【▲ 31基のエンジン点火に成功したスペースXの再利用型ブースター「スーパーヘビー」(Credit: SpaceX)】


スペースXは日本時間2023年2月10日、同社が開発中の再利用型宇宙船「スターシップ(Starship)」の軌道打ち上げに使われる再利用型ブースター「スーパーヘビー(Super Heavy)」のスタティック・ファイア・テスト(射点でのエンジン点火試験)を米国テキサス州ボカチカの同社施設「スターベース」にて実施しました。


スターシップはスーパーヘビーと組み合わせることで、旅客輸送用のクルー型なら100名を、貨物輸送用のカーゴ型なら100トンのペイロード(人工衛星や貨物などの搭載物)を地球低軌道に打ち上げる能力を備えており、タンカー仕様のスターシップから推進剤の補給を受けることで月や火星にも飛行可能とされています。スターシップは全長50m・直径9m、スーパーヘビーは全長70m・直径9mで、両機を結合した時の全長は120mとなり、アポロ計画で使われた月ロケット「サターンV」の全長110.6mを上回ります。


これまでにスペースXは無人のスターシップ単体での高高度飛行試験を5回実施しており、2021年5月に実施されたスターシップ「SN15」による飛行試験では機体を喪失することなく無事着陸に成功していました。


関連:着陸後も爆発せず! スペースX「スターシップ」5回目の高高度飛行試験に成功(2021年5月7日)


今回のスタティック・ファイア・テストは、スターベースの射点に設置されたスーパーヘビー「Booster 7(ブースター7)」を使って実施されました。スーパーヘビーには合計33基のエンジンが搭載されており、2022年11月にこのうち14基の点火に成功しています。今回の試験では初めて33基すべてのエンジン点火が試みられ、31基の点火に成功しました。



【▲ スーパーヘビー「Booster 7」のスタティック・ファイア・テストの様子】
(Credit: SpaceX)


スペースXのイーロン・マスクCEOによると、点火できなかった2基のうち1基は直前にスペースXのチームが停止させ、もう1基は自動で停止したということです。全33基の点火には至らなかったものの、31基の推力でもスターシップを軌道へ到達させるのに十分だとしています。


SN15が高高度飛行試験に成功した2021年5月当時、マスク氏は早ければ2021年7月にもスターシップの地球周回軌道での飛行試験を行いたいと述べていましたが、アメリカ連邦航空局(FAA)の認可の問題やエンジンの技術的な問題などで遅れが生じ、1年半以上が経った現在も実施されていません。今回のスタティック・ファイア・テストは、スターシップ初の軌道飛行試験に向けて大きな弾みとなりそうです。


スペースXは同社の「ファルコン・ヘビー」ロケットの初打ち上げから2023年2月7日で5周年を迎えており、マスク氏は「願わくば、今年はスターシップ」とツイートしています。また、2月5日の時点では「残りの試験が上手く行けば来月(※2023年3月)スターシップの打ち上げを試みるでしょう」ともツイートしており、スーパーヘビーに搭載されたスターシップの初打ち上げが近付いていることを予感させます。


【▲ リハーサルで推進剤が充填されたスターシップとスーパーヘビー。2023年1月23日撮影(Credit: SpaceX)】


ただ、軌道飛行試験に成功しても、スターシップの運用が本格化するにはまだしばらく時間がかかりそうです。


アメリカ航空宇宙局(NASA)は有人月面探査計画「アルテミス」の月着陸船「HLS(Human Landing System、有人着陸システム)」にHLS仕様のスターシップを選んでおり、2025年に予定されている「アルテミス3」ミッションでは同計画初の有人月面着陸が行われます。アルテミス計画でスターシップを運用するには推進剤を再補給する必要があり、複数回のタンカー打ち上げや宇宙空間での推進剤補給といった課題をクリアし、アルテミス3までに無人での月面着陸試験に成功しなければなりません。


関連:NASAアルテミス計画の月着陸船にスペースXの「スターシップ」が選ばれる(2021年4月19日)


いっぽう、スターシップは実業家の前澤友作氏が手掛ける宇宙プロジェクト「dearMoon」でも月周辺への往復飛行に用いられます。dearMoonではスターシップは月の周回軌道に入らず、月の裏側を通過した後はそのまま地球へ戻ってくるため、打ち上げ後の推進剤補給は計画されていません。月面での離着陸を行うスターシップHLSに比べればハードルは低そうに思えますが、SpaceNewsによるとスペースXの社長兼最高執行責任者を務めるグウィン・ショットウェル氏は、スターシップによる有人飛行が少なくとも100回以上の無人飛行を重ねた後で行われると予想を述べています。


【▲ dearMoonの飛行プランの概要図。同プロジェクトのウェブサイトから引用(Credit: dearMoonプロジェクト/SpaceX)】


スペースXは2023年にファルコン9とファルコン・ヘビーを合計100回打ち上げる目標を立てており、ショットウェル氏は「今年ファルコンを100回飛ばせたなら、来年(2024年)はスターシップを100回飛ばしたい。来年は無理だとしても、2025年には100回飛ばせるだろう」と語っています。2023年2月10日の時点でdearMoonは2023年中の実施を目指すとされていますが、スターシップによる有人飛行が行われるようになるのは(開発や試験が順調に進んだとしても)早くても1〜2年先になるかもしれません。


もっとも、実用化に成功しさえすれば、スターシップはファルコン9よりもはるかにハイペースで打ち上げられることになりそうです。ショットウェル氏によれば、スペースXはスターシップの運用を航空機のそれに近付けたいと考えており、1日に数十回以上の打ち上げも視野に入れています。地球低軌道への打ち上げ能力がファルコン9(22.8トン)の4倍、ファルコン・ヘビー(63.8トン)の1.5倍に達するロケットが、同社の2022年の年間打ち上げ回数(61回)を1〜2日でクリアするほどのペースで本当に飛行するとなれば、宇宙輸送に文字通り革命がもたらされることになります。


スーパーヘビーのスタティック・ファイア・テスト実施後、人間がいつ火星に到達すると想像しているか質問されたマスク氏は、自身が生まれつき楽観的だと(そうでなければスペースXとテスラは存在しなかったとも)述べた上で、5年後でも可能であり、10年後の可能性はより高いと語っています。最近は買収したTwitterに関連して話題に上ることが多いマスク氏ですが、スペースXの動向にも引き続き注目です。


 


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Image Credit: SpaceX, dearMoonプロジェクトSpaceX (Twitter)Elon Musk (Twitter)dearMoonプロジェクトSpaceNews - Shotwell says SpaceX ready for Starship static-fire test

文/sorae編集部