夏の甲子園ベストナインを記者が選出 快速右腕、美白王子、北のスーパーサブら多士済々
慶應義塾が前年の覇者・仙台育英を下し、107年ぶりの日本一で幕を閉じた第105回全国高等学校野球選手権大会。今大会も多くのスター選手が誕生し、あらためて高校野球のレベルの高さを実感した。そこで甲子園で取材した記者4人に今大会のベストナインを選出してもらった。
1年生ながら堂々のピッチングを披露した鳥栖工業の松延響
戸田道男氏(編集者兼ライター)
投手/松延響(鳥栖工)
捕手/尾形樹人(仙台育英)
一塁手/延末藍太(慶応)
二塁手/千葉柚樹(花巻東)
三塁手/森田大翔(履正社)
遊撃手/中山優月(智弁学園)
外野手/丸田湊斗(慶応)
外野手/橋本航河(仙台育英)
外野手/小保内貴堂(北海)
今大会からはベンチ入りメンバーが20人に増え、球数制限のルールも定着した。レベルの高い投手を何人もそろえ、分厚い「ピッチングスタッフ」をつくり上げるのが、勝利の絶対条件という時代になりつつある。
優勝した慶應、準優勝の仙台育英がまさにその典型。大会ベストナインの投手ならば、残した実績も含め、上位進出チームから選ぶのが順当かもしれないのだが、大会中盤までに消えたチームで、とくに1年生投手・松延響の投げっぷりが忘れられない。
初戦の富山商戦、2回戦の日大三戦とも勝負どころでマウンドに上りロングリリーフ。140キロ超の真っすぐと切れ味鋭いスライダーをぐいぐい投げ込み、相手打者を封じた。3年生の兄・晶音とのバッテリーだが、そのマウンドさばきはどちらが兄だかわからないほど堂々としていた。177センチ、73キロというがっしりした体格は「金足農旋風」で甲子園を沸かせた吉田輝星(現・日本ハム)をほうふつとさせる。残る2年の間に「鳥栖工旋風」を吹かせられるか。
野手は、優勝の慶應から勝負強いバッティングを見せた一塁手の延末藍太と「美白王子」として注目を集めた外野手の丸田湊斗、準優勝の仙台育英から強肩・強打の捕手・尾形と抜群の出塁率を誇った外野手の橋本の2人ずつを選出。
三塁手は本塁打2本を放った履正社・森田大翔、遊撃手は投手との二刀流で奮闘した智弁学園・中山優月。2人はU−18日本代表にも選ばれた。二塁手の花巻東・千葉柚樹は、注目のスラッガー・佐々木麟太郎が3番を打つ打線で5番に座り、智辯学園戦で4安打など8強入りにチームを導いた。
外野手のもうひと枠は、北海の「スーパーサブ」で起用された小保内貴堂。背番号17ながら平川監督からはレギュラー級の信頼を得ていた。途中出場の明豊戦で本塁打を放ち、仕事人ぶりが光った。」
初戦の明豊戦で本塁打を放った北海の小保内貴堂
田尻賢誉氏(ライター)
投手/森煌誠(徳島商)、黒木陽琉(神村学園)
捕手/尾形樹人(仙台育英)
一塁手/松田陽斗(土浦日大)
二塁手/松下水音(広陵)
三塁手/森田大翔(履正社)
遊撃手/川崎統馬(創成館)
左翼手/北條慎治(花巻東)
中堅手/橋本航河(仙台育英)
右翼手/小保内貴堂(北海)
大会ナンバーワン投手は森煌誠。愛工大名電戦での精度の高いピッチングはもちろんだが、継投が当たり前の時代に徳島大会から甲子園までひとりで投げ抜いたタフさにも驚いた。
黒木陽琉はどうしても入れたかったので、独断で左投手代表として選出させてもらった。本人はカーブというが、打者の左右関係なく投げられるスライダーは天下一品。それよりも印象に残ったのが修正力。2回戦でボークをとられ、審判に「次もそれだったらどうなるかわからないぞ」と言われながら、フォームを微調整して対応した。左投右打だが、小さい頃は右投左打。投打とも逆だったというのだからこれまた驚いた。
捕手は攻守にレベルの高い尾形樹人。昨年から強肩やバントのうまさは証明済み。この夏も履正社戦で決勝のスクイズを決めたが、打撃がレベルアップ。2本塁打を放って打てる捕手であることも示した。
一塁手の松田陽斗は2本塁打の打撃が目立つが、専大松戸戦で相手のスキを突いて本塁を奪った走塁が印象に残る。
二塁手の松下水音は9番打者ながら2試合で6打数4安打。慶應義塾戦では通常の盗塁ではなく、ディレードスチールを決めたが、「捕手がひざをついて捕球していたのと、左投手の球の角度だと捕ってから投げるのに時間がかかるので」と自分で判断したと説明。
三塁手は森田大翔。佐々木麟太郎(花巻東)、真鍋慧(広陵)らスラッガーが軒並み期待外れに終わったが、2戦連発で存在感を示した。
