日本トップクラスの実力を誇る太田海也(中央)

 自転車競技トラックの大一番が迫ってきた。8月3日〜9日にイギリス・グラスゴーで開催される「UCI自転車世界選手権大会トラック」(以下:世界選手権)は、今シーズンの世界最高峰の大会で、ナショナルチームに所属している選手にとっては上位進出が至上命題となっている。1年後に迫ったパリオリンピックの出場枠に関わるオリンピックポイントをより多く獲得できるだけに、この大会の成績は大きな意味を持っている。

 出場選手は、男子が太⽥海也、⼩原佑太、中野慎詞、寺崎浩平、橋本英也、窪⽊⼀茂ら10名、女子が佐藤⽔菜、太⽥りゆ、梅川⾵⼦ら9名で、主力のほとんどが競輪選手だ。そのなかから、メダル獲得が期待される太田海也に話を聞いた。

きっかけは昨年の世界選手権

―― 今シーズンは国際大会のケンブリッジGPでスプリントとケイリンで優勝、ネーションズカップ第1戦でスプリント2位、第2戦でケイリン、スプリント、チームスプリントとも3位と、いずれの大会でも表彰台に上りました。そして5月の全日本選手権トラックでは、チームスプリント、スプリント、ケイリンのそれぞれで勝利し、三冠を達成しました。これらの結果についてはどのように捉えていましたか。

 去年1年間は苦しいなかでトレーニングをしていましたので、やっと実戦で力を発揮できるようになってきたのかなと思います。結果的にメダルを獲得できたので、自分の位置がわかったなという感じはあります。

―― これらの大会のなかで手ごたえを感じたり、転換点となったりした大会はありましたか。

 きっかけで言ったら、去年10月の世界選手権(※)ですね。結果的にまったく戦えませんでしたが、そこから2カ月くらいは死ぬ気でトレーニングをしました。それで今年1月のケンブリッジで、スプリントとケイリンで優勝して、実戦ではこういう感じでレースをしていけばいいんだなというのは掴めたような気がしています。
※チームスプリントでは太田が第1走者を抜いてしまい失格となり順位がつかなかった。スプリントでは10位となった。

―― ケンブリッジGPではどんなことを意識して臨んだのでしょうか。

 この大会は練習の意味で走った側面もあります。どう動いたらいいのかわからないところを、全部レースのなかで試しました。レースの数も多くて、自分が疑問に思っていることを全部試すことができて結果も出て、その状態で2月からのネーションズカップに臨めたのが、すごくよかったと思います。

ラムネで集中力アップを実感

――6月のアジア選手権へは不安なく臨めたのでしょうか。

 大会前にやれることはやって、コンディションとしては完璧な状態で入ったのですが、現地(マレーシア)で体調を崩してしまいました。季節の変わり目というのもありましたし、室内と屋外の気温差が激しくて......。自己管理が徹底されていなかったかなと思っています。去年のアジア選手権はインドで開催されましたが、その時もお腹を壊したまま出場して、今年は38度くらいの発熱のなかで走りました。初日が一番きつくて、体がフワフワした状態でした。

―― 初日はチームスプリントですが、ここでは優勝していますよね。

 パフォーマンスはそれほど変わらなかったので、気持ちの面で対応するのが難しかった感じですね。


アジア選手権でのチームスプリントのメンバー 左から小原佑太、長迫吉拓、太田海也

―― その後のスプリントでは銀メダル、ケイリンでは5着でした。全3種目を総括して、大会全体としてはどう捉えていますか。

 絶対に勝たないといけない大会だったので、熱が出てもそこは関係なく戦わないといけない。すごく悔しいし、勝てたレースもあったと思います。とくに悔しかったのはスプリントですね。決勝の相手が地元の選手(アジズルハスニ・アワン)で、世界選手権やオリンピックでメダルを獲るくらい強い選手だというのもわかっていました。対策もしていたつもりだったのですが、勝てなかった。本当に悔しかったですね。

―― そして8月3日からの世界選手権では、チームスプリント、スプリント、ケイリンの3種目に出場します。意識している国はありますか。

 オランダ、オーストラリア、中国、ロシアの4か国です。

―― 以前はオランダのハリー・ラブレイセン、オーストラリアのレイ・ホフマンとマシュー・リチャードソンを注目選手に挙げていました。昨年の世界選手権でも間近で見ていた選手たちですし、その後の国際大会でも対戦しています。彼らにはどんな印象を持っていますか。

