W杯開幕まで100日をきった。異例づくめのカタールW杯だが、今までと一番大きな違いはやはり「日程」だろう。

 そもそもW杯が6月から7月にかけて行なわれるようになったのは、天候が大きな理由だった。1990年までの大会は、すべてヨーロッパか中南米のどちらかで行なわれていた。ヨーロッパの6月はまだそれほど暑くなく、南米の6月はまだそれほど寒くない。また、学校が休みの時期にあたるのも都合がよかった。1950年くらいまで、ヨーロッパでも国内リーグのスケジュールがはっきり決まってはいなかったし、南米各国は金がある時にリーグ戦を行なうなど、さらにアバウトだった。W杯を開催するのに各国のスケジュールを気にする必要はなかったのだ。

 しかし、時を経て各国リーグとW杯のスケジュールは固定化していく。ヨーロッパのシーズンが終わり、バカンスに入る6月、7月はやはり都合がよかった。他の大陸の国によってはシーズン中で、それを中断する必要もあったが、FIFAが重視したのはヨーロッパだった。

 1990年イタリア大会以降、W杯は北米、アジア、アフリカなど、ヨーロッパと南米以外の地域で行なわれるようになったが、それでもカレンダーは変わらなかった。その結果、大変なことになったのが94年のアメリカ大会だ。この時、アメリカは最高46度にもなる猛暑だったのに、ヨーロッパのゴールデンタイムに合わせるため、現地の真昼間に試合を行なわせたのだ。選手の多くはフラフラになり、ディエゴ・マラドーナは「FIFAは人殺しだ!」などと非難した。

 今回のカタールだが、いつも大会が行なわれる6月、7月の平均気温は41度。最高は45度となり、夜も38度を下回ることがない。そのため、史上初めて11月、12月にW杯が行なわれることとなった。今回ばかりは冬開催をFIFAに認めさせたカタールに感謝だ。

 だが、この日程はヨーロッパの各国リーグやクラブチームには大不評だった。代表チームに選手を取られるため、リーグを中断する必要があったからだ。UEFAの理事会でこの日程を認めたが、中断する期間等については各国リーグに任されたので、かなりばらつきがある。

各国リーグの中断期間はバラバラ

 たとえばプレミアリーグは、11月14日から12月25日までが中断。W杯開幕前に休みはないし、もし決勝まで進めば、論理的には5日後にはクラブチームでプレーしなければならないことになる(各クラブが参加選手個人に休みを与えるかどうかはそれぞれの判断とされる)。

 フランスもイングランドと似たり寄ったりで中断期間は11月14日から12月28日。ポルトガルリーグも同じ。一方スペインはそれより少し長めで11月10日から12月30日が休み。大会前後には数日の休みが取れるかもしれない。

 ブンデスリーガは中断が11月14日からと他国と同じだが、大会後は1月29日まで長い休みとなる。もともとドイツには12月から1月にかけての降雪時にリーグの中断時期があった。コロナ禍のイレギュラーな日程で、最近は中断期間が短縮されていたが、それが復活した形だ。

 オランダはドイツほど長くないものの1月6日まで中断。ちなみにW杯に出場しないイタリアなども11月14日から1月3日までは休みとなる。イタリア代表はカタールに行かないが、セリエAからも多くの選手がW杯に参加するためだ。

 一方、南米はヨーロッパほどリーグの日程が固定されていない。ブラジルの全国選手権は、4月9日に始まり、11月13日に終了する。アルゼンチンは2月11日にリーグ戦が始まり、10月23日には終わっている。ちょっと変わったところでは、オーストラリアは11月13日に休みに入るが、大会期間中の12月12日には再開するという。どうせ12月18日に行なわれる決勝までにはたどり着かないと思っているからではないかと勘繰ってしまう。アフリカは南米以上にスケジュールが固定していないが、参加国のリーグはだいたい9月に始まり、W杯期間中は中断する方向で考えているようである。

 それにしても選手にとっては厳しいスケジュールだ。ヨーロッパのクラブでプレーする選手が休みを取ったのは6月、約3カ月、各国リーグをプレーしたのちに、すぐさま暑いカタールに移動して大会に臨まなければいけない。体調面にかなり不安が残る。

ズームによるミーティングも

 代表チームはもっと長い中断期間を望んでいたが、クラブチーム側はその期間は収入が大きく減るわけだから(少しでも稼ぐため、W杯に出場しないメンバーで遠征を組むチームもある)、W杯などさっさと終わらせて帰ってきてほしいのが本音だろう。32チーム制になってからの歴代大会のなかで、期間が29日と、最も短くなるのもそのためだ。

 特に南米の代表監督たちは、不安とストレスでいっぱいだ。確かに南米各国はW杯前にシーズンが終わっているところが多いのだが、各国の代表選手はほとんどがヨーロッパのリーグでプレーしているのだ。


6月に日本と対戦したブラジルは9月にメキシコ、アルゼンチンと戦う photo by Kishimoto Tsutomu

 たとえばこれがイングランド代表なら、プレミアリーグが中断された時点で、望めばその翌日には全員の選手がそろうだろう。ガレス・サウスゲート監督はすぐに代表のトレーニングセンター、セント・ジョージズ・パークに選手を集め、W杯に向けて準備を始めることができる。

 ところがブラジルの場合はそうはいかない。ブラジル代表は世界中に散らばっている。リーグの終了時期はそれぞれ違うし、集まるまでにも時間がかかる。そのため苦肉の策として、チッチ監督は彼らをブラジルには集めず、ヨーロッパで集合させて合宿に入りカタールに向かう予定だ。

 ブラジル代表は大会前、練習場としてレアル・マドリードの施設を使わせてもらおうとしたが断られ、現在はユベントスと交渉中だ。同じくアルゼンチンやウルグアイも、選手を国には戻さず、ヨーロッパ集合を考えている。慣れた自国のトレーニングセンターで練習できる国とは、すでにこの時点で差ができてしまっている。

 そもそも、ふだんから南米のチームは簡単に集まることができない。6月にアジアツアーを行なったブラジルは、9月にメキシコ、アルゼンチンとの試合を組んでいるが、これらの試合もあまりやりたくないというのが本音だろう。移動も含めるとスケジュールがタイトすぎて、選手に大きな負担となってしまうからだ。気軽に集まり練習、試合ができるヨーロッパのチームとはここも違う。

 こうした点を補うために、チッチは選手たちと電話やメールで密に連絡を取り、またこれまでに2回、代表候補選手全員でズームによるミーティング開いている。ミーティングといってもほとんどは雑談だが、「それがチームワークにはとても重要なのだ」と監督は言っている。

 FIFAは今大会、代表に招集できる選手を従来の23人から26人に増やし、その前段階の代表候補もこれまでの35人から55人に増やした。最終的なメンバー登録の期限は11月14日。従来は開幕の15日前までには決めなければいけなかったが、今回は1週間前になった。ベンチ入りする選手の人数も6人から15人へ、つまりチーム全員となり、交代は3回まで5人が可能となる。

 こうした緩和策がとられたのは、大会スケジュールが選手たちの大きな負担となっていることを、そして代表チームがかなりに不満に思っていることを十分に承知しているからだろう。言い換えれば、彼らは根本的なスケジュール問題を解決せず、懐柔策をとることにしたのだ。

 W杯中断期間を補うため、ヨーロッパでは多くの国ですでにリーグ戦が始まっている。また、チャンピオンズリーグは中断期間があるために決勝が6月11日となる。長く過酷なW杯シーズンが始まった。