Adoはなぜ時代に求められ時代を創ろうとしているのか──さいたまスーパーアリーナ公演を振り返る
Ado 2nd ライブ「カムパネルラ」 2022.8.11 さいたまスーパーアリーナ
800人のファンを前にしたZepp DiverCity(TOKYO)での初ライブから4ヶ月。2回目のライブで早くも2万人規模の会場を満員にするとは前代未聞のスピード感だろう。『Ado 2nd ライブ「カムパネルラ」』。Adoにとってさいたまスーパーアリーナとは、いち観客として歌い手のライブを観に行った会場であり、“自分もいつかこのステージに立ちたい”と夢見た場所だった。
ライブのスタートが迫っていると報せるアナウンスが流れると、BGMに合わせて観客が手拍子し始める。そんな開演前の一幕からも2万人の期待値の高さが伝わってきたこの日。薔薇や直方体のモチーフを使用したオープニング映像が終わり、目を移すと、ステージ上には全面が紗幕で覆われた直方体があり、その中にAdoがいた。1曲目は「夜のピエロ」。<街灯は消えてく 孤独な夜が誘う>という歌い出しが『銀河鉄道の夜』を思わせるタイトルのついたライブの始まりにふさわしく、きらびやかなサウンドに乗って飛翔する歌声からはAdoの熱い想いが感じられる。客席からAdoの表情は見えないが、彼女のシルエットは大きく自由に、踊るように動いている。多彩な歌声の持ち主であることは曲を聴いて知っていたが、全身で音楽を楽しみながら表現する人であることはライブを観て初めて知れたことだ。舞い踊りながら歌い、倒れ込みながらシャウトしても歌声が全くブレない点にも驚かされた。
この日Adoは、1stアルバム『狂言』収録の全曲に加え、映画『ONE PIECE FILM RED』内のキャラクター・ウタとして多様なアーティストとコラボした新曲群、カバー曲など全24曲を披露。「うっせぇわ」での鮮烈なデビューから1年10ヶ月。オリジナル曲の数も増えつつあるため、おそらくオリジナル曲だけでライブを構成することも可能だが、「ラブカ?」(柊キライ)や「ダーリンダンス」(かいりきベア)、「ザネリ」(てにをは)といった楽曲をセットリストに組み込むことで、自身の出自である歌い手文化へのリスペクトを表現するとともに今のAdoを形作るもの全てを見せた。
歌い手たるAdoの本領と言えば、変幻自在の歌声だ。その幅広い表現力は“いったい声帯に何人飼っているんだ?”と言いたくなるほど。例えば「ラブカ?」はたくさんの歌い手がカバーしている超人気曲だが、構成は意外とシンプルだし、メロディラインも派手に動くわけではない。ともすれば平坦に聞こえる危険性を孕んだ曲=歌う人の表現力が問われる曲だからこそ、Adoの七変化ぶりが遺憾なく発揮されている印象だ。また、バンドメンバーが姿を現わしてからの「逆光」は、“歌う”と“叫ぶ”の境界ギリギリのラインを攻めるような歌唱がスリリング。対して、爽やかな風を吹かせるのは直後の「私は最強」で、最初の一言<さぁ>だけで空気を塗り変えてしまうところにAdoの凄みが表れている。
ドレープ幕やシャンデリアの映像を背景に歌った「レディメイド」で覗かせた80年代歌謡の世界観。カラフルな阿修羅の映像、炎が噴き出す特効とともにパワフルに届けた「阿修羅ちゃん」のインパクト。いつもよりも空気を多めに含ませた発声が新鮮だったのは「花火」で、王道バラード「会いたくて」を情感豊かに歌い上げたシーンも心に残った。「ダーリンダンス」では声色や発音だけでなく些細な身のこなしまでキュートで、まるで違う人格が彼女に憑依したように感じられる。想像を巡らせて、作家が書いた曲を解釈する力。思い描いたイメージに辿り着くための練習を重ねながら、時には本能を解放させイメージを飛び越えながら、自身の身体で表現していく“歌い手”としての技量。狭義での“Adoらしさ”に囚われずどんどんトライしていく柔軟性・能動性。緩急豊かでアトラクション性の高いセットリストから伝わってくるのはそういったAdoの特別さであり、様々な作家に名曲を書かせる彼女の力、時代がAdoを求めた理由が凄まじい熱量・情報量とともに流れ込んできた。圧巻としか言いようのない時間だ。
「ダーリンダンス」までを終えると、光と音による演出の間にステージセットが変わり、直方体の外へ飛び出すAdo。そうしてライブによく似合うアッパーチューン「FREEDOM」からクライマックスに突入していく。振り返れば、本編19曲目「ザネリ」を歌い終えるまでMCなしというストイックな構成。徹底的に歌のみで魅せるエンターテインメントが間延びせず成り立つのは、先述の通り、やはり彼女の歌の力によるところが大きい。また、ライブ終盤に差し掛かっても疲労を見せないどころか、むしろ熱量がどんどん上がり続けているのが恐ろしくも痛快だ。「今日はここに立てて幸せでした。また私と列車に乗ってください。最後の曲、聴いてください」とライブタイトルに因んだ挨拶(直前に「ザネリ」を歌った意味も回収)ののち、「心という名の不可解」の魂の歌唱で本編は終了。しかしアンコールも“おまけ”的なものではなく超スペシャルな内容。アカペラで始まった「新時代」で2万人の心を再び瞬時に掴むと、2曲目はなんと、Adoがルーツとして公言している椎名林檎のカバー「罪と罰」だ。冒頭のシャウトからしてはち切れんばかりの狂気が伝わってくる。
客席に広がるサイリウムの海を見つめながら、「すごい。こんなにたくさんの人がAdoのために集まってくれて。銀河の海みたいで、こんな光景を見られて私は本当に幸せです」とAdo。ここまで圧巻のパフォーマンスが続いたが、さいたまスーパーアリーナのステージに立つことが一番の夢だったと伝えたラストのMCでは、こんな言葉が語られた。
「たとえどんなに絶望してもこの夢さえなくさなければ、その未来を信じていけば、私は大丈夫って信じてきました。これが夢だったらどうかずっと醒めないでほしいと私は思います。今日はAdoのために来てくれてありがとうございました。昔の私が見たらカッコいいって思ってくれるかな。思ってほしいな」
「これから先の未来、また一緒に叶えてほしいです。今日私はカムパネルラになれて幸せでした。本当に本当に本当に、ありがとう」
MCのあとに披露されたのは、「私の、Adoの人生を大きく変えてくれた」と紹介された2曲。歌い出しから気迫に満ちていた「うっせぇわ」はAdoのデビュー曲として2020年に生み落とされた必然とともに極上の輝きを放ち、「踊」のユニークなEDMサウンドで大団円を迎えた。<孤独は殺菌 満員御礼>など時代を反映した攻めのリリックがライブのフィナーレの光景と重なる。自宅のクローゼットからインターネット、そして2万人とともに笑うさいたまスーパーアリーナへ。出会ったことで孤独ではなくなったカムパネルラとジョバンニのように、果てない銀河へと繰り出したAdoとリスナーの旅はこの先の未来へと続いていく。
取材・文=蜂須賀ちなみ 撮影=Viola Kam