●アスリートは基本的に「負けず嫌い」

 5月にヤクルトスワローズのクローザー、田口麗斗がインスタグラムのライブ配信中の発言で批判を浴びた。配信当日に行なわれたヤクルト対DeNA戦が、死球をきっかけに警告試合となった件について持論を展開するなか、ファンを見下しているととらえられる発言があったからだ。田口は翌日、ツイッターで発言について謝罪文を掲載した。

 田口の例のようにアスリートの発言が炎上するというケースもあれば、一方で選手に対するSNSでの誹謗中傷も問題となっている。2021年に開催された東京五輪では、何人もの日本代表選手が誹謗中傷に苦しんだと明らかにしている。

 今回、アスリートのSNS利用について、早稲田大学スポーツ科学学院教授で精神科専門医の西多昌規さんとともに考えていきたい。


早稲田大学の西多昌規教授

 アスリートにとってSNSは、マスコミによる「切り取られた発言」でなく「ありのままの言葉」をファンに届けられるツールだ。しかし多くの場合、第三者のチェックはないまま発信されるので、投稿や発言には細心の注意を払わなければならない。アスリート自身も十分わかっているはずだが......。

 西多さんはアスリートのSNS利用は、他の著名人より特に注意が必要だと指摘する。なぜだろうか。

「現在では俳優やアイドル、ミュージシャンなどさまざまなジャンルの有名人がSNSを使っていますが、アスリートは特に炎上しやすいと言えるかもしれません。なぜなら、基本的にみんな負けず嫌いだからです。

 男子テニスで世界ランキング1位連続保持記録歴代2位の記録を持つジミー・コナーズがかつて『勝利を愛するより負けが嫌いだ』とコメントしました。この言葉に象徴されるように、アスリートは幼い頃から勝ち負けがはっきりする世界で生きてきたので、負けてなるものかという気持ちの強さは一般人のそれとは比較になりません。

 このようにSNSでも批判されたり挑発を受けたりすると、闘争心が湧いてくるタイプも多いと考えられます」

●誹謗中傷は一種の「ねたみ」

 本業以外でも勝負本能がたきつけられてしまうというわけか。ずいぶんと前の話だが、ダルビッシュ有がツイッターで「永遠と」と「延々と」の言葉の使い方を巡り、それこそ「延々と」議論を繰り広げたことがあった。

「アスリートが競馬やパチンコなどギャンブルに依存してしまう例は多い。『当たった!』という瞬間に脳では快感、達成感を覚えるドーパミンが出るのです。これが、ホームランを打ったり、三振を奪ったりした時の感覚と重なってしまう。

 SNSで議論をするのも同じような中毒性があるんです。不毛な論争だと頭ではわかっていても、論破する快感を得たり、正義感が満たされたりしてドーパミンが出る。その快楽を一度知ってしまうと途中で抜け出せなくなってしまうケースもあります」

 SNS上にいるのは当然、アスリートを応援するファンだけではない。「さまざまな負の感情が混ざりこんでいる」と西多さんは指摘する。

「スポーツや選手が好きな人だけでなく、アンチも存在します。彼らは有名人であるアスリートをちょっと痛めつけてやれ、とか、いじってやろうとかの、ねじれた感情を持っています。

 一種のねたみですね。SNS上で自分の言葉にアスリートが反応したら、今がチャンスだとばかり攻撃的になる人たちが一定数存在するんです」

 アスリートが文脈なく問題発言をすることもあるが、一般のフォロワーからの批判や暴言による挑発が火種となることもある。

「SNSではバズらせた、あの有名選手を謝罪させてやったということを成功体験ととらえる人もいるから厄介です。ですから、アスリートは球場やピッチに声援を送ってくれる観客とはまったく別世界の人たちがSNS上にいるのだと十分に理解しておく必要があります。

 炎上から身を守るには、極めて控えめで角が立たないような言葉を選ぶしかないのですが......それだとあまり面白くないですし、注目してもらえなくなるかもしれないので難しいところですね」

●SNSはメンタル面に悪影響?

 SNSで投げかけられる誹謗中傷によって、アスリートが知らず知らずのうちにストレスを蓄積させていることがあると、西多さんは警鐘を鳴らす。

「人間というのは辛いことは心に残るものです。SNSで否定されたり、攻撃されたりすると、いったんは落ち込みが回復したように感じていても、実際は傷ついた状態が続いているものです。それがプレーに悪影響を及ぼすこともあるでしょう。

 SNSで受けるストレス、心のダメージは『いいね』やフォロワー数では相殺できないということも覚えておかねばなりません。特にアスリートはストレスの言語化が苦手な人が多い傾向にあるので、所属チームがメンタル面を支えていく環境整備も必要です」

 アスリートとしてのパフォーマンスを最大化しながらSNSを使いこなすにはスキルが求められるだろう。そんななか、西多さんはサッカー元日本代表の本田圭佑に注目する。

 ツイッターのフォロワーは175万人以上。サッカーに限らず、日常生活のささいな気づきから、時事ネタなど投稿内容は多岐にわたり、英語での発信も。

 今年初めには、コンビニのレジ袋を巡って店員の対応に関するツイートをして炎上。その後、フォロワーの意見を参考にし、考えをあらためる見解を示した。以前にも漢字の「清々(すがすが)しい」の読み方を間違え、指摘されると素直に知らなかったことを認め、「もう覚えました」と前向きなツイートで落着となった。

「本田さんは独自路線の発言を貫きながらも、フォロワーの指摘に対してムキにならず素直に認めることができる。このような対応は、SNSにおけるコミュニケーションの上で重要だと思います。

 自身の軸をブレることなく、論理的な発信を続けている点では400mハードル日本記録保持者の為末大さんもすばらしい。感情のコントロールの仕方、言うべきこととそうでないことの線引きがきっちりできる方なのだと感じます。

 現役アスリートでは、スケートボードの堀米雄斗選手が上手にSNSを使いこなしています。動画と写真プラス事実や広報という淡々とした内容なので、本人のさわやかキャラとも合って高い好感度、低い嫌悪度となっていると思います」

 アスリートのSNSをめぐっては、それぞれが自分なりの活用方法を模索中だろう。一方で、大衆の寛容な姿勢も求められる。

【プロフィール】
西多 昌規 にしだ・まさき 
早稲田大学教授 精神科医。東京医科歯科大学卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学客員研究員、スタンフォード大学客員講師などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院・教授。精神科専門医、睡眠医療専門医、日本スポーツ協会スポーツドクター。専門は睡眠、身体運動とメンタルヘルス、アスリートのメンタルケア。著書に『休む技術2』(大和書房)など。