遊撃手の川崎統馬は「ぶつかっても捕るつもりでやっている」と、ほかの選手ならセンターに任せるような後方のフライを追いかけて見事にキャッチした守備が印象的。打撃でも好投手・東恩納蒼(沖縄尚学)に2打席で19球投げさせて安打を記録するしぶとさが光った。
左翼手は投打に活躍した北條慎治、中堅手は安定感抜群の安打製造機・橋本航河。夏の甲子園通算安打数という記録が話題になるだけでも普通じゃない。右翼手は小保内貴堂。1、2戦目はスーパーサブとして途中出場。「ヒーローは遅れてやって来る」と自身に言い聞かせ、165センチ、64キロと小柄ながら初戦では本塁打を放って流れを呼び込んだ。代打で初球から思いきり振れるように打撃練習ではほかの選手より打つ本数を減らしているとのこと。大舞台で結果に結びついた準備力は立派のひと言。
仙台育英との決勝戦で先頭打者本塁打を放った慶應の丸田湊斗
元永知宏氏(ライター)
投手/東恩納蒼(沖縄尚学)
捕手/尾形樹人(仙台育英)
一塁手/熊谷陽輝(北海)
二塁手/松下水音(広陵)
三塁手/湯浅桜翼(仙台育英)
遊撃手/後藤陽人(土浦日大)
外野手/橋本航河(仙台育英)
外野手/丸田湊斗(慶應義塾)
外野手/正林輝大(神村学園)
右サイドのエース・下村健太郎とセンターの須賀弘都が4度ずつマウンドに上がった英明(対智弁学園)、背番号1の岡田慧斗、背番号3の熊谷陽輝、背番号7の長内陽大が2度ずつ登板した北海(対浜松開誠館)など、積極的な継投策が目立った今大会。全国レベルの投手を3人、4人揃えないと勝ち上がれない猛暑の戦いだった。
そんななかで、投手は東恩納蒼を選んだ。初戦のいなべ総合戦で完封勝ち、続く創成館戦では1失点完投。準々決勝での慶應義塾の6回に6失点して敗れたが、そのイニング以外はほぼ完璧なピッチングだった。
高校通算140本塁打の佐々木麟太郎(花巻東)を完璧に封じた新岡歩輝(クラーク国際)、チェンジアップを駆使して2勝を挙げた安田虎汰郎(日大三)も印象深い。
捕手は文句なしで尾形樹人。異なるタイプの投手を巧みリード。甲子園6試合で打率.522、2本塁打、7打点は見事と言うしかない。
佐々木、真鍋慧(広陵)、佐倉侠史朗(九州国際大付)の3人の大砲が話題を集めた一塁手。神村学園のキャプテン・今岡歩夢、好打の延末藍太(慶應義塾)、2本塁打の松田陽斗(土浦日大)も目立ったが、投手としても奮闘した熊谷を選んだ。
セカンドは随所で「これぞ名脇役」という働きをした広陵の松下水音、サードは仙台育英の3番打者・湯浅桜翼、ショートは土浦日大をベスト4まで導いた後藤陽人。
外野手には、安打製造機の橋本航河、慶應義塾の切り込み隊長の丸田湊斗、2年生ながら強打の神村学園の4番を任された正林輝大という3人の左打者を選んだ。
初戦のいなべ総合戦で完封勝ちを収めた沖縄尚学のエース・東恩納蒼
菊地高弘氏(ライター)
投手/東恩納蒼(沖縄尚学)
捕手/尾形樹人(仙台育英)
一塁手/今岡歩夢(神村学園)
二塁手/千葉柚樹(花巻東)
三塁手/森田大翔(履正社)
遊撃手/横山聖哉(上田西)
外野手/丸田湊斗(慶應義塾)
外野手/砂子田陽士(八戸学院光星)
外野手/森口圭太(徳島商)
「ここまで成長したとは」「こんな選手がいたのか」......そんな感動を覚えた選手を中心に選出させてもらった。
全体的に「投低打高」の大会だったが、投手で大きく印象が変わったのが東恩納蒼(沖縄尚学)。春のセンバツ時よりも明らかにストレートの球威が増しており、脱皮した姿を見せてくれた。聞けばセンバツ後に右肩甲骨の痛みから1カ月ほどノースローで過ごし、その間にトレーニングを積んで進化につなげた。大学での4年間でさらにスケールアップし、プロを目指してほしい存在。
チームとして驚いたのは、初戦から3試合連続2ケタ得点と暴れ回った神村学園。とくに1番打者の今岡歩夢には強いショックを覚えた。左打席から鋭く、腰の入ったスイングでインパクトの破壊力は抜群。今夏までまったく知らない選手だっただけに、あらためて「高校野球界は底が知れない」と痛感させられた。
エース右腕・森煌誠がブレイクした徳島商だが、3番・ライトの森口圭太も強烈な存在感を放った。試合の流れを引き戻すライトからのレーザービームに、左打席でのシャープな打撃。高校卒業後も追い続けたい好素材だ。
来春から低反発バットが導入される高校野球界。それでも、「関係ない」とばかりに豪快な打球を飛ばす逸材に出会えることを願っている。