その球を完璧にとらえること。それができて、ようやく次の段階に入る。

 次に、予期していないコース・球種への対応となるわけだが、実戦から遠ざかると、この感覚が鈍ってしまうのだ。勘が鈍れば始動が遅れ、タイミングも狂う。そしてなにより厄介なのは、いくらフリーバッティングで多くの球を打ったとしても、生きた球を打たなければ打撃勘は戻ってこないことだ。

【打者の好不調の目安は2週間】

 さらに言えば、いま調子よくヒットを重ねている打者でも、2週間も経てばベストの感覚は狂ってくる。打者も生身の人間だから、好調と思っていても疲れが溜まり、フォームが崩れ、感覚も狂わされていく。言い換えれば、この好不調の波をどれだけ小さくできるかが、一流選手とそうでない選手の大きな違いとなる。

 そこで肝心なことは、打てなくなった原因をいち早く知ることだ。体の開きなのか、突っ込みなのか、そうしたフォームの欠点を探って、改善していかなければならない。

 いずれにしても、概して打者の好不調の目安は2週間。つまり、一度不振に陥った選手が調子を取り戻すのに2週間かかり、逆に好調だった選手も2週間経てば徐々にバットが湿り始めるというわけだ。

 毎日試合をこなすシーズン中ですら、それほどデリケートな感覚なのに、真剣勝負のない2週間を過ごすとなると、CSの1、2戦は相当苦労するかもしれない。

 近年は、宮崎で開催されるフェニックスリーグに選手を派遣して、実戦感覚を鈍らせないようにするのが定番となっている。岡田監督も投打を問わず送り込むらしい。

 投手にとっては効果があるかもしれないが、打者はどうだろう。フェニックスリーグは若手主体で、CSや日本シリーズで対戦する投手とはレベルが違う。失礼ながら、ここでいくら打ったとしても、はたしてどこまで効果があるのか疑問だ。

【サトテルは今の状態を維持できるか】

 ちなみに、ここ最近の阪神打線を見ると、好調なのは佐藤輝明、中野拓夢といったあたり。逆に、不調というかタイミングが合っていないのは森下翔太、近本光司だろうか。4番の大山悠輔も調子に波があって不安だ。

 ただ森下は、今は力みまくって墓穴を掘っている感じがするが、疲労が完全に抜ければウソのように打ち始めるかもしれない。良くも悪くも計算できない打者だが、いいほうに転べば爆発が期待できる。

 佐藤の場合は、調子が上がってきたというより、正確には技術的な変化がバッティングに現れてきたといったほうがいいだろう。

 それを感じたのは8月30日のDeNA戦。2回裏に先発のトレバー・バウアーから、見逃し三振を喫した打席だ。この打席での佐藤は右の腰が開かず、しっかりパワーを溜めていた。あの打席を見て、「いい見逃し方だな」と感じたことを記憶している。

 以後、高めの球もさばけるようになり、快打を連発している。ということは、CS初戦までにこのフォームを維持できているかどうかだが、先述したように打者の好不調の波の目安は2週間。このあと調子を落とし、CSまでに間に合えばいいが......。

 首脳陣としてみれば、チーム全員が好調というのは考えていないだろうが、不調の打者をひとりでも少ないしたいところだ。この難題に、岡田監督はいかにして取り組んでいくのか。それだけでも興味深い。