宮内義彦・オリックスシニア・チェアマン

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「ぬるま湯状況を一つひとつ打破し、社会にもう一度活力を取り戻すにはどうしたらいいかを考えなければなりません」と訴えるオリックスシニア・チェアマンの宮内義彦氏。これまで日本では「失われた30年」が言われてきたが、宮内氏は70年以上にわたって低迷が続くアルゼンチンになぞらえて、「日本はアルゼンチン化に向かっている」と警鐘を鳴らす。そのためにも社会構造、国民の意識というハードとソフトを変える必要があると訴える。

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何が起こるかわからない世の中で…
 ─ 2022年7月8日に安倍晋三・元首相が銃撃されて亡くなりました。多くの人が「まさか」と感じているわけですが、宮内さんは今回の事件をどう捉えましたか。

 宮内 世界を驚かせたと思います。

 日本社会全体が安全について「慣れ」になっていたのではないかと思います。常に世の中、どういう人がいるかわからないという前提で、もっと厳密に警備する必要があると考えます。

 ─ 個人的に安倍さんと接していて、どんな人柄でしたか。

 宮内 我々がお会いした際には、あまり難しい話をする感じではありませんでした。もちろん政治の話もしますが、極めて和やかな会合しか、私は経験していません。

 また、まだ安倍さんが官房副長官の時に雑誌の企画で対談した記憶があります。当時、私は規制改革に取り組んでいましたから、規制改革を推進する立場の安倍さんと対話をしようというきっかけだったと思います。

 ─ 安倍さんは米国のトランプ元大統領、ロシアのプーチン大統領と、難しい政治家と付き合ってきましたね。

 宮内 特に、難しいトランプ元大統領と上手に付き合ってくださったことは、日本にとってよかったと思います。

経済理論が通用しない日本
 ─ これまでコロナ禍が続く中でロシアのウクライナ侵攻が起きました。経済的には欧米のインフレによって金融政策の変更があり、波乱含みです。宮内さんは現状をどう見ていますか。

 宮内 現状は非常に難しく、おそらく米国はインフレを抑えるのに懸命で、これは結局、景気を抑える方向に行かざるを得ないと考えます。

 しかし、米国経済の活力を考えると、長期間インフレを抑えてばかりもいられません。急激な利上げは景気を冷やす可能性があります。ただ、米国の経済運営は、本当に専門性が高いと思っており、FRB(米連邦準備制度理事会)はうまくコントロールするのではないかと見ています。

 ─ それに対して、日本銀行の金融政策をどう見ますか。

 宮内 日本はこの10年間、金融緩和を放置しています。金利を低くすれば、お金が安くなりますから資金需要が起き、金利を高くするとお金が高くなって資金需要は減っていくというのが金融理論です。

 しかし、この理論が日本では全く通用しないわけです。金利を下げても、タダにしても資金需要が全く起こらない。本来、資金需要が起こると民間金融機関が信用創造して経済が前に進みます。しかし、誰も借りに来ないわけですから、信用創造ができないと考えます。

 金融理論が通用しないことは、すぐにわかったはずなのに、同じことを10年続けているのは、経済政策の失敗だと思います。金利で経済は動かないことがはっきりしたわけですが、金融政策がダメであれば、次は財政しかありません。

 ─ 財政出動を行う必要があると?

 宮内 ええ。もっと財政政策を大きく打ち出すべきだと思います。ただ、日本は財政均衡至上主義で、国が潰れたとしても財政が均衡しなければいけないという主客転倒の政策を続けています。

 コロナ禍になって、やっと財政が出ましたが、コロナで落ちた分を何とかカバーしただけであって、根本的な財政出動は行われていないのです。

 その意味では金融政策の「一本足打法」で来たわけですが、この一歩足が折れているわけです。もちろん、日銀ばかりが悪いわけではありませんが、少なくともお金はタダだという経済はあり得ません。お金には値打ちがあるのだということで、例えば、個人が保有する現預金1000兆円に2%の金利が付けば、20兆円の富が生まれるわけです。それで経済を大きくする方がよほどいい。こういう議論になると、日銀が債務超過になるという話が出ますが、本質からずれています。金利を付けて円安を止めるということに尽きます。

 ─ 金利が動かない経済はあり得ず、本来の経済に戻ろうということですね。

 宮内 そうです。金利が上がると中小零細企業が困るという話もありますが、金利が払えないような「ゾンビ企業」を残すだけでは、日本経済はよくならないのではないでしょうか。

 本当に潰れてはいけない企業が潰れるのであれば、それは政策的に手当すればいいと思います。

 ─ 日本はある時からぬるま湯、現状維持で来てしまった面がありますね。それが「失われた30年」につながっている。

 宮内 「失われた30年」と言いますが、私は、日本は「アルゼンチン化」していると考えています。アルゼンチン経済は長年低迷が続いていますが、日本はついに、その道を歩み始めたのではないかと見ています。

