消えた「世紀の大発明」セグウェイが見せた復活劇
かつて「世紀の大発明」と華々しく登場したセグウェイ。最近ほとんど姿を見かけませんが、セグウェイのDNAは次世代のスマートモビリティへと受け継がれています(写真:Dragon Images/PIXTA)
かつて「未来の乗り物」とも呼ばれ一世を風靡したものの、2020年に生産終了となったセグウェイ。市場から退場したかに思われたが、その遺伝子は中国の最先端スタートアップに根付いていた。
「セグウェイは、日本人の常識では考えられないようなかたちで進化を遂げています」
世界中の最先端テック企業1800社に精通する成嶋祐介氏はそう語る。
最先端ビジネスの現場に足しげく通って見えてきた、激動の時代における「成功する企業の秘訣」と「常識外れな成功事例」を解説した成嶋氏初の著書『GAFAも学ぶ!世界最先端のテック企業はいま何をしているのか』から、スマートモビリティビジネスの最前線を紹介する。
時代を先取りしすぎた「セグウェイ」の現在
「セグウェイ」という乗り物をご存じでしょうか。そう、かつて「世紀の大発明」「夢の乗り物」などといわれ華々しく登場した、あのセグウェイです。
最近、電動キックボードに乗って軽やかに街中を移動する方が増えていますが、セグウェイの姿を見かけることはほとんどありません。
2001年に登場し、世界の大きな注目を集めたセグウェイですが、じつは2020年7月にひっそりと生産を終了しています。
駅から目的地までのちょっとした距離、「ラストワンマイル」の移動に対応した「次世代型のスマートモビリティ」が近年注目を集めています。スマートモビリティの市場規模は、なんと2026年までに900億ドルを超えるとの試算も出ています。
まさに時代を先取りしていたともいえるセグウェイでしたが、そのポテンシャルをいかしきることなく、退場してしまいました。セグウェイは「世紀の大発明」ではなく「世紀の大失敗」だったのでしょうか?
その答えは“NО”です。セグウェイのDNAは次世代のスマートモビリティへと受け継がれているのです。
セグウェイが生産終了となる5年前の2015年、セグウェイは中国の「ナインボット(九号機器人)」に買収されています。ナインボットは、短距離移動用の機器とサービスロボットの開発を行う有望スタートアップです。
この買収によって「セグウェイ−ナインボット」と生まれ変わった同社は、それまでセグウェイが蓄積してきた知見を存分にいかし、電動平行二輪車、電動キックボード、スマートサービスロボットなどを次々とリリース。新興スタートアップが群雄割拠するスマートモビリティ市場において着実に存在感を高めています。
セグウェイ−ナインボット(以下、ナインボット)が展開する商品は一輪車からキックボード、ゴーカートまで広範にわたります。ナインボットの商品のおもしろい点は、性能は異なるのに、「ハード」の仕様は基本的に同一で変わらないことです。
通常は、自動車であれば同じブランドでも排気量、最高出力、燃費、室内の広さなどのスペックによって、提供する車種=ハードの仕様は異なるものです。
しかし、このナインボットの展開する商品は、本体そのものの機能には違いがありません。そのスペックの違いはスマートフォンアプリという「ソフト」で制御する仕掛けになっています。
最先端スマートモビリティ「S−PRO」を徹底レビュー!
