先攻が17勝、後攻が16勝──。

 これは、今夏の地方大会49地区の準々決勝以降でタイブレークとなった試合で、先攻チームと後攻チームの勝利数だ。この数字だけを見ればまったくの互角で、どちらが有利とは言えない。

 ただその内容を見ると、ある傾向がある。

 先攻チームが得点0に終わった場合は13敗で、複数点(2点以上)とった場合は15勝1敗。その唯一の負けは、福島大会決勝で学法石川が4点をとりながら、その裏に聖光学院に5点を奪われた試合である。つまり先攻チームは、少なくとも1点を奪い、あわよくば2点以上を狙う。逆に後攻のチームは、いかに0点に抑えるか......そこが焦点となる。


今年度から延長即タイブレークが導入された高校野球

 では、甲子園はどうだろうか。3回戦終了時点までに6試合がタイブレークにもつれ込んだが、後攻が4勝2敗と逆の結果になっている。

 先攻で勝利を挙げたのは開幕戦の土浦日大と3回戦の慶應義塾。土浦日大は6得点のビッグイニングをつくり、その裏を1点に抑えて逃げ切った。慶応も3点とって、その裏を無失点に抑えている。

 後攻の勝利の内容を見ると、智弁学園、鳥栖工はともに表の守りを0点に抑えてのサヨナラ勝ち。北海とおかやま山陽は、表に1点を失いながら、その裏に2点をとり返して逆転した。

 ではこの6試合、それぞれのチームの思惑、作戦はどうだったのだろうか。監督、選手の証言から検証してみたい。

【勝敗のカギを握る二人目の打者】

土浦日大8×3上田西

 10回表、土浦日大は3番の後藤陽人からだったが、送りバントを選択。捕飛で失敗に終わるも、次打者が四球で満塁とし、代打の飯田将生が左前適時打で1点。さらに二死となったあと、5連打が出て一挙6点を挙げて試合を決めた。勝った土浦日大の小菅勲監督は言う。

「タイブレークは公式戦3試合目。三度目の正直でリベンジできました。タイブレークの練習はしています。紅白戦でもやりますし、練習試合でも相手と『タイブレークをやりましょう』と約束してやる。向こうも『待ってました』という感じですね。紅白戦では、3点ビハインドの想定でよくやります」

 上田西は1点とられたあとの一死満塁で投手ゴロを打たせながら、滝沢一樹の本塁送球が逸れ、併殺をとりきれなかったことが響いた。

「ちょっとビビッてしまった。握り替えがうまくできなかった。タイブレークをやったことは一回もありません。ノックで(無死一、二塁を)やっただけ。シート打撃などの実戦形式ですか? それもないです」(滝沢)

 公式戦でのタイブレーク経験はもちろん、練習を含めた準備の差が出たともいえる。

英明6×7智辯学園

 4番の寿賀弘都からの攻撃となった英明は、この試合で三塁打を含む2安打と当たっていた主砲に打たせたが、痛烈な一塁ライナー。つづく中浦浩志朗は三振、大島陸翔もセンターフライで無得点に終わった。

 寿賀の当たりは不運だったが、勝敗を分けたのは中浦の三振。この日の中浦は3回表にスクイズを決めていたが、そのほかの4打席は無安打3三振とまったく当たっていなかった。次の大島は5打数4安打と大当たりしていただけに、送りバントで一打2点の状況をつくって大島に回す手もあった。

「送りバントも考えました。そうですね......(長い沈黙)中浦にかけた部分もあった。(相手投手の)ボールが抜けていたので、(甘く)入ってきてくれないかなと思いましたけど......コントロールがよかったですね」(英明・香川純平監督)

 その裏の智弁学園も同様に4番からの打順だったが、小坂将商監督は池下春道に迷わず送りバントを指示。一死二、三塁とすると、奈良大会から通じてこの夏初打席となった谷口志琉にはスクイズのサイン。谷口は見事投手前に転がしてサヨナラ勝ちを収めた。

「(タイブレークが始まる前の)整備の時に池下には『バントせえ』と言いました。打たれたら困るんで。そういうヤツなんです。サインも見ないでやりましたね。谷口には『スクイズを考えとけ』と言ってました」(小坂監督)

