中学生の娘にカートごと食品を盗ませる…監視役の母親が「私は関係ない」とシラを切り続けた許せない理由
※本稿は、日南休実『万引きGメンの憂鬱』(ザメディアジョン)の一部を再編集したものです。
■実際に存在した「万引き家族」
では、実際に万引きGメンが遭遇した事件を紹介しながら、現在の万引きをめぐる状況について説明していければと思います。(本稿では容疑者のプライバシーを考慮して、使用するエピソードは何人かのGメンから聞いた事例を組み合わせたり、細かい事実を変更するなどしています)。
まず最初にお話ししたいのは“万引き家族”に関する事件です。
日本では2018年、その名もズバリ『万引き家族』という映画のヒットによってこの名は一般層にまで広がりました。カンヌ国際映画祭で最高賞を獲得した本作を監督したのは名匠・是枝裕和氏。映画は監督の創作によるものですが、是枝監督がドキュメンタリー畑の出身であることを考えると、こうした事件が現実にあることをもともと知っていたのかもしれません。
映画のヒットによって一気に流行語となった“万引き家族”ですが、実際にそういう家族は存在します。家族ぐるみで万引きを計画し、それを実行するのです。
たとえばこんな例がありました。
■母親は見張り役になり、実行犯は娘
【事件1:娘をタテにした万引き家族】(GメンAの場合)
親子3人があるスーパーマーケットにやって来ました。母親は30代、娘は中学生くらいでしょうか。もうひとりは母親の息子かと思っていたら、後で聞いたところによると娘の彼氏だったということです。
3人はパッと見、仲のいい親子のように見えました。親子でなくても、仲のいい母娘と娘の彼氏というのはよくある組み合わせです。しかし3人はスーパーに入って不審な行動に出ます。それぞれが店内の別々の箇所を物色して、そこで見つけた商品を1台のカートにどんどん入れていくのです。
やがて彼氏の姿が見えなくなりました。先に駐車場に行って、車の準備をするのです。母と娘も別々に行動します。母親は店の入口のところに座り、追跡者がいないか見張りをしているようでした。そして中学生の娘がいっぱいになったカートを押し、レジを通らず店を出た――その瞬間、私は彼女を呼び止めました。
ここで驚いたのは、「ちょっと話を聞かせてください」と母親にも声を掛けたところ、母親が「私は何も知らない。これは娘が勝手にやったんだ」と言い張ったことです。その時私は、この犯罪が非常に悪質で計画的に行われたことに気付きました。3人は最初から役割分担をして、この万引きに臨んでいたのです。つまり母が監視役、娘が実行犯、彼氏が運転手という分担です。
■娘は捕まり、警察に連行されていった
ここでもっとも罪深いのは、もちろん母親です。言ってしまえば、母親はもしも娘が捕まってしまった場合、最初からシラを切ろうと思っていたのです。自分は知らないとトボけて、娘ひとりに罪を押し付けようとしていたのです。
それは娘がまだ中学生であるということと関係しています。日本の法律では14歳以下は罪に問われません。母親はそのことを知っているからこそ、娘に実行犯をやらせようとしたのです。母親が娘をタテにして、しかも実の娘に犯罪を犯させようとしているやり切れなさ……。
中学生のその娘は、スーパー裏の控室でどうしていいかわからずずっと泣いていました。初犯でこんな大胆な手口はできないでしょうから、きっともう何カ所も他でやっていたのだと思います。
その後、警察が来て彼女は連行されました。万引きGメンの役割は警察に引き渡すまでなので、その後この家族がどうなったかはわかりません。一体どんな背景があって、どういう命令系統で犯罪が行われたかも不明です……。
■次々と商品をカートに入れる“怪しい3人家族”
万引き家族の背景には貧困問題などが存在すると思われますが、それでも親が子を使って盗みを働くという行為の裏には親子の情愛を踏みにじる卑劣で姑息な欲望が透けて見え、どうにもやるせない気持ちにさせられます。
一方で万引き家族が犯す犯罪の中には、家族ならではのチームワークに驚かされるケースもあります。
【事件2:“仮病”万引き家族】(GメンAの場合)
現場はとあるホームセンター。これも家族は3人で、白髪交じりのおばあちゃん、その息子らしき中年のお父さん、おばあちゃんにとっては孫にあたるハタチ前後の娘の3人組。この一家も罪状は大量窃盗ですが、彼らが大胆なのは1人1台カートを持ち、そこに24本入り缶ビールケース、ペットフード、洗剤、日用品……など各自が好きなものをドンドン投げ込んでいった点です。
通常家族で店に来た場合、使うカートは1台なのに、それぞれがカートを持ってしかも同じ商品をいくつも入れている――この時点で私は「これは怪しい」と踏んでマークしていました。
■「救急車を呼んでくれ〜〜〜〜!」
彼らは声掛けをした時点では抵抗することなく裏の事務所についてきました。しかし問題はこれからでした。いざ警察を呼ぶとなると、なぜか3人がかわるがわる体調を崩していくのです(笑)。
最初は中年の息子が「具合が悪くてトイレに行きたい……」と言い出しました。そしててんかんの発作が起こったといい、床に倒れて暴れ回ります。それを店長が抑え込もうとしていると、今度は若い孫が過呼吸を起こしました。「袋、袋……とにかくビニール袋を!」。そう言われた店員がアワアワしていると、最後はおばあちゃんです。「気分が悪い……救急車、救急車を呼んでくれ〜〜〜〜!」。
この時事務所はもうパニックです。救急車は到着するしパトカーは着くしの大わらわ。それで一家は警察ではなく病院に連れていかれて……最終的には全員仮病ということが判明しました(笑)。彼らの間では、「もしも捕まった場合はこうしよう」という打ち合わせがあらかじめなされていたようでした。
■罪悪感は薄れていき、どんどん深みにハマる
これはエピソードとしては思わず笑ってしまう事件ですが、このように現実に万引き家族は存在します。幸いなことに件数自体はそれほど多くありません。それでもどこかの家のリビングで「この時はこうして、おまえはこうして……」という万引きの打ち合わせが行われていたということを想像すると暗澹たる想いに包まれてしまいます。
貧困や経済状況の悪化から子どもを引き込んで万引きを行い、最初は家計の足しにしていたのが、いつしか一家の恒例行事になってしまったという例は数多くあります。
そもそも万引きは単独で犯すより、複数で役割分担した上で行う方が成功率が上がるもの。夫婦・子どもを含め、家族やきょうだい、恋人同士、友達同士など、気心の知れた者同士が一線を踏み越えて悪事を共有すると、そのコミュニティの結束が強くなるという現象が起こります。そんなコミュニティが一度成功の味をしめると、最初の罪悪感は薄れていき、どんどん深みにハマっていくというわけです。
私はある時、若い母親が幼稚園くらいの年の子どもに店内でお菓子の袋を開けて与え、そのまま店を出ていくという場面に遭遇しました。私はその時、この子どもが親になった際の“万引き無限ループ”の光景が目に見えるような気がしました。
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日南休 実(ひなやすみ・みのる)
NICCO取締役会長
広島市に生まれる。1984年、NICCOの前身である日弘商事を設立。現在、NICCO社長は日南休悟。店舗清掃やビルメンテナンス事業を行っていたが、施設警備や保安業務に進出したことを機に万引き犯罪に対峙。そこから店舗の防犯対策やロス対策の研究を進め、独自の防犯システムである「セキュリティマーチャンダイジング(SMD」を完成させる。
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(NICCO取締役会長 日南休 実)