新連載 松尾汐恩〜Catch The New Era 第2回

 経験を重ねる日々。教育リーグからスタートし、イースタン・リーグを含め実戦が2カ月ほど続いている。慣れぬビジター遠征などの移動もあって気の休まる時間は少ないが、DeNAのルーキー・松尾汐恩は充実した時間を過ごしている。

「高校時代にはなかった実戦の日々で、経験したことのない疲労を感じたりすることはあります。ただ、自分にとってやっぱりピッチャーへの慣れというのが一番大きくて、また試合の流れの感覚など、いい経験ができているなと思っています。えっ、疲労回復の方法ですか? やっぱりしっかりご飯を食べて、ゆっくりとお風呂につかって、よく寝るってことですね」

 生真面目な口調ながら、松尾はそう言うと少しだけ微笑んだ。

 一番の大きな経験でありプラスになっているのは「ピッチャーへの慣れ」と松尾は答えたが、ここまで今永昇太や大貫晋一、東克樹といったチーム生え抜きの一線級に加え、新加入したサイ・ヤング賞右腕、トレバー・バウアーのボールをファーム戦で受けてきた。高卒の新人捕手としては、とてつもない経験をしていると言ってもいいだろう。


サイ・ヤング賞投手、トレバー・バウアー(写真右)とバッテリーを組んだ松尾汐恩

【バウアーの存在を知らなかった】

「経験が少ない自分にも、特別なピッチャーだなということはわかりました。本当にすごかったですね」

 松尾はそうバウアーについて語り、感嘆した。そういえばバウアーが2020年にサイ・ヤング賞を獲得した時、松尾はまだ高校1年生だったが、このMLBの超大物投手をどこまで認識していたのだろうか。

「いや、じつはあまりよく知らなかったんです。高校時代は(寮生活で)携帯電話は禁止で、インターネットとかで見ることもなかったんで......。だからバウアーが来るって聞いた時も、最初はピンときませんでした。だけど、それからいろいろと知って、いざ受けてみたらすごいなって」

 バウアーと出会う前のイメージは、正直「怖い人なのかな?」と思ったというが、いざ試合になるとイニング間に笑顔を交えコミュニケーションをとる姿が見られた。

「思っていたイメージとまったく違って、すごく気さくな人柄で話しやすかったですね。本当、最初自分から話しかけるのはちょっと怖いなって思ったんですけど、キャッチャーですからここは話しかけなきゃって。自分から行くとバウアーは受け入れてくれて、いろいろ気楽に話せるようになりました」

 ところで、松尾は英語力のほうはどうなのだろうか?

「いや苦手ですね。全然ダメです(苦笑)。今は通訳さんの手を借りる感じなので、今後はちゃんと自分の言葉でコミュニケーションをとれるように勉強していきたいと思います」

 松尾は4月22日の楽天戦(平塚)と28日のロッテ戦(横須賀)でバウアーとバッテリーを組んだ。バウアーは一軍登板に向けまだ調整段階だったが、それでも強度の高いフォーシームをはじめ、カットボール、スライダー、ツーシーム、そしてスプリットチェンジなど松尾は世界クラスの球質を味わった。どのボールもよくコントロールされた一級品だったが、それよりも松尾が感銘を受けたのが、バウアーの理にかなった投球術だ。

「すべてのボールに意図があると感じました。とにかくバッターの様子をよく見ながら投げているなって。たとえば自分が『突っ込む時はこういう配球』と思っていても、首を振ってきて、自分の頭にはまったくない配球だったこともありました。その後、『あの時の意図はこうだった』と伝えてくれて、勉強になることがすごく多かったですね」

 そう語る松尾ではあるが、バウアーに対し打者が2巡目、3巡目になっていく状況で、内外の攻め方を変えることを提言するなど、積極的に自分の考えを伝えコミュニケーションをとっていった。バウアーは松尾について次のように評価している。

