2022年に創業25周年を迎えた楽天グループ。2017年には世界有数の名門サッカーチーム、FCバルセロナのメインスポンサーとなって話題となった。その舞台裏を、上阪徹『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』(幻冬舎)から紹介しよう――。
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2018年5月24日、東京都内で行われた記者会見で握手するスペインサッカー界のスター選手アンドレス・イニエスタ(左)と楽天とヴィッセル神戸のクラブオーナーである三木谷浩史氏。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■FCバルセロナとメインパートナー契約を結ぶ

2016年のある日、三木谷浩史を乗せたプライベートジェットは、アメリカに向かっていた。

楽天のグローバル化が進み、海外を飛び回るようになると、三木谷は自費でプライベートジェットを購入した。これが、世界に向かう足となった。

このとき同席していたのは、安藤公二。楽天グループ常務執行役員で社長室室長。三木谷の国内外の重要な打ち合わせや出張には常に同行していた。社内の通称は「アンコー」。

「アンコー、これが本当に実現したら、すごいよな」
「そうですね。半端ないですね」
「そうだよな、やっぱりこうとなったらいくしかないな」

FCバルセロナとの交渉を決断したのは、実はジェット機の中だった。

そして翌2017年のシーズンから世界一有名な赤と青の縦縞ユニフォームの胸に「Rakuten」のロゴが記されることになった。

4年間、257億円という大型契約。しかし、おかげで楽天の名は、FCバルセロナという世界有数のサッカーチームを通じて世界に知られることになった。

■きっかけはスペインの動画配信サービスの買収

日本国内はもちろん、世界を驚かせたFCバルセロナとのメイングローバルパートナー契約。そのきっかけは、楽天のグローバル展開にあった。2012年、楽天はスペインで動画配信サービスを展開していた「Wuaki.tv(ウアキ・ティーヴィー)」を買収した。本拠地はバルセロナ。

後にこれが、ヨーロッパにおける動画コンテンツ配信サービス「Rakuten TV」に結実するのだが、このサービスのプレゼンスがどんどん高まっていく中、当時、現地法人のもとに思わぬ情報がもたらされたのである。

「FCバルセロナがスポンサー探しをしている」

バルセロナといえば、サッカーの街。FCバルセロナについての情報も、もちろん飛び交うが、そのすべてが日本に入ってくるとは限らない。

当時のFCバルセロナのスポンサーは、中東の航空会社だった。中東は、政情が混乱していた時期。ヨーロッパでは、中東のイメージが悪化し始めていたのである。そんな中、ヨーロッパ随一の人気を誇るFCバルセロナが、中東の航空会社をメインスポンサーにしていることには危惧の声が上がっていたのだ。

バルセロナで密かな情報を得た現地法人のスタッフは、すぐに三木谷にViberでメッセージを送った。

「こんな話があるぞ。ミッキー、興味はあるか?」

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tempura

■FCバルセロナのパワーを瞬時に判断した

スポーツクラブのスポンサーになることが、どれほどの価値を持つか、三木谷はよくわかっていた。野球の楽天イーグルスは、日本国内での楽天の知名度を、想像をはるかに超えて上げることになった。2013年のパ・リーグ優勝、さらには日本一を達成したときには、日本中を熱狂させることになった。

サッカーのヴィッセル神戸は、2003年、三木谷の生まれ故郷である神戸市の市長から支援を求められ、三木谷が個人でチームの営業権を取得、財政・運営のバックアップを引き受けていた。2015年には経営権が三木谷個人から楽天に移り、楽天グループとの連携を深めることで、その人気をさらに高め、楽天のブランドイメージ向上にも貢献。2020年には天皇杯で悲願の初タイトルを獲得した。

さらには国内では楽天・ジャパン・オープン・テニスのスポンサーにもなっていたが、グローバルでのスポンサード展開はなかった。そんな中での、いきなりのFCバルセロナである。安藤は回想する。

「ヴィッセル神戸の選手の獲得という意味でも、ヨーロッパリーグとのつながりは大きい。それを以前から三木谷は理解していました。だから、FCバルセロナがどれだけ人気で、どれだけすごい組織なのか、どれだけグローバルで強烈な存在なのか、ということも認識していたんです。だからこそ、そのパワーを瞬時に判断したんでしょうね」