富山商2×3鳥栖工

 富山商は9番・白木透哉からの攻撃だった10回は送りバント成功で一死二、三塁とするが後続が倒れて無得点。3番・堀山時和からだった11回も前崎秀和監督は送りバントを命じるが、堀山は2球続けてファウル。3球目に強攻策に切り替えて三塁ゴロに倒れた。

 つづく4番・福田敦士の打席で相手投手の暴投で勝ち越すが、その1点止まり。裏に追いつかれると12回も途中出場の秋田幹太に送りバントのサインを出すが失敗。次打者の上田海翔はショートライナーで二塁走者が飛び出しダブルプレーとなった。

 後攻の鳥栖工は、3イニング連続で送りバントを試みてすべて成功。10回はスクイズ失敗(併殺)などで無得点、11回は犠牲フライで1点、12回は送りバントが相手失策を誘って決勝点が転がり込んだ。

明豊8×9北海

 8番・義経豪からだった明豊も送りバントを選択するが失敗。代打・芦内澄空のライト前タイムリーで1点を勝ち越すが、後続が続かず1点止まり。その裏は相手の送りバントを失敗させながら、下位打線に連打を浴びてサヨナラ負けした。

大垣日大3×4おかやま山陽

 大垣日大は九番の袴田好彦からの攻撃で送りバントを選択も、捕飛となり失敗。だが、ただでは終わらないのが79歳の老将・阪口慶三監督。次打者の高川莉玖が2球で2ストライクと追い込まれるとダブルスチールをしかけた。これが相手捕手の悪送球を誘って勝ち越し。二死後、2番・権田結輝がレフト前ヒットを放ち、二塁走者が本塁を狙うが、これは相手の中継プレーに阻まれ1点止まりに終わる。

 その裏、おかやま山陽も9番からの攻撃。堤尚彦監督は送りバントを命じるが、大垣日大の大胆なバントシフトの前に二塁走者は三塁封殺されてしまう。次打者も一飛に倒れて二死と追い込まれたが、2番・湯浅健太郎は四球で満塁とすると、3番・渡辺颯人の2球目に大垣日大の捕手・高橋慎がパスボール。高橋から本塁ベースカバーの投手・山田渓太への送球が逸れる間に二塁走者まで還って逆転サヨナラ勝ちした。

慶應義塾6×3広陵

 1番・丸田湊斗から始まった慶應は「信頼している打者。(足が速く)ゴロでゲッツーもない」(森林貴彦監督)と強攻策を選択。「セーフティー(バント)を考えていた」と言う広陵のエース・高尾響の虚をつき右前打でチャンスを広げると、一死後、渡辺千之亮のセカンドゴロが相手失策を誘って勝ち越し。さらに二死から延末藍太が2点タイムリーを放って3点を挙げた。その裏、打つしかなくなった広陵は3三振で1点も奪えずに終わった。

 タイブレークで敗れた経験のあった土浦日大と同様、慶応義塾もセンバツで仙台育英にタイブレークの末に敗れている。森林監督はその経験が生きたと言う。

「春に悔しい思いをしていたので、練習試合でもタイブレークの練習をして"タイブレーク慣れ"をしました。それは功を奏したと思います」

 同じく先攻だったセンバツのタイブレークは2番・大村昊澄から始まり送りバントを選択。大村はしっかり送ったが、その後の一本が出なかった。その試合でサヨナラ打を浴びたのは広陵戦で9回からマウンドに上がった松井喜一。春は犠打、敬遠の後、レフトゴロ、レフト前ヒットと踏ん張れなかったが、この試合は1四球のみの3三振と最高の投球を見せた。

「松井は春にタイブレークで悔しい思いをしてますから。やってきたことを証明するにはいいかなと。『苦しい場面で使うから』と言っていたことが今日に活きたと思います」(森林監督)

 6試合で表裏合計8イニング。16回の攻撃のうち、先頭打者が送りバントを試みたのは12度あるが、半分以上の7度が失敗に終わっている。重圧のかかる場面であることに加え、三塁がフォースプレイとなるため成功させるのは至難の業だ。

 成功した5回を見ても、得点したのは3回だけ。バントを決めても得点確率は60パーセントしかない。それよりも、カギとなっているのが二人目の打者。先頭打者の結果に関係なく、この打者が仕事をすれば得点につながっている。

 スクイズ、犠牲フライで打点を挙げた以外に四球、または安打で出塁すると得点確率は100パーセント。攻撃側は先頭打者がアウトになっても意気消沈しないこと、守備側は先頭打者をアウトにしても油断しないことが勝利への条件といえる。