「いいコンビネーションでやれたし、すばらしいキャッチャーだと思いました。彼はバッターの反応をしっかり見ることができますし、前の対戦ではどういう状況だったかをよく記憶して、それを前提としたいいリードをしてくれる。また相手チームが今なにを仕掛けようとしているのか、よく読めている感じもあって、本当にいい仕事をしてくれたと思います」

【バウアーのボールは圧がすごい】

 実際に受けたバウアーのボールの質はどうだったのだろうか。松尾は宙を睨み、思い出すように語る。

「フォーシームに関しては、スピン量というよりボールそのものの"圧"がすごかったですね。とくにギアを入れ替えたあとの投球は。あと受けていて感じたのは、やはり変化球に自信を持っているなと。自分の感覚を大切にしながら、キレのある変化球を投げ込んできます。受けて『うわっ!』となったこともありました」

 とくに印象的だった変化球は?

「やっぱりスライダーですかね。見たことない変化をしますし、とにかくめちゃくちゃ曲がるんです。バッターの反応を見ていても、驚いていたのがわかりました。いずれにせよ、どんなボールであってもコントロールはいいし、決め球にできるというんですかね。これだけのピッチャー(のボール)を受けることはなかなかないでしょうし、本当にいい経験になりました」

 バウアーをはじめ今永などトップクラスのボールを受けきて、以前とは違うキャッチャーとしての"新たな魅力"には気づけているのだろうか。

「そうですね。高校時代は決まった投手と組むことが多かったのですが、プロになっていろいろなタイプの投手と組むことになって、そこは当然考えることは多くなりました。知識も増え、また配球パターンやバリエーションも多くなって難しい部分はあるのですが、うまくいった時は達成感がありますし、今後はさらに確実性を高めていくために学習や経験をしていきたいと思います」

 おそらく松尾は現在、まるでスポンジが水を吸い上げるように成長を遂げている最中なのだろう。その経験を自分のなかで咀嚼(そしゃく)し、適切にアウトプットすることは容易ではないが、松尾ならばきっと実現してくれるはずだ。

【大好物は母の手作りハンバーグ】

 一流への階段を確実に上っている松尾だが、振り返れば野球を始めたのは小学校1年生の時。それから十数年の月日が経った。

「幼稚園の時にお父さんの草野球について行って、野球って楽しいなって思って、小1の時にチームに入ったんです」

 傍らにはいつも家族の姿があり、野球を頑張る松尾のサポートしてくれたという。

「試合の日はいつも応援に来てくれましたし、とくになにを言われるわけでもなくのびのびと野球をやらせてもらいました。チームの練習がない平日は、お父さんはもちろん、お母さんもティーを上げてくれてバッティングしたり、3人で頑張りました(笑)」

 家族の支えがあって今がある、と松尾は言う。母親までティーに付き合ってくれたというのは、なかなか耳にしない話だ。

「いや本当、お母さんとは毎日練習していたし、それが一番の思い出なんです。だからすごく感謝しています」

 では、お母さんの料理で大好物は?

「やっぱりハンバーグですかね。シンプルなんですけど、とても美味しいんですよ。実家に帰った時に食べるのが楽しみでした」

 5月14日は母の日だ。なにかプレゼントなどは考えているのだろうか。

「今まで(学生時代)は渡せる機会がなかったですし、まだなにをプレゼントしようか決めてないんですけど、なにか贈りたいと思っています。喜んでもらいたいですからね」

 人に喜んでもらうこと──。これは松尾が野球をやるうえで、指針にしている大事なことである。だから成長し、一軍に上がり、レギュラーとなって活躍し、家族はもちろん、お世話になった人や応援してくれる多くの人を喜ばせたい。

「そうですね。そのためには、まず結果を残せるようにプレーしていきたいと思います。少しずつではありますが、自分のやり方みたいなものも見えてきているので、今後も頑張っていきたいと思います」

 季節は初夏へ。徐々に暑くなっていくこの時期、松尾がどんな成長をしていくのか刮目したい。