スペイン3部リーグのラージョ・マハダオンダが、レアル・マドリード・カスティージャのMF中井卓大(19歳)の期限付き移籍を発表している。期間は2024年6月末までだ。

「ようこそ新しい家へ、ピピ!」

 クラブの公式ホームページは、中井の愛称を用いて歓迎の意を示している。

 世界に冠たるレアル・マドリードのセカンドチーム、カスティージャから、3部リーグのクラブに移籍する意味とは?


レアル・マドリード・カスティージャからラージョ・マハダオンダへの移籍が発表された中井卓大

「せめて2部クラブへのレンタル、あるいはJ1でも!」

 中井の移籍先を巡っては、「3部では物足りない」と否定的な意見もあるという。

 ただ、同じ3部といっても、たとえばJ3とは全く異なる。現在のスペイン代表の半数以上が3部リーグを経験している。GKウナイ・シモン(アスレティック・ビルバオ)、DFパウ・トーレス(アストンビラ)、イニゴ・マルティネス(バルセロナ)、ナチョ(レアル・マドリード)、セサル・アスピリクエタ(アトレティコ・マドリード)、ジョルディ・アルバ(インテル・マイアミ)、MFロドリ(マンチェスター・シティ)、コケ、マルコス・ジョレンテ(ともにアトレティコ・マドリード)、パブロ・サラビア(ウルヴァーハンプトン)、FWアルバロ・モラタ(アトレティコ・マドリード)など、枚挙にいとまがない。

 かつてスペインの3部リーグは2部Bと呼ばれた。現在はプリメーラ・ディビシオンと名称を変えたが、このリーグこそ、「トップ選手になれるかどうか」の登竜門である。この修羅場を生き残れない選手は脱落するのだ。

「どんどんタックルしてこい。そして絶望を与えてやれ!」

 当時、3部のバルサBでプレーしていたリオネル・メッシに対し、バルサの関係者が叫んでいる様子は肌が粟立つ光景だった。華麗なドリブルも相手を打ち負かす強度がなければ、結局トッププロの世界では通用しない。味方といえども、少しの甘えも許さなかった。

 メッシは歴戦の強者の死に物狂いのタックルに、一度は倒された。しかし、次は完全に振り切っていた。そして、ベテラン選手から戦闘意欲が急速に失われていった。試練を乗り越え、スターダムを駆け上がっていく......。

【プロ選手としては失格のレベルだった昨季】

 2022−23シーズン開幕時、中井はカスティージャに意気揚々と昇格し、「飛躍の年に」と期待されていた。

 2022年4月のスペイン国王杯ユース大会決勝で、中井は後半途中に出場し、見事な決勝点を突き刺している。GKの頭上を抜く一撃で、ワールドクラスの香りが漂った。正念場で勝負を決める得点だっただけに、常勝レアル・マドリードの精神においては評価を高めるプレーだったのだ。

 ところが昨季、中井は3部リーグでほとんど出場機会を得られていない。わずか2試合の出場に終わり、それもトータルプレータイムは5分間だった。プロ契約選手としては失格のレベルだ。

 もっとも、当初から「好選手だが、カスティージャで先発メンバー入りは簡単ではない」という予測はあった。

 同じポジションには、セルヒオ・アリーバスのように、いつでも1部のクラブでプレーできる成熟した選手がいた。事実、アリーバスは昨シーズンの活躍で、6年契約、移籍金700万ユーロ(約11億円、50%のパスはレアル・マドリードが所有)で1部アルメリアに新天地を求めている。他にもトップ下争いではアルゼンチンU−20代表の左利きの18歳、ニコラス・パス、ジネディーヌ・ジダンの息子で21歳のテオ・ジダンがいた。ボランチではマリオ・マルティン、カルロス・ドトール、ハビ・ビジャールなどスペインの新鋭たちがひしめいていた。

 中井の理解者だったはず(ユース時代には飛び級で抜擢した)のラウル・ゴンサレス監督が、5−4−1という手堅い布陣を選んだことで、攻守の強度が優先されたのも逆風になったか(結局、今シーズンの構想からも早々と外されていた)。

 その意味で、中井が同じマドリード郊外にある3部クラブで再戦を挑む(昨シーズン14位で、カスティージャとは同じリーグではない)という決断は、あらゆる点で理にかなっている。昨シーズンの成績を考えれば、2部で出場機会を得るのは単純に難しいだろう。そうなればレンタルの意味はなくなる。実戦から離れていたことでU−20W杯の代表メンバーから外れてしまったように、ユース年代では特にプレーする場が必要なのだ。

 8月26日、3部リーグは幕を開ける。マハダオンダと同じグループでは、バルサ・アトレティク、オサスナ・プロメサス、セルタB、レアル・ソシエダBなど、有力クラブのセカンドチームも並ぶ。かつて2部時代に鈴木大輔、井手口陽介、田邉草民が所属したジムナスティック・タラゴナ、クルトゥラル・レオネサ、サバデルも割拠し、簡単な戦いはない。野心溢れる若者、ドロップアウトした元天才、伸び悩んだ中堅、老練さで生き残るベテランがしのぎを削る場だ。

 開幕戦、マハダオンダはかつて欧州を席巻したデポルティーボ・ラ・コルーニャと対戦する。デポルはかつての威光を失ったが、昨シーズンも2部昇格プレーオフを戦っている。かつてアーセナルにも所属したFWルーカス・ペレスが「憧れだった古巣を引き上げる」と、年俸を10分の1にしてプレーするなど、歴史を感じさせる。

 今シーズン、中井は試練をくぐり抜けられるのか。2025年6月までレアル・マドリードと契約はあるが、猶予はない。マハダオンダでポジションをつかむことが、次のステージに進む最低条件になるだろう。