■日本という国のポジショニングも相当上がった

スペインで「Rakuten TV」があり、フランスやドイツでのビジネス展開があり、世界に広がっていた電子書籍「Kobo」もあった。グローバルでブランド価値を上げることには大きな意味があった。しかも、スポーツを基軸にすることは、ヨーロッパでは極めて効果的であることも知っていた。安藤は続ける。

「CMにもブランド認知を高める効果があります。しかし、CMをたくさん流したりする以上の効果が、スポーツチームのスポンサーにはあるんです。そのことは、三木谷が一番よくわかっていたと思います」

何より、地域のファンごとスポンサーへの好感度を上げることができる。それが周辺に、さらには世界に広がっていくことが予想できた。ただし、FCバルセロナとなれば、契約の金額も過去にないスケールになる。

「そこが三木谷の決断力です。最終的にどれくらいのユーザーエンゲージメントになるのか、というのはすぐには測れない。それこそ、長期にわたらないと回収できない可能性がある。未知数なんですよ。ただ、これを決断したことで、ヨーロッパにおける楽天のブランド認知が一気に上がっただけでなく、日本という国のポジショニングも相当上がったのが事実だと思います」

■契約公開前からパパラッチに追われる

日本企業が、世界ナンバーワンのサッカークラブのメインスポンサーになったのだ。世界のスポーツ界でも相当なインパクトをもって受け止められたのは、言うまでもない。

ことの大きさを安藤が実感したのは、2016年11月にバルセロナで契約について記者会見をしたときだった。FCバルセロナの本拠地、サッカーの聖地「カンプ・ノウ」で行われた会見には、世界中のメディアが集まっていた。

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FCバルセロナの本拠地「カンプ・ノウ」(2019年11月撮影) - 写真=iStock.com/PhotoLondonUK

この直前まで、楽天との契約はまだ明らかになってはいなかった。ところが前日から、三木谷と安藤は、パパラッチにつけられていたのだ。

「FCバルセロナを応援してくれるメインスポンサーの動向というのは、それこそ地域の注目ごとだということを知りました。どこでどう漏れたのかわかりませんが、ずっとつけられていて、ホテルを出発して会場に向かうところまでが、後にニュースになったんです」

安藤は映像がテレビで報じられるまで、パパラッチの存在に気づかなかった。

■「楽天はもっと大きくなるぞ」という無言のメッセージ

一方、三木谷は、冷静そのものだった。

「でも、本人の中では、相当にワクワク盛り上がっていたと思います。ただ、表面的には見せないんですよね。これはいつものことです」

だが、15年にわたって常に三木谷の重要な場に一緒にいるのが安藤である。いつもとは微妙に違う息づかいを、すぐ隣で受け止めていた。

「どうだ、楽天はもっと大きくなるぞ。そんな無言のメッセージを感じました」

実際、楽天はこの後、世界でのプレゼンスを一気に上げていくことになる。サービス利用者数は、今や世界で約16億人。グローバル流通総額は、27兆円規模となっている。

写真=iStock.com/AbelBrata
メインスポンサーであるRakutenの文字が掲げられた「カンプ・ノウ」 - 写真=iStock.com/AbelBrata

■世界最高のミッドフィルダーがJリーグでプレーする

プライベートジェットの中で三木谷が決めたのは、実はFCバルセロナとのパートナー契約だけではなかった。安藤がもう一つ、忘れられないのは、日本だけでなく世界を驚かせた、ヴィッセル神戸のアンドレス・イニエスタ選手の獲得だ。

FCバルセロナのスターにして、スペイン代表としても活躍した世界最高のミッドフィルダー。彼がJリーグでプレーするという夢のようなニュースは、日本のサッカーファンに大きな衝撃を与えた。

「アンコーさ、このままじゃ、決まっちゃうよな。こうなったら、直接、会いに行くしかないか」

アメリカから日本に戻るジェット機の中で、三木谷は安藤につぶやいた。2018年4月のことだ。

イニエスタが海外に移籍する、というニュースは、その年の春から流れ始めていた。交渉していたのは、中国のクラブチーム。年俸約35億円に加え、イニエスタが所有するワイナリーのワインを約46億円で買い取るという破格の条件を出していたとも報じられていた。

