福田正博 フットボール原論

■この夏も数人のJリーガーの欧州行きが決まり、シーズン途中の海外移籍がすっかり定番化してきている。以前に比べるとスムーズに選手の移籍が決まる印象があるが、福田正博氏にその状況を分析してもらった。


ドイツのホルシュタイン・キールへ移籍した町野修斗(左)とオランダのNECへ移籍した小川航基(右)

【Jリーグは選手を供給する側】

 この夏も多くの日本人選手が、Jリーグから海外クラブへ移籍した。

 開幕から19試合9得点と、湘南ベルマーレの攻撃を牽引してきたカタールW杯日本代表FWの町野修斗は、ドイツ2部のホルシュタイン・キールへ。

 昨季はJ2で41試合26得点を挙げて得点王になり、今季はJ1で15試合6得点をマークしていた横浜FCのFW小川航基は、オランダ1部のNECナイメヘンに移籍した。

 残留争いをしている両チームにとって、彼らの決定力を失うダメージが大きいのは想像に難くない。選手も悩んだと思うが、海外でキャリアアップしていくには年齢的にラストチャンスだっただけに、決断したからには新天地で目覚ましい活躍を見せてもらいたい。

 このふたりのほかにも、アルビレックス新潟でチーム最多の7得点を決めていたMF伊藤涼太郎がベルギーのシント=トロイデンへ。同じくシント=トロイデンには、昨年のAFC U−23アジアカップで3位となったU−21日本代表の中盤を支えた、山本理仁もガンバ大阪から移籍している。ほかにもFC東京の安部柊斗がベルギー1部のモレンベークに移籍した。

 いずれの選手もまずは新天地で出場機会を確保し、シーズン終了後のキャリアアップにつながる活躍をしてもらいたい。もっと言えば、彼らのポテンシャルは日本代表の主力を担えるものがあるだけに、海外リーグで多くの経験と自信を手にし、そこで伸ばした力を日本サッカーに還元してほしい。

 近年、Jリーグからシーズン半ばに有望な若手選手が海外へ移籍しているが、もはやこの流れには抗いようがない。世界のサッカーのヒエラルキーのなかにあっては、Jリーグは選手を供給する側になっているからだ。

 いまや海外でプレーする日本人選手は相当な数になるが、ひと昔前までなら海外でプレーできるのは、日本代表の主力クラスに限られていた。

 Jリーグ発足後で振り返ると、カズ(三浦知良)が風穴をあけ、中田英寿が日本人選手でも海外で通じることを示した。そこから海外移籍は増えていったが、それでも人数は指折り数えられる程度だった。

【移籍したい選手に有利な状況】

 その流れを変えたのは、長谷部誠だろう。浦和レッズでは主力だったものの、まだ日本代表に定着していないなかで海外移籍。そこでの活躍が認められてから、日本代表での地位を築いていった。

 そこから時計の針はさらに進み、現在では日本代表どころか、Jリーグで圧倒的な結果を残していない多くの若手選手にも海外移籍の扉は開いている。

 これはJリーグが発足してからの30年で、日本代表がワールドカップに7大会連続で出場し、日本サッカーの進化やレベルが世界に認められたからだ。ただ、それによってJリーグは大きなジレンマを抱えることになったとも言える。

 日本人選手への海外クラブからの注目度が高まったことによって、Jリーグ各クラブと選手の契約は、主導権が選手サイドに偏ってしまっているように見える。契約年数は単年、契約条項のなかには海外移籍のオファーがあれば移籍を認めるなどを、クラブ側が受け入れるケースが少なくない。

 将来的な海外移籍を視野に入れる選手にすれば、希望が通らないのであれば別のJクラブを探したり、レベルはJリーグよりも低くてもヨーロッパ各国スカウトの目に止まる確率の高い、海外でのプレーを選択したいとの思いがあるのだろう。

 対して、Jリーグ各クラブは資金力に限度があり、フロントも難しい契約交渉をしなければならない。こうした背景もあって、Jリーグのシーズンが佳境に向かっていく夏場にも関わらず、欧州主要リーグは毎年秋から始まる新シーズンに向けこの時期に選手の出入りが活発になるため、海外移籍が発生するわけだ。

 ブラジルなどのように、莫大な移籍金をクラブに残してくれるのならいいのだが、Jリーグのケースでは契約年数の短さもあって、所属選手が海外移籍をしてもクラブが得られる金額はまだ少ない。これでは選手を引き抜かれたクラブが、チーム力を維持するために代わりの選手を獲ろうにも、資金的な難しさに直面してしまう。

【Jリーグでの十分な活躍後の移籍でもいいのでは】

 Jリーガーが海外移籍するこうした流れに、ブレーキはかからないだろう。ただ、Jリーグの行く末を考えると、猫も杓子も海外移籍という状況ではなく、Jリーグで活躍して国内で知名度を高め、相応の移籍金をクラブに残せるようになってから(例えば内田篤人の2010年鹿島からシャルケへの移籍金は当時の額で推定1億5000万円)移籍してもいいのではないかと思う。

 なぜなら、例えば海外で行き場を失ってJリーグに戻ってきたとしても、国内での知名度がなければ話題になりにくいからだ。もちろん話題になることがプロ選手にとって最重要ではないが、知名度の高さによって注目度が上がれば、プレーを観てもらえる機会は増える。ファンに「プレーを観たい」と思ってもらう選手になって、スタジアムに観客を呼ぶこともプロ選手の仕事だ。

 いずれにしろ、有力選手が次々と海外移籍し、国内でプレーするのはベテランと若手だけという現象は、まだまだ続くだろう。選手が抜けたあとも観客を呼べる魅力あるチームを維持していくのは大きな課題だ。

 こうした状況にあって、海外クラブから日本に戻ってくる選手は、日本と世界のサッカーの違いやレベル差をはかる物差しでもある。

「あのレベルで通じなかったのか」「次はあの選手が海外移籍しそうだな」「全盛期は過ぎたけど、海外で活躍したのは伊達じゃないな」という視点を持ちながら、Jリーグ後半戦を楽しむこともできるのではないかと思う。

福田正博 
ふくだ・まさひろ/1966年12月27日生まれ。神奈川県出身。中央大学卒業後、1989年に三菱(現浦和レッズ)に入団。Jリーグスタート時から浦和の中心選手として活躍した「ミスター・レッズ」。1995年に50試合で32ゴールを挙げ、日本人初のJリーグ得点王。Jリーグ通算228試合、93得点。日本代表では、45試合で9ゴールを記録。2002年に現役引退後、解説者として各種メディアで活動。2008〜10年は浦和のコーチも務めている。