 彼らとはこの1年で戦いましたし、レベルもわかりました。世界のトップ選手たちですので、パワーにしろ、技術にしろ、すべてに関して自分が足りているところはないですね。その差を埋めるために日々練習しているんですが、そこに到達するにはもうちょっと時間が必要かなと思います。でも世界選手権では必ず彼らも倒したいと思っています。

―― 世界選手権では上位を狙えるという手ごたえを持っているんですね。

 本当に心の底からメダルを獲りたいと思っています。それは全種目同じで、自分のできることをやれればいいかなと思っています。

―― この世界選手権に向けて、これまでどんなトレーニングをしてきましたか。

 朝1時間半、筋力トレーニングをして、午後にトラックバイクに2時間くらい乗っていました。全体としては3〜4時間くらいです。練習量はそれほどでもないですが、その間に出す出力は本当に言葉にはできないようなレベルです。

――「言葉にはできないレベル」というのは具体的に言うと、どんな感じなのでしょうか。

 栄養士さんに、集中力が切れるのであれば、すぐにエネルギーに代わるブドウ糖がいいと言われていて、それがラムネに含まれていると聞きました。そのラムネを食べると集中力が上がるのがわかるくらい集中しています(笑)。

―― 子どもが好きなあのラムネですよね。たとえが独特すぎてわかりづらいんですが(笑)。

 コーヒーみたいなものですかね。カフェインをとると眠気がとれるとか、そんなイメージですね。

―― なるほど。眠くない時にコーヒーを飲んでも、頭が冴えるというのは実感しにくいですからね。

結果次第でパリ五輪が視野に

―― パリオリンピックに出場するためには、より多くのオリンピックポイントを獲得する必要があります。今回の世界選手権が最も多くのポイントを稼ぐことができますので、本当に重要な大会となります。現在日本はスプリントが2位、ケイリンが3位、チームスプリントが5位です。この順位はいかがでしょうか。

 昨年、オリンピックを目指すと決めた時には、正直に言うと、このくらいの順位に入れるとは思っていませんでした。ネーションズカップ第1戦、第2戦の結果が反映されて、アジア選手権を経て順位が上がりました。でも世界チャンピオンたちと戦うなかで、自分はもっと上に行けると感じています。

―― 世界でもこれだけ上位に入ってくると、パリオリンピック出場も現実味を帯びてきます。太田選手はもともとボート競技でU-19代表に選ばれて、オリンピックを目指していました。そのボートを19歳の時に辞めて、21歳の時に日本競輪選手養成所に入り、そして22歳で競輪選手になって、今月7月27日に24歳になります。わずか3〜4年で自転車競技でのオリンピック出場が視野に入ってきましたが、ここまでの軌跡を振り返ってみてどう感じていますか。

 好きなことをやらせてもらって、日本最高峰の環境で練習ができて、ご飯を食べさせてもらっているというのは、すごくありがたいことだなと思います。大会に行ったら、自転車を組み立ててくれるメカニックがいて、日々の練習で疲れたらマッサージャーがマッサージをしてくれて、苦手な事務仕事は事務員さんがしてくれている。本当に自転車だけに集中できる環境を作ってくれています。逆に言ったら、結果を出さないことのほうが失礼だと感じていますので、本当に一生懸命日々練習をしています。


急激な成長曲線を描く太田

――パリオリンピックにかける思いは人一倍強いですか。

 他の人のことはわかりませんが、自分はすごく求めています。そのためにやっていますから。これからの世界選手権でいい成績を残せたら、自分のなかの方程式では、パリオリンピックがだいぶ近づいてくるのではないかなと思っています。

―― 課題はどんなことですか。

 本当にすべてなんですが、一番は技術です。技術を身につけるのは、レースでしかできない部分が多いんです。経験を言い訳にするわけにはいきませんが、自分はレースの経験がだいぶ少ないので、もっともっと実戦的なことをしていきたいなと思っています。

【Profile】
太田海也(おおた・かいや)
1999年7月27日生まれ、岡山県出身。高校時代はボート競技で活躍し、全国高等学校選抜 ボート大会シングルスカルで準優勝、高校総体ダブルスカルで優勝、国体クオドルプルで準優勝。大学入学後もボートを続けるが、19歳で競技から離れ、自転車競技に転身。2021年5月に日本競輪選手養成所に入所し、同年12月に早期卒業を果たした。2022年1月に競輪でデビューし、8月にはS級2班に特別昇級。同年1月からナショナルチーム入りし、数々の国際大会に出場。2023年のケンブリッジGP、ネーションズカップ第1戦、第2戦とも表彰台に立つ。同年5月の日本選手権トラックで、チームスプリント、スプリント、ケイリンで優勝し三冠を達成した。