西川周作が正GKの座を失った昨季の葛藤。「自分の特長やよさをうまく出せていなかったのではないか」
浦和レッズ・西川周作が「GK論」を語る(後編)
「昨シーズン、スタメンから外れた時間は決して無駄ではなかったと思っています」
プロ18年目を迎える西川周作は力強く語った。
浦和レッズに加入した2014年から明け渡すことのなかった正GKの座を失ったのは、2021年5月21日のJ1第12節のアビスパ福岡戦(0−2)を終えたあとだった。
「アビスパ福岡戦で自分のミスもあり、チームが敗れ、週が明けた練習の時にリカルド監督から言われました。次の試合で(鈴木)彩艶を使ってみたいと」
◆西川周作@前編はこちら>>「イチからすべてやり直している」守護神に何が起きたのか?
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西川周作は36歳になってもメキメキと成長している
常に危機感は抱いていた。
「ルヴァンカップでは彩艶がスタメンで起用されていたので、まったくその可能性がないとは思っていませんでした。おそらくどこかでタイミングを見ている、計っているのだろうなというのは僕自身も感じていました。だから、ミスしたことが契機になっているので、わかりやすかったですよね」
35歳の誕生日を1カ月後に控えていた。年齢的にもベテランと呼ばれる域に差しかかっており、一度、ポジションを失えば、二度と戻って来ない、取り戻せない可能性も十分に考えられた。
不安はなかったのか。ストレートに聞いた。
「不安......不安だったのかな」
西川は表情を変えて語り出した。
「受け入れることはすんなりとできました。それにルヴァンカップもまだ残っていましたし、天皇杯もあったので、リカルド監督の起用法を考えれば、また必ずどこかでチャンスはもらえるだろうと思うことができました。しかし、そのチャンスはいつになるかはわからない。そのためにも、ここで自分自身を見つめ直そうと思いました。
ただ、試合が過ぎていけばいくほど、自分もやはり選手なので試合に出たいし、チームの力になりたいという思いは増していく。GKなので、試合から遠ざかれば遠ざかるほど試合勘にも影響するなとか、いろいろな思いは当然、駆け巡りました」
誰にも言えぬ葛藤との日々練習で先発から外れることを告げられた日には、家に帰り妻にもその旨を伝えた。驚いた表情は見せたものの、明るく勤めようとする姿に、「練習がんばるよ」と西川自身も笑顔を見せたという。
ただ、時間が経てば、このまま試合に出られなくなる自分の姿を想像してしまうこともあった。誰にも言えぬ心の葛藤を妻にさらけ出したこともあった。
「今思えば、それが不安だったのかもしれないですね。妻にだけはいろいろと相談しました。でも、その時も前向きな言葉をかけてくれて、本当に心強かったことを覚えています」
自分を見つめ直すなかで見えてきたことがあった。
「チームとして新しいサッカーにチャレンジしていたこともあり、そこを自分自身も考えすぎてしまって、自分の特長やよさをうまく出せていなかったのではないかと、今、改めて振り返ってみると思います。あとは、いろいろなことを経験してきたからこそ、昨季のことは今までよりも悔しさがあって、それをまた力に変えることができたと思っています」
イチからGKとして学び直している今シーズンも、プレーするうえで大切にしている「無心」を取り戻したのもこの時期だった。西川も「無心でプレーしている時こそ、無双モードになれる」と今季のプレーについて話してくれていた。
再びチャンスが訪れたのは、7試合後だった。不測の事態により巡ってきた出場機会だったが、西川はJ1第19節の柏レイソル戦に先発すると、2−0の勝利に貢献した。無失点で相手の攻撃をシャットアウトしたプレーには、それこそ彼の意地を見た。
「意地でしたね、それは間違いない(笑)。自分が結果を残すならここだな、ここしかないなって思っていました。その結果、先発に復帰することもでき、昨年は最後に天皇杯を獲って終えることができました。目に見える結果を残してシーズンを終えられたことも、今シーズンにつながっていると思います」
あの悔しさや時間、そして再び正GKの座に返り咲いた自信が原動力であり、財産になっている。