すでに中国に招待されていたという話もあった。安藤は回想する。

「ゴールデンウイークの直前でした。楽天はFCバルセロナのスポンサーですから、すぐにイニエスタにアポイントを取ってもらって、三木谷自らがイニエスタの自宅を訪れたんです」

■「日本のサッカー界を引っ張ってほしい」

安藤が何より驚いたのは、三木谷の電光石火の行動力だった。思いついた数日後には、もうイニエスタの自宅に向かっていたのだ。

「イニエスタは喜んでいましたね。三木谷自らわざわざ家に来てくれたわけですから。握手で迎えてくれて。中国に行くことはほぼ決まっていたと言われていましたけど、決めきれない何かがあったのだと思います。そこに、日本から三木谷がやってきた。FCバルセロナのメインパートナーのトップですからね」

バルセロナ郊外の大きな邸宅の一角には、ミーティングルームがあった。プロジェクターがあり、大きなモニターが備え付けられていた。イニエスタはここに家族やマネージャーも招き入れた。三木谷が、にこやかに話し始める。安藤は語る。

「楽天グループという会社やサービスの説明から、ヴィッセル神戸というチームの素晴らしさ、日本の生活環境、神戸の街の特徴まで、いろんなことを話していきました。僕が印象深かったのは、日本のサッカー界を引っ張っていってほしい、という言葉です。イニエスタは、この言葉に一番、反応したんじゃないかと思います」

世界ナンバーワンのミッドフィルダーが日本にやってくる。それは、ヴィッセル神戸というクラブチームだけの価値ではない、ということを三木谷はよくわかっていた。日本のサッカー界のためにもイニエスタには来てほしかったのだ。

写真=iStock.com/Sean Pavone
神戸の街並み ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sean Pavone

■「これは現実なのか」とさすがに興奮した

この電撃訪問の後、三木谷は日本に戻った。イニエスタはその後、家族とパリで1週間の休暇を取ることになっていた。パリのディズニーランドを訪れると聞いた三木谷は、なんと日本からイニエスタを迎えに行くことを決意する。

そしてこのパリで、イニエスタはヴィッセル神戸との契約にサインをすることになる。

「目の前で三木谷とがっちり握手をして。これは現実なのか、とさすがに私も興奮しました。とんでもないことが起きた、と思いましたね。しかも、三木谷はそのままプライベートジェットでイニエスタを日本に連れてきてしまうわけです」

イニエスタのスタッフも乗り込んだため、安藤は寝る場所がなくなってしまい、ジェットの床に寝転んで寝ることになった。もっとも、目と鼻の先に、世界的なサッカープレーヤーがいるのだ。そうそう眠れるものではなかった。

三木谷はこのとき、

「これから新しい友達を連れて東京に帰ります」

とイニエスタとのツーショット写真とともにツイッターに投稿している。日本が大騒ぎになったのは、言うまでもない。

■「バルセロナに行こう」から1カ月で決めた

2018年5月24日、イニエスタとヴィッセル神戸の契約が正式発表された。

三木谷浩史『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』(幻冬舎)

「これから神戸に向かいます」

こうツイートした三木谷は、イニエスタを神戸に招き、鉄板焼きを食べ、神戸の夜景も案内している。さらには翌日、サポーターへのお披露目イベントも開催された。

「バルセロナに行こう、と決めてから、1カ月経っていない。いやもう、とんでもないスピード感ですよね。大きな決断をして、自ら乗り込んで、しかも連れて帰ってお披露目をする。これができるのが、三木谷なんですよ」

飛行機の手配をしておく、なんて話ではない。自分で連れて帰ってきてしまったのである。それにしてもFCバルセロナにイニエスタ。世界最高峰なのだ。周囲の想像をはるかに超えることを三木谷は平気でやってしまう。

「だからもう、最近はなかなか驚かないですね(笑)」

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上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。雑誌や書籍、Webメディアなどで執筆やインタビューを手がける。著者に代わって本を書くブックライターとして、担当した書籍は100冊超。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット』(三笠書房)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)、『JALの心づかい』(河出書房新社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(あさ出版)など多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。ブックライターを育てる「上阪徹のブックライター塾」を主宰。
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(ブックライター 上阪 徹)