【連載】
谷口彰悟「30歳を過ぎた僕が今、伝えたいこと」<第7回>

◆【連載・谷口彰悟】第1回から読む>>
◆第6回>>「センターバックこそゲームメーカーである」

 2023年1月にカタールで海外クラブデビューを果たしてから約7カ月。谷口彰悟はアル・ヤーランで2シーズン目を迎えようとしている。

 日本とはまったく異なる環境に身を置いてサッカー漬けの毎日を過ごすなか、谷口はどんな想いでボールと向き合っているのか。

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カタールでは夜から練習をスタートするという

 束の間のシーズンオフを日本で過ごし、新シーズンに向けて、再びカタールの地にてトレーニングに励んでいる。

 この時期のカタールは、気温が40度を超える日も多く、日中に練習することはもちろん、出歩くことも容易ではない。だから、チームの練習も日が陰ってくる夜の時間から行なわれている。

 日本も高温多湿で知られているように、たしかに夏場の練習では息苦しさを感じることもあった。しかし、カタールも湿度が70%近くに達する時があり、気温の高さもあいまって日本以上にきつさを感じる。

 2022年12月末に、川崎フロンターレからアル・ラーヤンSCへと移籍した時、最初に戸惑ったのが、気候とともに練習時間だった。

 日本では多くのチームが午前中に練習を行なっているが、アル・ラーヤンでは19時や20時から練習を行なうのが定石だったりする。

 プロになって約10年──朝型の生活リズムが身体に染み込んでいる状態から、夜型へとシフトチェンジすることに、当初はかなり苦しんだ。

 特に拭えなかったのが、夕食を食べる時に抱いてしまう「罪悪感」だった。

 アル・ラーヤンでの練習を終えて家に戻ってくるのが、早くて21時、遅ければ22時を回っている。それから夕食を食べることになる。

 生活を夜型に変えているとはいえ、寝るのは遅くても深夜1時くらい。日本では18時もしくは19時くらいに夕飯を食べ、就寝するまでに、3〜4時間は間隔があいていたのに対して、カタールでは1〜2時間になる。

 それはアスリートとして、いかがなものなのだろうか。身体にものすごく悪いことをしているのではないか。はたまた、太ってしまうのではないか、身体が変わってしまうのではないか。だからといって練習前に夕食を済ませるわけにもいかず......。

 夕飯を食べてから就寝するまでの間隔が短いことへの「罪悪感」が、なかなか拭えなかった。この恐怖は、アスリートだけでなく、きっと多くの人に共感してもらえるのではないかと思う。

 半年間にはなるけど、2022-23シーズンはカタール・スターズリーグで15試合に出場した。在籍するアル・ラーヤンは最終的に9位でシーズンを終えたが、プロサッカー選手として人生で初めて残留争いを経験した。

 チームはなかなか勝利することができず、日々、チームが勝てない理由を考えることが多かった。ピッチに立つ選手として、当事者でありながらも、客観的にチームを見られる部分もあり、こういったところが勝てない理由なのではないか、ここを変えていかなければならないのではないかと、自分なりに感じられたことは経験になった。

 ときには監督、昨季はニコラス・コルドバ監督に相談に行ったこともある。それでもなかなか勝利という結果に結びつかず、変わることができなかったチームの状態に、サッカーの難しさと、チームを導くことの難しさをあらためて実感した。

 残留争いも含めて初めての経験ばかりだったが、そうした困難や苦悩も自分が成長するための糧として、海外でのプレーに求めていたところだった。

 15試合を経験して感じるカタール・スターズリーグの特長は、昨季のレギュレーションでいうと、どのチームも登録可能な5人の外国籍選手をどう活かすかが肝になっていた。それに加えて、優勝したアル・ドゥハイルや2位だったアル・アラビのように、カタール代表に選ばれる選手が多く在籍しているチームが、上位に食い込んでいる印象を受けた。

 ただし、どのチームにも前線には、強烈な個の力を持つ外国籍選手がいた。そういう意味では毎試合、人種やプレースタイルが異なるFWと対戦できたため、個人的には面白さもあった。

 しかも多くのチームで、前線にいる助っ人のストライカーがのびのびとプレーしていた。表現するなら、そのFWが「俺に(ボールを)出せ!」「俺に寄こせ!」と言っているところをチームとして狙っている感じ。その一発を常に警戒しなければいけないところは、Jリーグというよりも日本代表でプレーしている感覚に近いのかもしれない。

 リーグの特長も、日本とカタールでは異なるように、さまざまなところに違いを感じた。一例を挙げると、守備におけるチャレンジ&カバーの定義だ。

 日本で育ち、日本の指導を受けてきた自分は、コンビを組むセンターバックに対してカバーを意識するし、サイドバックへのサポートも意識する。しかしアル・ラーヤンでは、そうした意識や概念を持ってプレーしているチームメイトは決して多くない。

 たとえば、日本ではツーセンターバックがいて、相手FWがひとりだったとすれば、どちらかがインターセプトを狙えるような立ち位置を取り、もうひとりは相手FWの裏をケアするのがセオリーになる。

 一方、カタールでは、自分がインターセプトを狙おうと前に出たとしても、もうひとりのセンターバックは自分の立ち位置を変えず、その場にいることがほとんどだ。

 そのため、チームメイトには「僕がボールを奪いに前に出た時は、うしろをカバーしてほしい」と何度も伝えた。しかし、言った時は試みてくれようとしても、すぐに忘れて元のプレーに戻ってしまう。ほかにも相手ふたりを見ることができるようなポジショニングを取る感覚も希薄で、目の前の相手を止める、つぶすことを優先した守備だった。

 そうしたサッカー文化──むしろサッカー教育の違いと言ったほうがいいかもしれないが、自分が受けてきた指導、経験してきたこととの違いを、さまざまな場面で感じた。

 それでも、ラインコントロールなどについては、昨季チームを率いていたコルドバ監督が「ショウゴに合わせろ」と言ってくれ、5人の外国籍選手のひとりとしてチームメイトがリスペクトを持って自分に接してくれていたことは大きかった。

 きたる2023-24シーズン、アル・ラーヤンはレオナルド・ジャルディム監督がチームを指揮することになった。指揮官としてAFCチャンピオンズリーグでの優勝経験があるだけでなく、モナコやスポルティング、オリンピアコスでも指揮を執ったことがあるという。

 ジャルディム監督は規律を重んじる印象で、時間にも厳しくなった。昨季は練習開始予定になっても選手がグラウンドに集まらず、開始時間が遅れることもあったが、ジャルディム監督がチームを指導するようになって、開始予定時間ピッタリに練習が始まるようになった。

 昨季は予定どおりに練習が始まらないことにイライラしたこともあった。しかし、郷に入れば郷に従えではないが、細かいことや文化の違いをいちいち気にしないように心掛けたことで、少しのことでは動じないタフさが身についたように思う。

 それでも......やっぱり、練習開始時間になり、トレーニングがスタートするようになった今季に安堵している。そこは、生活リズムを朝型から夜型にシフトチェンジしたこと以上に、自分が規律を重んじる日本人ということなのかもしれない。

◆第8回につづく>>


【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2022年末、カタールのアル・ラーヤンに完全移籍。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。