高校野球ファンを熱狂させた、慶應×仙台育英の夏の甲子園決勝からまもなく1カ月が経つ。

 最後の夏を終えた3年生たちがドラフトや大学進学など来春以降の進路に備える一方、1、2年生たちは新チームで秋季大会に臨んでいる。

 実質2年半弱という短い高校野球生活のなかで、成長のサイクルをどう回していくか。チームづくりの循環をうまく行なったことで成果を挙げたのが、今夏の甲子園で京都府代表として出場した立命館宇治だった。


京都大会を制し4年ぶり4回目の夏の甲子園出場を果たした立命館宇治

【きっかけはセンバツ前の練習試合】

「センバツの前に仙台育英、慶應と練習試合をさせてもらいました。だから僕自身、そして生徒たちも意識して決勝を見ていたと思います。全国レベルのチームはこれくらいの力なんだと肌で感じられた好影響が、(今年)3月以降、うちのチームの根底にありました」

 そう話したのは立命館宇治の里井祥吾監督だ。今夏の京都大会では龍谷大平安、京都翔英などを破り、4年ぶり4回目の夏の甲子園出場。甲子園では大会ベスト4の神村学園に初戦敗退するも、チーム力の高さを見せつけた。

 昨年秋の大会で京都翔英にコールド負けしたチームにとって、センバツ前の練習試合がターニングポイントになったという。

 とりわけ刺激を得たのが、夏に全国を制する慶應との一戦だった。慶應はセンバツ前に関西で練習試合の相手を探しており、ともに『リーガ・アグレシーバ』という全国各地で行なわれているリーグ戦に参加していることから対戦が実現した。

 全国から161校が参加するリーガ・アグレシーバは、高校生と指導者が成長できる環境を模索している。その取り組みのひとつが、試合後に行なわれる「アフターマッチファンクション」だ。

 両校の選手たちがポジション別などに分かれて輪をつくり、試合の感想や練習で気をつけていること、私生活の話などをざっくばらんに語り合う。慶應戦で初めて経験した立命館宇治の元キャプテン・塚本遵平は貴重な時間になったと振り返る。

「打席での心の持ち方について聞きました。自分たちは打席で考えすぎていたけど、慶應は来た球をしっかり振るとか、真っすぐに張っていて変化球が来た時の割りきり方とか、考え方がはっきりしていると知ることができました。選手各自がどういう思いでどんな練習をしているかを聞き、それを自分たちも生かせたことが夏に京都で勝てた要因かなと思います」

 慶應と立命館宇治は文武両道を掲げることに加え、大学の付属校という共通点がある。3月の練習試合当日、朝から慶應に貸したグラウンドで練習する姿を見ながら、感じたことも多かったと塚本は続ける。

「各自が意識する点をしっかり持って練習に取り組んでいました。練習の雰囲気もいいですし、野球を楽しんでいる姿が見られました」

 エンジョイ・ベースボール──。

 慶應の強さを支える姿勢としてあらためて知れ渡った。単に野球を楽しむだけでなく、スポーツマンシップなどを学びながら個々の成長を目指していく。

【7年計画で強化】

 一方、立命館宇治も同様のスタンスで取り組んでいることに加え、甲子園を戦った代が掲げてきたテーマがある。「1心1意」だ。「みんなで心を1つにして、1つのことに集中して勝ちとる」という意味で、甲子園では神村学園に大差をつけられても「最後まで自分たちができることをやろう」とベンチでは前向きな声が飛び交っていたと西田透部長は明かす。チームの中心として戦った塚本はこう振り返った。

「練習前や春、夏の大会を通して、試合前のミーティングでもずっと言ってきたことです。うちの学校の特徴として、強い相手でもそんなに臆することなく、相手をあまり気にせず戦える人が多い。『常に自分たちのできることを継続しよう』と話してきたので、最後までそこにつながったと思います」

 学校単位の部活動では他チームとの交流は必ずしも多く生まれないが、他者をさまざまに知ることで新たな発見がある。立命館宇治は慶應と交流を持ち、自分たちの成長に結びつけた。

