ボクシング界に新たな歴史を刻む一戦が目前に迫っている。7月25日に東京・有明アリーナで行なわれるスーパーバンタム級タイトルマッチ。前世界バンタム級4団体統一王者である井上尚弥が階級をひとつ上げ、WBC&WBO世界スーパーバンタム級の王者スティーブン・フルトン(アメリカ)と激突する。

 無敗ボクサー同士の頂上決戦は、いったいどんな展開になるのか。今回話を聞いたのは、日本人初のミドル級王者で、解説者としても活躍する竹原慎二氏。5月に大橋ジムで井上のトレーニングを見たという竹原氏に、大一番の展開を予想してもらった。


タイトルマッチに向け、ジムで追い込む井上

【予想は井上の6ラウンド以内のKO。その理由は?】

――井上vsフルトン、ズバリ予想を聞かせてください。

「井上選手が6ラウンド以内にKOすると思います」

――そう予想する理由は?

「さまざまな人の意見も聞いて、最初は『フルトンが強い』という先入観がありました。でも、いざ彼の試合映像を見ると、『そこまで高評価される選手なのか、過大評価かもしれない』と思うようになって。フルトンは、フリッカー気味のジャブで距離を保てている時はすごくいいパフォーマンスを発揮しますが、相手がプレッシャーをかけてくると、パンチをもらうんですよ。

 フルトンが打たれ強ければ判定の可能性もあると思ったんですが、映像ではパンチが効いているように見えるシーンも多かった。それらを踏まえて、スピード、パンチ力、瞬発力が飛び抜けている井上選手が圧倒し、中盤までにKOすると予想します」

――フルトン選手のジャブは、井上選手にとって脅威になりそうですか?

「井上選手の距離感によると思います。ジャブの差し合いでは、フルトンのほうがリーチはある(フルトンのほうが8cm長い)ので、フルトンのジャブは当たるかもしれません。でも、井上選手は距離を詰めていくと思いますし、フルトンのジャブは、右に少しダッキングしてカウンターを合わせることもできると思いますね」

――リーチは、井上選手が171cmでフルトン選手は179cm。その差はそれほど苦ではないですか?

「まったく苦ではないと思いますね。これまでも、自分より身長の高い選手とも闘っていますし。大橋秀行会長からは、『スーパーフェザー級やライト級に近い選手ともスパーリングをしている』とも聞きました」

――身長は井上選手が165cm、フルトン選手が169cm。体格差の影響は?

「体格差で『フルトンが有利』という意見もありますけど、井上選手には当てはまらないと思います。スーパーバンタム級に合わせて体を仕上げていますからね。井上選手がもっと階級を上げるのであれば、体格差が影響する可能性もあるでしょうけど、スーパーバンタム級ならば影響はないはずです」

【フルトンはどんな戦術でくるか】

――フルトン選手の21戦全勝8KOという戦績をどう評価しますか?

「フルトン選手に驚異的なパンチ力があれば、井上選手も苦戦したかもしれませんね。KOが少なくて全勝ということは、"ごまかし"というか、試合をうまくコントロールしてポイントを取るのがうまいとも言えます。でも、それは井上選手には通用しないと思いますよ」

――フルトン選手は、どのような戦略でくると見ていますか?

「通常通りフリッカー気味のジャブを突いて、右ストレートを繰り出す。井上選手のプレッシャーを受けて下げられたらクリンチに行くでしょう。クリンチの離れ際にはフックを狙ったり、といった展開になるんじゃないかと。

 ただ、井上選手が前回闘った(ポール・)バトラーのように、極端な防御策という情けない闘い方はしないでしょう。(2021年11月に)ブランドン・フィゲロアとの無敗対決を制して、WBC・WBOの統一王者になったプライド、自分が上の階級でやってきたという自信もあるでしょうから」

――井上選手のことを、「下の階級から上げてきた選手」と見ている部分もあるでしょうか?

「あると思いますよ。自分のほうが体が大きいし、『大したことないんじゃないか』と思っている部分もあるかと。実際に試合で手を合わせたら、井上選手のスピード、瞬発力、パンチ力に驚くはずです。"ヤバい"という恐怖をリングの上で味わうんじゃないですかね」

――フルトン選手は去年6月以来、約1年ぶりの試合となります。その影響はありますか?

「それもあるでしょうけど......井上選手に負けた時の言い訳にするんじゃないですか(笑)。それは冗談としても、井上選手は今や世界的スーパースターですから、久々に試合をするフルトンも勝利に向けて気合が入っているでしょう。いい試合になると思いますよ」

――YouTubeチャンネル『渡嘉敷勝男&竹原慎二&畑山隆則 ぶっちゃけチャンネル』で、5月に大橋ジムで井上選手の練習を見る動画がアップされていましたが、その時の印象は?

