なでしこジャパンのFIFA女子ワールドカップは7月22日、ニュージーランドのハミルトンで行なわれたザンビア戦で開幕した。強烈なストライカーであるバーバラ・バンダにまったく仕事をさせず、宮澤ひなた(マイナビ仙台レディース)の2ゴールを含む5点奪取で快勝した。


熊谷紗希が中心となってW杯で最高のスタートをきったなでしこジャパン

 相手はスピードのある両サイドに、破壊力満点のFWがいて、そこにボールが入った段階で危機的状況に陥ってしまう。この初戦のポイントは"FWにボールを出させない""攻撃を遅らせる"という守備だった。格下とはいえ、先制点次第では後手に回るリスクも高く、前線が献身的なプレスでボールホルダーをブレさせると、中盤とサイドの選手がしっかりサポートに回った。

 簡単に前線にボールを入れさせず、それに合わせて3バックはターゲットとなるバンダを徹底的にケアしながらボールを跳ね返し続けた。この日の日本の守備は3バックに変更してから初めて意図どおりにハマり、ザンビアのシュートをゼロに抑えてのクリーンシートを達成した。

 3バックに切り替えた昨年から、対外試合では両サイド奥、DF裏のスペースへのロングフィード1本でやられてきた。不用意なパスから失点を許す同じパターン。ザンビアのエースはそこを狙ってくるはずというところで、練習によって徹底ケアが形になり始めたのは現地入りしてからのことだった。

「こっち(ニュージーランド)に入ってきて、対ザンビア戦......ほぼそこしかやってないんですけど、それだけ自分たちにとってはこの初戦が大事。(相手への)引っかけ方と(ボールの)失い方に気をつけてうしろの準備を徹底して臨みたい」と熊谷紗希(ASローマ)が語ったように準備は万端だった。

【熊谷紗希か築き上げてきたこと】

「ここまで散々やられてきて、初戦の大切さは伝えてきたつもりです」ーー試合内容がどうであれ、欲しいのは結果だと明言し、仲間を鼓舞したのはチームで唯一ワールドカップ4回目の出場となるキャプテンの熊谷だ。20歳でワールドカップ優勝を経験し、チームの世代交代が進みながらも日本の最終ラインの要としてピッチに立ち続けてきた。

2011年ワールドカップ優勝後から活躍の場をドイツへ移し、早い段階からスキルアップと、世界レベルのサッカーを日常に取り入れることを選択した。以降、1.FFCフランクフルトから、当時世界トップと言われていたオリンピック・リヨン(フランス)へ渡り、女子チャンピオンズリーグ5連覇に貢献するなど頂点を極めるチームの主力へと成長していった。今オフには、なでしこジャパンでもCBとしてコンビを組んできた南萌華が所属するASローマ(イタリア)への移籍が発表された。文句のつけようのないほど、"世界"を知り尽くしている日本では唯一無二の選手である。

 2017年から7年間、熊谷の左腕にはキャプテンマークが巻かれている。澤穂希、宮間あやと2代続いた偉大なキャプテンのもとでプレーしてきた熊谷にとっては、比べられる対象が「とてつもなく大きかった。2人ともついていきたいと思わせてくれるキャプテンだったから、私もそうなりたいとは思っていました」と振り返る。

自分にできるキャプテンのスタイルを築こうと、周りの意見を取り込み、若い選手ともコミュニケーションを欠かさない。それでも、若い選手たちにとって代表135キャップ(W杯開幕前の時点)を数える熊谷は"憧れの存在"である。うまく中堅選手を介しながら、チーム作りをしていても、ズバ抜けたその実績がゆえに、若い世代とはどこかしら溝を埋めきれないものもあった。

 しかし、ワールドカップ初戦のザンビアのピッチでは、いつもとチームの様子が違った。5得点すべての歓喜の輪に、熊谷を含む最終ラインの選手たちがゴール近くまで駆け寄っていく。ベンチからは全員がライン際まで飛び出していた。行動からもチームが同じベクトルに向いていることが伝わってくる。

「一体感という意味ではどこにも負ける気がしない」と熊谷は語る。きっかけのひとつとなったのは、初戦前日、熊谷の声がけで行なわれた選手ミーティングだ。

「この大会をとおして全員がハッピーな形で終われることはないと思うけど、一人ひとりがその役割をまっとうした時に、チームとしてその力が大きなものになる。このチームは『団結』ってところで成長してこられているし、勝ちながらまだまだ成長できる」ーー熊谷の言葉がチームに共鳴を呼んだと話すのは南だ。なでしこジャパンに招集された当初、憧れの熊谷の隣でドギマギしていた南が今は熊谷の相棒としてその地位を確かなものにしている。

「代表に呼ばれた最初の頃は、紗希さんに完全にぶら下がっていて、私って絶対に頼りないヤツだったんです。でも今は紗希さんに頼りすぎず、自分からも紗希さんに指示できるようになりましたし、それくらいじゃないと世界では戦っていけない。紗希さんをもう一度世界一にしたいんです」

 今、このチームにおいて2011年の優勝を知るのは熊谷ただひとりだ。彼女が背負っているものは小さくない。少し前までのチームには互いにいろんな種類の遠慮が存在していたように思う。しかし、10日間の千葉合宿から、仙台での壮行試合を経て、ワールドカップ初戦でチームは確実に変化が起きている。その背を見て育ってきた世代が、もう一度頂点に押し上げたいと思わせるキャプテン、熊谷紗希の存在がそこにあった。