 同時に、独自の取り組みとして身を結んだものもある。そのひとつが、スポーツ器具ブランドのアシックスに依頼して年4回実施している測定だ。打撃ではスイングスピード、守備では打球への反応速度、送球のスピードや正確性、走塁では塁間や一塁から三塁までのタイムなどを計測する。この取り組みを中心になって進めた西田部長によると、興味深い事実が発覚した。

「里井監督は俊足、強肩の選手を好んで起用していたところ、測定の結果、レギュラーはそれらの数値が極めて高いとわかりました。つまり、うちのスタイルがあらためて可視化されたということです。測定で各種の数値が出ることにより、『こういったところを伸ばしていこう』とわかってきました」

 立命館宇治では走塁に力を入れ、塚本は「どうしたら足が速くなるか」と考えて朝練のメニューを組んできた。朝練ではもともと体力アップに主眼を置いてきたが、測定の数値も参考に、ダッシュや瞬発力アップのメニューを多く入れるようにした。

 付属校の立命館宇治は"7年計画"で強化できる強みもある。アシックスの測定は立命館大学野球部でも行なわれており、内部進学したOBの数値を参照した。現在は日本新薬に進んだ右腕投手で、立命館大学時代に大学日本代表に選ばれた山上大輔の数値だ。西田部長が続ける。

「山上が大学ジャパンに入った時のインボディの数値を見せてもらいました。それで『こういう方向で目指していこう』と、何となく成長の方向性が見えてきましたね。それがさまざまな計測をするようになったきっかけにもなっています」

 インボディとは、体に含まれる水分やタンパク質、体脂肪などの成分を測定する器具だ。プロ野球の西武でも入団時に測定し、2022年ドラフト5位の近江高・山田陽翔の筋肉量はすでに西武投手陣の平均値に達していたという。つまり、高校時点で"大人の体"を獲得していたわけだ。こうした数値がわかると、起用法や必要なトレーニング量について根拠を持って決めていくことができる。

 高校、大学の"7年計画"で選手の育成を進める立命館宇治では、同様に中期的なアプローチが可能になるわけだ。

【リーガ・アグレシーバ参加の意図】

 また、投手陣はラプソードの測定を月1回実施。回転数や回転軸などの項目から自分の特徴を知ったうえで、アシックスと契約するアナライザーからアドバイスを受ける。たとえば、今夏の甲子園で背番号1をつけた2年生投手の十川奨己は身長195センチの長身右腕として注目されるが、まだまだ伸ばすべき点が多いと西田部長は言う。

「十川のストレートはまだ1900回転くらいなので、質を上げるのが課題です。具体的にはフィジカルのトレーニングで、それが必要なのは本人も自覚しています。ラプソードの数値で自分の特徴がわかることで、どういうピッチャーになりたいのかが明確に描け、目標を立てやすくなりました」

 育成という意味では、前述の『リーガ・アグレシーバ』も貴重な場になっている。Aチーム(一軍)未満の1年生を底上げするためにプレー機会を設けようと、2021年から参戦。立命館大学に進学して野球を続ける3年生もチームに加わり、木製バットで実戦機会を積む場にしている。

「大学への準備という意味で、木製バットで出させてもらえるのはありがたいですね」

 立命館大学で野球を続ける塚本はそう話した。1年生の秋からAチームに入っていたのでリーガの出場経験はないが、3年生が下級生と一緒にプレーする好影響を伝え聞いていたという。

「3年生は、野球でプラスにつながる声をたくさん出していたと聞きました。多く経験している分、この後の試合ではどんな展開が予測されるかとか、どんなプレーをすべきかわかっていると思います。自分も下級生にそういう点を伝えていきたいです」

 秋になってもチームに残る3年生がいて、下級生に経験を伝えていく。1年生たちはリーグ戦で多くの実戦機会を持ち、翌年以降の飛躍を目指す。そうしたサイクルを回しながら、立命館宇治は新たな成長につなげようとしている。