【タイブレークからの登板は危険】

 このほか、敗れた上田西、明豊には共通点がある。それは、甲子園初登板となる投手がタイブレークからマウンドに上がったこと。その投手の立ち上がりがいきなり延長戦の無死一、二塁から始まるというのは投手にとって酷だ。

 では、なぜそうなってしまったのか。それは投手の打力に理由がある。上田西は9回裏に二死二塁とサヨナラのチャンスを迎えたが、8番の捕手・岩下俊輔が申告敬遠され、9番の投手・服部朔也に回った。6回から救援し、4イニングを無失点と好投していた服部だったが、吉崎琢朗監督は代打・小林遼太郎を送った。

「敬遠はされるかもと思っていました。正直、ピッチャーの打力が劣る(長野大会で5打数0安打3三振)ので、勝負どころでしたし、勝負をかけました。滝沢(一樹)も信用しているピッチャーなので」

 結果的に小林は三振。甲子園初登板を開幕戦のタイブレークの状況で迎えた滝沢は、5連打を含む6安打を浴びて6失点した。

 明豊もタイブレークの10回表一死一、二塁の場面でこの夏4打数0安打の投手・森山塁に代えて芦内を起用。芦内は見事ライト前タイムリーヒットで期待に応えたが、その裏、初登板の野田皇志が踏ん張れず逆転を許した。

 7回途中から救援登板した森山は3回4安打5四死球3失点と乱調だったため交代はやむをえないが、甲子園初マウンドがタイブレークというのはやはり投手にとっては重圧が何倍にもなる。

 土浦日大や北海のようにほかのポジション(両チームともファースト)に回していたエースを再登板させるなど、すでにその試合で投げていて雰囲気がわかっている投手を残しておくのが得策かもしれない。

 上田西、明豊と同様におかやま山陽もタイブレークとなった10回に井川駿をマウンドに送ったが、こちらは初戦で甲子園のマウンドを経験している。さらに、堤監督は井川起用に自信を持っていた。

「あの子は、ピンチになればなるほどエネルギーを出せる珍しい投手。春の県大会の創志学園戦でもタイブレークから投げて勝ってるんです」

 春の県大会準々決勝・創志学園戦。井川はタイブレークとなった10回に「ピンチに強い自分がいく」と志願して登板。2イニングを無失点に抑えている。

 ピンチに動じない性格。さらには公式戦で強豪相手に勝った経験。不安なく送り出せる根拠がそろっていた。

【先攻のほうが開き直って攻撃できる】

 センバツでタイブレークを経験した東邦・山田祐輔監督はこう言っていた。

「先攻はとにかく1点を確実にとっていく。後攻は相手と同じ点数をとり続けるという考え方ですね。先攻で1点でも多くとるに越したことはないですけど、1点とったときの相手へのプレッシャーは結構ある。たくさんとろうと思う人は結構いると思うんですけど、ウチは先攻でも1点をとり続ける。それ以上とれたらラッキーです」

 その東邦をタイブレークで破った報徳学園・大角健二監督はこう言った。

「先攻の場合は基本的にとれるだけとっておかないといけない。0点、1点となってしまうと、相手はそれを計算して攻撃もしやすい。先攻なら1点確実にじゃなくて、とれるだけとる。先攻のほうが開き直って攻撃できるんで、やりやすいかもしれないですよね」

 開幕戦で勝利した土浦日大・小菅監督はこんなことを言っていた。

「ウチが後攻で、表に3点とられて1点取り返して負けた試合があったんですけど(春の県大会決勝の常総学院戦)、先に得点されると意気消沈しちゃうんですよね。まず抑えるのか、攻めるのかといったら、先に攻める先攻が有利かなと思います」

 まだサンプル数が少ないため、先攻、後攻どちらが有利かはわからない。だが、最後にこの数字も知っておいてもらうとおもしろい。冒頭で紹介した地方大会のタイブレークの勝敗だ。準々決勝は先攻、後攻ともに5勝ずつだったが、準決勝は先攻が11勝、後攻が6勝、決勝は先攻が1勝、後攻が5勝と大きな差が出た。「勝ったら決勝」の準決勝は先攻が優勢、「勝ったら甲子園」の決勝は後攻が優勢。はたして、「勝ったら日本一」の甲子園ではどうなるのか──。