内山咲良 インタビュー 後編(全2回)

 今年5月に陸上競技人生に区切りをつけた内山咲良さん(26歳)。

 東京大学医学部6年の時、日本学生陸上競技対校選手権(日本インカレ)女子三段跳を制したジャンパーは現在、研修医として静岡・藤枝の病院に勤務している。

 研修医2年目。仕事と競技を両立してきた日々を終え、医学の道に専念する内山さんはどんな日々を送っているのだろう。

「体にも心にも寄り添える医者になりたい」と語る内山さんは、自らの経験をもとに女性アスリートの支援にも興味を示す。インタビューで将来像を語ってもらった。


現在は静岡で研修医として働いている内山咲良さん 写真/スポルティーバ

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【競技引退後は医療の道に集中】

ーー医者を目指すようになった最初のきっかけは?

内山咲良(以下同) 小学生の頃、勉強は得意なほうではあったので、親からふわっと「将来はお医者さんかな?」って言われたのが最初かなと思います。そういうの、あるじゃないですか(笑)。

 でもまだ漠然としていて、その後身内が病気をしたことが大きなきっかけになり、中高生の頃に固まってきた感じです。それと、生物を勉強していくなかでも、人の体の勉強が楽しかったというのもあります。

ーー東京大学医学部を卒業し、現在研修医2年目。今年5月に競技を引退し、今はどんな生活を送っているのでしょうか?

 今は救急科にいますが、日中はけっこう忙しくて、仕事を頑張っているという状態ですかね。これまでに呼吸器、消化器、循環器などの内科、整形外科や産婦人科、小児科などを1〜2ヶ月のスパンでひととおり回ってきました。

ーー静岡・藤枝の病院を選んだ理由は?

 生まれてからずっと関東にいたので、ちょっと外に出てみたい気持ちがあったのと、初期研修医の間は救急を頑張ってやりたいと思っていたので、そういった条件に合った今の病院を第1希望として選びました。

【女性アスリート支援をライフワークに】

ーー実際に病院で働いてみて、印象的な出来事は?

 患者さんの体にも心にも寄り添える医者になりたいという気持ちがありますが、認知症だったり意思の疎通を図るのが難しい方もいらっしゃって。そういう方にどういうふうに寄り添えるのかと悩むことがあります。

 また医者の立場である以上、患者さんに医学的な評価をしないといけないですが、体には異常がなくても気持ちがしんどかったり、痛みがあったりするケースもあって、あまり助けになれていないなと感じることがあります。

 もちろん体の病気の部分についても正確にアセスメント(評価・分析)をして、適切な治療をして、という部分も大事で。そういう部分についても私の知識や技術が圧倒的に足りないので、もっと勉強しないといけないなと思います。


医者としての今後の展望を話す内山さん 写真/スポルティーバ

ーー以前のインタビューでは、産婦人科医を目指したいと話していました。

 はい。志望科を産婦人科に決めまして、来年から大学の医局(東京大学医学部附属病院)に入ることにしました。今の病院でも産婦人科を回りましたが、診断から治療まですべて同じ科で完結できるところに魅力を感じます。お産をとれるというのも産婦人科だけですし。

 それと、勉強の内容でいうと、ホルモン系は面白いと感じています。陸上をやっていると、月経周期に合わせて自分の体にすごく変動を感じる経験がありますが、そういう不思議が産婦人科の勉強をするとしっくりくるんです。

 なので自分の経験も活かしながら、ライフワークとして女性アスリートのサポートをしていきたいと思っています。

【月経との付き合い方を考え続けた選手時代】

ーー月経による体の変動とは、具体的にどのようなものでしょうか?