 ─ かつて、アルゼンチンは世界有数の豊かな国でした。

 宮内 ええ。1945年に第2次世界大戦が終戦した時には、世界で最も豊かな国でした。戦争にも参加せず、欧州に食料を供給する余裕があったわけですが、結局それを天井に今日まで下がり続けています。ポピュリズム政治による放漫財政、経済政策の混乱などが起きて財政が破綻しました。

 日本も長期低落に入ったと見ていますが、それを抜け出す契機、兆候が見えてこないのが非常に情けないと感じます。

 ─ 1人当たりGPP(国内総生産)でシンガポール、香港に抜かれ、韓国にも抜かれそうな状況です。

 宮内 購買力平価で見ると韓国に抜かれ、しかも相当差を付けられています。

 ─ それでも日本は全体的に危機感が薄いですね。

 宮内 ぬるま湯状況を一つひとつ打破し、社会にもう一度活力を取り戻すにはどうしたらいいかを考えなければなりません。

 社会構造というハードの部分を変えなければいけないのと同時に、それをよしとしている国民の意識というソフトを変える必要があります。ハードとソフトの両方を変えるというのは、非常に大変です。

 ─ 宮内さんはこれまで、規制改革に打ち込む中で、それを実感してきたと。

 宮内 そうですね。規制改革は、そのうちの極々一部ですが、それでも自分が一生懸命関与してきたものも、今は止まっているようにみえます。そういうものはいっぱいあるわけです。

 ─ これは産官学で取り組むべき課題ですね。

 宮内 ぬるま湯状況をつくったのは誰かではなく、みんながまず「これではダメだ」と思うこと。そして物事を変えることを躊躇しないことです。

政府は「富の分配」のあり方を見直すべき
 ─ 岸田政権は「新しい資本主義」をいう言葉を打ち出していますが、宮内さんはどう見ていますか。

 宮内 「新しい資本主義」は、まだ何なのかがよくわからないというのが正直なところです。新しい資本主義と言うまでもなく、資本主義はこれまでもずっと進化してきたと思います。

 資本主義は生産の部分について、競争と市場の選択というメカニズムが組み込まれています。競争して、優れたものが選ばれるという市場経済は、経済的価値をつくるシステムとしては、これに優るものはありません。

 今は、生産の部分の問題ではないのに、資本主義を変えなければいけないと言っていますが、一番問題なのは、その結果です。つくり上げた富の分配の問題であり、それが格差です。

 生産方式でなく分配方式がうまくいかなくなって、「社会がおかしくなった」という声が出て、生産方式が悪いのではないかという話になっている。私は、それは違うと思います。

 ─ 論点がずれた議論になっていると。

 宮内 ええ。富の分配の決定権を持つのは国です。ですから、私に言わせれば国がもっとしっかりして、国民が満足するような分配をする必要があると考えます。

 日本には、そこまで大金持ちはいませんが、例えばロシアの分配方式を見ると、所得税は全国民一律だったため、オリガルヒ(新興財閥)のような富裕層の誕生につながっていくわけです。

 日本の場合を振り返ると、戦争が終わって、しばらくして何が起きたかというと、最高税率90%の「財産税」で、お金持ちから資産を取り上げたことがありました。

 当時の国は、そうした政策を打ち、富の分配をしたわけです。国にはそういうことができるわけですが、それをやっていないというのが今の問題です。社会が不安にならないような形で富の分配をする必要があります。

 日本では今、貧困層がどんどん増えてきています。こうした人々に分配して救わないと社会はよくなりません。ですから、私は「ベーシックインカム」(最低限所得保障)に賛成です。社会福祉制度では必要な人のところに行き渡りません。

 ─ ベーシックインカムについては、所得保障があるから働かなくなる人が出るのではないかという議論もありますが。

 宮内 一部に、国からお金をもらって働かずに生きていく人がいてもいいのではないかと思います。ただ、これまでベーシックインカムの実験をした結果を見ると、博打に走ったりするわけではなく、学校に行けなかった子供を行かせることができるようになったといった、プラスの効果が報告されています。

 もう一つ、これは日本の問題ですが、日本では規制ばかりできちんとした市場経済が成り立っていません。効率が悪いわけです。ですから、資本主義を変えるというのであれば、既得権益を打破し、規制改革を行うのは一丁目一番地です。これを実行しなければ、日本の富は増えないと考えます。

 ─ 日本は生産、分配ともに見直す必要があるということですね。

 宮内 そうです。企業の問題もあります。例えば日本では法人実効税率は約30%ですが、それを受けて一部にタックスヘイブン(租税回避地)を活用しようという動きがあるわけですが、時々叩かれています。

 ただ、企業は税金を多く支払っていると、株主総会で株主の方々からお叱りを受けます。その意味では、税制については国際協調が必要だと思います。国際的に税制を考えて、抜け穴をつくらないようにする。そうしない限り、分配問題は解決しないと思います。

 ─ これは国際的な流れになってきていますか。

 宮内 OECD(経済協力開発機構)の加盟国など136の国と地域が、法人税の最低税率を15%に定めるといった国際ルールについて合意しており、少しは動いていますが、課題解決に向けては、まだまだこれからだと思います。(続く)