PSGとの対戦で感じたこと「昨季のことがあったから、今はメンタル的に、この試合が自分にとってピッチに立つ最後のゲームになるかもしれない、という危機感を持ちながらプレーできています。だから、試合のたびに昨季の経験は無駄ではなかったなと思うんです」
若かりし自分がそうしてきたように、世代交代を叫ぶ周囲の声もわかっている。
「新しい選手の台頭を期待する声が出ることは普通のことであり、時代の流れでもあるとは思っています。その流れや声に打ち勝つのもまた、自分がチャレンジしたいところでもあります。
彩艶だけでなく、ニエ(牲川歩見)もどんどん成長していて、浦和レッズのGKはかなりレベルが上がっています。あのふたりの存在が僕にとっては脅威というか。その緊張感がいい練習につながり、自分自身の成長にもつながっていると思っています。
だから、E-1サッカー選手権で彩艶が日本代表に選ばれたことは、僕自身も一番うれしかったんです。彩艶が選ばれたことは、浦和レッズのGKチームが取り組んできたことが証明された結果でもあるなと。彩艶が香港戦でデビューした時には、自分のデビューも同じ香港戦で、無失点に抑えたので一緒だな、なんて思ったりして、うれしかったんですよね」
再び白い歯を見せながら、笑みを見せる。ただ、易々とポジションを明け渡すつもりは毛頭ない。
インタビューした時期が、ちょうどパリ・サンジェルマンとの試合を終えたばかりだったこともあり、取材はその話題からスタートしていた。
「対戦したケイロル・ナバスは自分と同い年でしたけど、世界で戦うGKのすごみを感じることができました。ゴールが決まったかなと思うようなシュートでも、しっかりと止めている。
前半に松尾(佑介)が1対1になった場面で、彼は外に逃げてシュートを外してしまいましたけど、ナバスが最後まで足を運んで対応しているところがポイントでした。1回では飛び込まない。1回目でダメならば、2回、3回と足を運んで、這いつくばってでもボールに食らいついていく。その姿勢は本当にすごいなと感じました」
GKはゲームメーカーだそして、インタビューも終わりに近づいた時、まるで始まりと終わりをつなぐように、西川はこう言ったのである。
「ナバスとまた戦いたいですよね。彼はコスタリカ代表だから、W杯の舞台で戦えますもんね」
インタビュー中も"日本代表"という単語を発していたが、彼は本気だ。
「まだ時間は残されています。ジョアンにも『また日本代表に選ばれるようになりたい』と伝えていますし、そこを目指してやっています。残すは9月。そのためにはリーグ戦でいい結果を残し続けることが最大のアピールになると思っています」
酸いも甘いも経験した。逆境を乗り越え、常に隣り合わせの危機感と戦い、新境地を切り開くことで成長もしている。GKというポジションの奥深さを再び楽しめているのだろう。西川はGKの魅力をこう言葉にする。
「GKは試合を決められるポジションだと思っています。点を決める選手と一緒で、そのシュートを防ぐか決められるかで試合の結果は変わってくる。あとは、GKのパスの選択次第ではチームが点を決める機会も多いに変わってくる」
「だから」と言って西川は言葉を続けた。
「昔から思っていたことですけど、GKってゲームメーカーだなって思っています。GKが素早くプレーをすれば試合のテンポも上がりますし、GKが時間を使えば試合のテンポは落ち着く。GK次第で試合の流れは変えられるし、作ることもできる」
守備では最後の砦としてゴールを防ぐ。攻撃では司令塔としてゴールへ導く。
「浦和レッズでやり残していることがあるんです。ルヴァンカップも天皇杯もACL(AFCチャンピオンズリーグ)も獲ることができましたけど、リーグタイトルだけがないんですよね。浦和レッズの選手としてピッチに立っている状況でシャーレを掲げたいですね」
36歳になった西川は目下、成長中である。笑顔を浮かべた目の奥は、情熱と野心にあふれ、ギラギラしていた。
【profile】
西川周作(にしかわ・しゅうさく)
1986年6月18日生まれ、大分県宇佐市出身。2005年に大分トリニータU−18からトップチームに昇格し、高卒1年目から正GKとなる。クラブの財政危機により2010年にサンフレッチェ広島へ完全移籍。2012年、2013年とJ1リーグ優勝に貢献する。2014年から浦和レッズの一員となり、2022年7月10日の名古屋グランパス戦でJ1最多となる通算170試合の無失点記録を達成。日本代表として31試合出場。ポジション=GK。身長183cm、体重81kg。