 たとえば、月経の直前はすごく調子が悪くなります。体も、これくらい食べてこれくらい動いた場合にはこれくらい体重が減るだろう、と思っていても全然減らないとかなんとなくむくんでいる感じになったり。精神的にも落ち込みやすかったり、多少不安定になったりします。

 そういう状態が試合前に来てしまうと、調整もやりづらいです。逆に、月経が終わって1週間くらいの時は一番調子がよくて体もよく反応してくれるし、水もため込まない。

 そういうことは高校生の頃から経験的にはわかっていたけど、試合のために調整しようというところまではあまり思い至らなかったんです。なんだろうなと思いつつも、なんとなく付き合っていたという感じで。

 ピルを飲むという選択肢をよく知らなかったのもあるし、月経関連の症状が比較的軽く済んでいたというのもあったと思います。

 社会人になるタイミングで、低用量ピルを使って月経をコントロールし始めました。ホルモンの状態が安定するので、体調やメンタルの変動は少なくなりました。

 でも、一長一短だなと感じました。月経後に体調が上振れするというのもそれはそれで気持ちいい。ピルを飲んでいると下振れもないけど上振れもない状態になるんです。どっちがいいんだろうと考えながらやっていました。


大学6年の時、日本インカレを優勝した 写真/本人提供

【幸せな競技生活を手助けしたい】

ーーそのうえで、女性アスリートへの支援はたとえばどういうことをしていきたいですか?

 女性アスリート外来でのサポートのひとつとして、月経を試合に合わせて移動するということがあります。この試合に月経を被らせたくないから早めに来させようとか月経の周期の調整ですね。

 ただ、月経のことに加えて、女性アスリートが悩みやすいことは、栄養と体重の管理だと思うんです。私は陸上競技のなかでも跳躍、短距離に取り組んでいて、周りの女子選手も中長距離の子と関わることが多かったので体重を減らしたい選手が多かったですけど、減らすにしても筋肉を減らしてしまうと競技に悪い影響があるし、減らし方によっては月経が止まってしまう場合もある。

 私自身、高校生の時、知識がなくて栄養管理がうまくできていませんでした。炭水化物ばかりとっていて、たくさん食べているから足りているだろうと思っていてもなかなか調子が上がらないし、体重もコントロールできなかった。大学に入ってから栄養士の方に相談する機会があって、それからはタンパク質はこれくらい、糖質はこれくらいと計算しながらごはんを食べるようになりました。

 また、ただ体重を減らしたいというよりは、体の組成に目を向けるようになって、筋肉を増やしたい、競技に適応した体づくりをしたいという方向で考えられるようになっていきました。

 食事、体重管理への向き合い方が変わったことで、競技にもいい影響があったと思っています。ただ、そういうふうに考え方を変えても体重が減る、増えるという部分のストレスはずっと残っていました。

 そういう経験から私は、月経とともに栄養管理の部分も込みでサポートに関わりたいと思っています。月経管理、栄養管理、メンタル面のケアなども含め、総合的に目の前の女性アスリートが幸せな競技生活を送る手助けができればと思っています。


「女性アスリートを総合的にサポートしたい」と語る 写真/スポルティーバ

ーーでは、最後に今後の夢を教えてください。

 大きな夢というのはあんまりないんですけど、まずは医者として、産婦人科医としてしっかり働けるようになりたいです。その傍らでアスリートのサポートにも関われるようになりたい。アスリートのサポートは、比較的新しい分野なので今あるものを発展させたり、新しい方向も開いていくとか、そういうところにも関われたらいいかなと。卑近(ひきん=ありふれた)な目標なんですけど、まずはそういうところですね。

終わり

前編<東大医学部卒の三段跳インカレ女王・内山咲良が引退を決めた理由「研修医と陸上の両立は迷いもあったけど、すごく尊い時間でした」>を読む

東京大学医学部時代のインタビュー記事>>

【プロフィール】
内山咲良 うちやま・さくら 
1997年、神奈川県生まれ。東京大学医学部医学科卒業。筑波大附属中・同高を経て、2016年に東京大理科3類に現役合格。陸上競技は中学時代からスタートし、高校3年時には走幅跳で全国高校総体(インターハイ)出場。大学入学後に三段跳を始め、2021年の日本学生陸上競技対校選手権(日本インカレ)女子三段跳で自己新記録13m02を出して優勝。大学卒業後、2022年から静岡県内の病院に研修医として勤務。同年6月の日本選手権で4位入賞。2023年5月に引退を発表した。最近の趣味は登山。