私自身、ナインボットが開発した、「S−PRO」という二輪タイプの製品を購入したので、その体験をお話しします。
「S−PRO」は内側に荷重を傾けることで前進する、まさにセグウェイの技術を継承したバランスモビリティです。購入したての「S−PRO」は、デフォルトの状態ではスピード制限がかけられており、低速でしか走行できませんでした。
これはどうしたものかと、スマートフォンアプリのチュートリアルを見てみると、「あと〇個の説明動画を見たら最大〇〇キロのスピードで走れます」という表示が出ています。デフォルトの上限スピードだと少し不便だったので、すぐに動画を視聴し、スピードの上限を開放しました。
このように、ユーザーを誘導しながら制限を解除する仕組みがアプリを使って構築されているのです。
その後も、「GPSを開放したら……」「あと3日間乗ったら……」など、ユーザー側に条件を提示しながら少しずつ制限の緩和を提案してきます。こちらとしてもグレードアップされたほうがうれしいので、素直に提案されたとおりに行動しながら、少しずつ性能を実装していきます。
その性能はスマートフォンアプリで制御されているので、ハードウェア自体はそのままに、速度制限という性能だけがグレードアップされていきます。
使い続けると姿かたちまで「大変身」
こうしてだんだんとグレードアップした「S−PRO」の運転にも慣れてきたある日、私のスマートフォンにナインボットから新たなオファーが届きました。
「あなただけのスペシャルオファー、別売りのゴーカートキットを限定販売します!」
迷わず購入のボタンを押すと、数か月後に、ゴーカートの別売りキットが届きました。
このキットを「S−PRO」に装着すると、二輪のモビリティが四輪のゴーカートへと変身しました。スケールは異なりますが、子どもの頃にミニ四駆を改造したときの高揚感を思い出して楽しくなります。
(写真:著者撮影)
ゴーカートにアップグレードすると、スマートフォンアプリには「カメ」「ウサギ」「カンガルー」のアイコンが表示されています。これも、条件によって制限速度が3段階に分かれていることを表しています。あとは同様に、走行実績に応じて制限速度を解除するオファーが届く仕組みになっています。
このように、二輪車、ゴーカートそれぞれの「ハード」の仕様は変わらず、スマートフォンアプリという「ソフト」で差をつけ、追加課金とサブスクリプションで稼ぐのが、このナインボットのビジネスモデルの特徴です。
ユーザーに「速度制限が解除されてもっと速く走れる」という明確なベネフィットを提示して、それと引き換えにユーザーデータを収集するアプローチがとられています。
このナインボットのビジネスモデルには、もうひとつの特徴があります。
それは、スマートフォンアプリから収集した走行データをパーソナライズされたプロモーションに活用している点です。
先ほど、二輪車からEVゴーカートに変身する追加キットの特別オファーを受けた話をしました。あとでナインボットの方に聞いてみたところ、このオファーは「S−PRO」の走行距離データ、決済データなどをもとに、一定以上の走行実績があり、かつ購買力を備えていると見込んだユーザーに限定して送られるシークレットオファーだそうです。
「このユーザーは3日で飽きてほとんど乗っていない」
「このユーザーは定期的に乗っているが、低速スピードで走っている」
といった個別のデータに合わせて、ユーザーごとに最適化されたシナリオでプロモーションが行われているのです。
このように、ナインボットではユーザー一人ひとりの使用履歴や購買力などに応じてパーソナライズされたマーケティング戦略によって、従来のマーケティングコストを大幅に削減しながら効果的なプロモーションを実現しています。
ナインボットが切り開いた「IT×製造業」の可能性
このほかにも、「ハード」ではなく「ソフト」で性能をコントロールするナインボットのビジネスモデルには多くのメリットがあります。
まず、ソフト上での性能のアップデートはダウンロードひとつで完了するので、わざわざ新しいハードを開発・生産する必要がなく大幅なコストダウンが見込めます。
また、ソフトの根幹の仕様は外部に漏れないので、企業としての機密性が向上します。
さらに、交通の法規制は国によって異なりますが、その国ごとに制限速度などのロケールを設定することができるので、法規制の壁を超えて全世界のマーケットに対応することができます。そのあたりも含めてじつに巧みなビジネスモデルになっています。
このナインボットのように、ユーザーと1to1でコミュニケーションをとりながら性能をソフトウェアで制御するという発想に、「IT×製造業」の未来の一端を垣間見ることができます。
こうした事例はものづくり技術に大きな強みを持つ日本の製造業にとっても大きな示唆を与えてくれるでしょう。
このように、世界に目を向けてみると、私たち日本人が気づきもしないようなビジネスチャンスがいたるところに隠れているのです。
(成嶋 祐介 : 一般社団法人深圳市越境EC協会日本支部代表理事)