「シャドーとミット打ちを見させてもらいました。その時は、リラックスして話してくれましたね。けっこう体が大きくて、まだリミット(−55.34キロ)まで8キロくらいあると話していました。邪魔になってはいけないので練習は5、6分しか見てないですけど、右のカウンターを合わせた後のダッキングを徹底してやっていましたね。フルトンのジャブに合わせた練習だと思いますが、『いい練習をしているな』と思いました。

それから僕ら3人は場所を移し、大橋会長とYouTube用の『のみトーク』を2時間くらい収録したんですが、僕らが帰るのと同じくらいに井上選手が練習を終えて帰っていきました。かなりの練習量ですね」

【井上はライト級までいける?】

――井上選手の強さは、豊富な練習量と、そこからくるメンタルの強さにあるのでしょうか。

「そうですね。大橋会長も『(井上が)特別な選手である理由はたくさんあるけど、その中でも一番は気持ちが強いことだ』と言っていました」

――米ボクシング専門誌『ザ・リング』のパウンド・フォー・パウンドでも、一時は1位になるなどアメリカでも高く評価されています。

「それも軽量級の選手がね。アメリカは重量級のボクサーしか認めないような国だったのに、軽量級でもすごい選手を評価する時代に変わった。それを世界に認めさせたところが、井上選手のすごさですね」

――4階級制覇(ライトフライ、スーパーフライ、バンタム、スーパーバンタム)に挑む井上選手ですが、フライ級を飛ばしているので実質5階級目とも言えます。先の話になりますが、どこまで階級を上げられると思いますか?

「少なくとも、もうひとつ上のフェザー級(−57.15キロ)は余裕でしょうし、もうひとつ上のスーパーフェザー級(−58.97キロ)でも十分に闘えると思いますよ。スーパーフェザーだとかなり体が小さい選手になると思いますが、4つの団体がありますから、かみ合う選手を選んで闘えばベルト獲得も可能でしょうね。ひょっとしたら、ライト級(−61.23キロ)までいけるかもしれない。そう思わせるだけの、スキルとスピードを持っています」

――ちなみに、竹原さんが5月に練習を見た時の井上選手の体重は63、64キロだったそうですね。

「その体重でもすごくいい体つきでした。63、64キロだと、スーパーライト級(−63.50キロ)くらい。だからフェザー、スーパーフェザーまではいけると思うんですよ。あくまで、4団体制覇ではなく、ひとつでもベルトを獲ることを考えた場合ですけどね」

――階級を上げる度に厳しい減量から解放されて、強さが増していると見ていいですか?

「そうですね。ライトフライ級の頃は、めちゃくちゃ減量がキツかったと思います。実際、試合中に足が痙攣すること(2014年のWBC世界ライトフライ級タイトルマッチ)もありましたよね。それだけ厳しい減量から解放されて、パンチ力やスピードなど、すべてにおいて強さが増していると言っていいでしょう」

【フルトンをKOするパンチは?】

――パンチ力もあると思いますが、井上選手のKO数が多い理由は何だと思いますか?

「要因はたくさんありますが、瞬発力や回転の速さもあると思いますし、最も重要なのはパンチが当たる瞬間のインパクトでしょうね。井上選手は、最大の衝撃が伝わる距離でパンチを的確に当てています。その角度やタイミングも含めて、インパクトの強さが彼の"パンチ力の強さ"だと思います。

 あと、上だけじゃなくボディーブローもめちゃくちゃうまいのも大きいですね。あのボディを打たれたらガードが自然と下がりますから、強烈な顔面へのパンチもヒットする。そのバリエーションも豊富ですが、それは練習の賜物です」

――フルトン選手との試合の話に戻りますが、試合のフィニッシュはどうなると予想しますか?

「予想では、最後は左ボディかなと思います。井上選手が得意なパターンで試合を終わらせるんじゃないかと。そう私も予想していますが、『勝って当たり前』という期待をかけられるのは、実は大きなプレッシャーになっているかもしれません。でも、毎回それを乗り越えている。本当に頑張っていると思いますよ」

――階級を上げ、いきなり2団体統一王者と対戦することを選んだ心意気についてはどう思いますか?

「いやーもうね、井上選手らしい選択ですよ。彼は、プロ入り6戦目で世界王座を獲得して、それ以降はずっと世界戦。彼からすれば、調整試合を挟む必要はないということですね」

――ちなみに、井上選手が勝ったら、その後の展開はどうなると見ていますか?

「今年4月にムロジョン・アフマダリエフに勝って、WBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級王者になったマーロン・タパレス(フィリピン)と、年内に対戦するんじゃないですかね。スーパーバンタム級でも4団体統一。2階級で4団体統一王者という史上初の快挙を成し遂げるんじゃないかと」

――タパレス選手は、大方の予想を覆しての勝利でしたね。

「正直、アフダマリエフと井上選手の無敗対決が見たかったです(笑)。無敗の王者を倒しての4団体統一は魅力的でしたが、井上選手にとってはタパレスのほうが闘いやすいと思います。年内に、またすごい瞬間が見られるかもしれませんね」

――井上vsフルトンの一戦、竹原さんはどちらで観戦するんですか?

「『渡嘉敷勝男&竹原慎二&畑山隆則 ぶっちゃけチャンネル』で生配信しながら見ます。世紀の一戦を、存分に楽しみたいですね」

【プロフィール】
■竹原慎二(たけはら・しんじ)

1972年1月25日生まれ、広島県出身。1989年にプロボクサーとしてデビュー。1995年12月、「日本人では不可能」と言われていた世界ミドル級制覇を成し遂げる。1996年、左目網膜剥離のため現役引退。解説者だけでなく、タレントとして活動も開始し、テレビ・ラジオなどで幅広く活躍。人気バラエティ番組『ガチンコ!』のメイン企画"ファイトクラブ"で人気を集めた。

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