2022年4月からパワハラ防止措置の義務化が大企業だけでなく、中小企業にも適用され1年が経った。

普段、職場上司の指示・指導方法に抱く不満。

それが果たしてハラスメントに当たるのかどうかの判断は難しい。

第8回は、LINEのやりとりにまつわるセクハラ案件を取り上げる。

あなたも同じ勘違いをしていませんか?

取材・文/風間文子

前回は:同僚の女性に、デスクに置いた“アレ”を「セクハラ」だと訴えられた理由




大手自動車メーカーに勤務する鈴木健太郎(32歳)の場合


大手自動車メーカーに勤務する鈴木健太郎(32歳)は、いささか緊張していた。

彼が近畿地方にある支社に営業部長として赴任することが決まったのは1ヶ月前だ。先任が家庭の事情で急遽退職することになり、白羽の矢が立ったわけだが…。

健太郎としては、たとえ支社であっても部長職として結果を出せば本社での昇進も早いかもしれないと、即了承した。

そして今日が、赴任先での初出社の日である。

「本日より営業部長として赴任して参りました鈴木健太郎と申します。慣れないことも多く、皆様にご迷惑おかけすることもあるかもしれませんが、精いっぱい頑張りますので、お力添えの程、よろしくお願いします!」

最初が肝心だと思い、健太郎は張り切って挨拶をした。しかし、対する社員はというと、彼が本社組であることを気にしてか想像以上によそよそしい。

―― あれ、俺って歓迎されてないのか?

にわかに不安になる健太郎だったが、そんな彼に最初に声をかけたのが営業事務をしているという篠原靖子(24歳)だった。




「会社の事務でわからないことがあったら、相談してくださいね」

気さくな笑顔は、健太郎が大学時代に付き合っていた女性とどことなく似ていた。

その靖子からLINEメッセージが送られていることに気づいたのは、健太郎が取引先への挨拶を一通り済ませた後だった。

最初は何かと慣れないだろうからLINEを交換しておきましょうと彼女から申し出たのだった。本社でもLINEは使っていたが、今まで社内の女性からこんなLINEをもらったことはなかった。

「今日はお疲れさまでした。大変でしたね♡移動時の交通費は月末締めの精算になるので――」。

普段、ハートマークを使う機会のない健太郎にとって、それは新鮮だった。

さらに後日、靖子からはこんなメッセージも届いた。

「今週から出張ですね。1週間も鈴木部長の顔が見れないと思うと寂しいです♡」

出張先のホテルで彼女からのメッセージを読み返し、「これは脈ありなのか?」とひとり興奮する健太郎がいた。


相思相愛を期待して告白したのに…


靖子からのLINEは1週間に1回のペースで届いた。

「疲れた時にはハーブティーが良いですよ。今度、会社の給湯室に置いておきますね♡」




そうしたやり取りが半年は続いただろうか。いつしか健太郎は、靖子が自分に好意を持っているのだと思うようになった。

健太郎がLINEで靖子を飲みに誘ったのは、そうした経緯があったからだ。

しかし、靖子の反応は彼の意に反するものだった。

「ごめんなさい。お誘いは嬉しいんですが今日は英会話があって」
「親の面倒をみるので」
「今日は友人と飲み会で…」

職場では、経費精算のやり取りで彼女と直接顔を合わせる機会もあったが、そのときの態度も淡々としていた。

これまでのLINEの会話は一体なんだったんだと不思議に思うくらい、当たり障りのない会話しかしないのだ。

そこで健太郎はこう思った。

―― もしかしたら、俺が安易に飲みに誘ったことで軽い男だと勘違いされてるのか?

彼は、自分も真剣だということを彼女にわかってもらうために頭を捻った。そして思いついたのが次のようなメッセージだった。

「来月は誕生日だよね。プレゼントを渡したいから2人でレストランに行こう」

しかし、そのメッセージにも靖子からの返事はなかった。

健太郎は、さらに頭を捻らせた。

―― そうか。まだ付き合ってもないのに誕生日にプレゼントだなんて。俺としたことが順番を間違えていたかもしれない…。

そしてある日、彼は靖子を会議室に呼んだ。

「篠原さん、LINEでいつも気遣ってくれる気持ちは嬉しかった。これまで、2人の関係を曖昧にしてきて悪かったと思ってる。これからはちゃんと付き合ってほしい」




悩んだ末に、精いっぱいの勇気を振り絞っての言葉だった。一方、靖子は顔を引きつらせながら、こう言うのだった。

「もう、いい加減にしてください!私、セクハラで訴えます!」

彼女は会議室でのやりとりをすべて録音しており、本当に本社の内部通報窓口に訴えたのだ。このジャッジはいかに――。


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接待で相手を喜ばせようとした言動をセクハラで訴えられた。その内容とは!?



監修:株式会社インプレッション・ラーニング
代表取締役 藤山 晴久

全国の上場企業の役員から新入社員を対象とした企業内研修や講演会のプランニング、講師を務める。「ハラスメントに振り回されない部下指導法」 「苦手なあの人をクリアする方法」などテーマは多岐にわたる。