浦和レッズ・西川周作が「GK論」を語る(中編)

 今シーズンから浦和レッズのGKコーチに就任したジョアン・ミレッとの出会いが、西川周作を新境地にいざなっている。

 その指導力や理論もさることながら、感嘆の声を挙げたくなるのは、西川のパーソナリティである。

 プロとして17年間、培ってきたものをリセットする。文字にするのも、口にするのも簡単だが、身体に染みついた動作を忘れるのも、新たなものを吸収するのも、決して容易な作業ではない。

 ひとつひとつの所作が、日々の練習によって身体に叩き込んできた習慣だと考えると、なおさら変化させるには苦しみや痛みすら伴うものに感じられるからだ。

◆西川周作@前編はこちら>>「イチからすべてやり直している」守護神に何が起きたのか?


西川周作の守備範囲が広がった要因とは?

「たしかに、人によっては拒絶したくなったり、受け入れられなかったりする人もいるかもしれないですけど、僕はシンプルに『うまくなりたい』という気持ちが強いんです。GKとしてもっとうまくなりたいし、日本代表にまた戻りたい。36歳になった今も、そうしたモチベーションがあるので、ジョアンの言うことを1回、すべて聞いてみようという思いになりました。

 やってみなければ合う、合わないというのはわからない。コーチから言われたことに対して、キャリアがあるからといって拒絶するのではなく、まずは聞き入れて学んでみる。だから、やってみてから判断しようと思いました」

 うまくなりたい。現状を維持するのではなく、36歳になった今も自身の成長に目を向けている。1センチでも1ミリでも、1分でも1秒でも、プレーに加えて、その思考に今季の奮起を強く感じたのかもしれない。

 キャッチングやパンチングといったGKとしての技術をイチから学び直した西川が語ってくれたなかで、興味深かったのはハイボールの処理についてだった。今シーズン、プレーエリアが広がったように感じていたこともあり、質問を投げかけた時だった。

GKコーチの講義が始まった

「ポジショニングと足の運び方も変わりました。特に足の運びについては、以前は細かいステップを踏んでいたんです」

 西川は「トゥトゥトゥトゥトゥトゥ」と擬音語で、そのステップを言い表した。それまでのステップを踏むと、やはりミレッGKコーチから指摘された。

「細かいステップだと逆に対応が遅れてしまう、と言われました。そのうえで、ゴール前のここからここまでは何メートルあると思うか、という話になり、そこから問題を出されたことがあったんです」

 講義の始まりである。ミレッGKコーチに出されたのは次の質問だった。

「ペナルティーエリアの大きさはどれくらいだ? ゴールの大きさはどれくらいだ?」

 さすがの西川も当たり前のようにプレーしてきたため、考えたこともなく、答えられなかったという。ちなみにペナルティーエリアのサイズはそれぞれのゴールポストから16.5メートル、ゴールのサイズは7.32メートル。ミレッGKコーチは、GKたるものそれを把握していなければならないと指摘した。

「そのうえで、ジョアンは『私の教え方としてゴールは存在しない』って言われたんですよ」

 画面越しにではあるが、思わず前のめりになり、言葉を反芻した。

「ゴールは存在しない?」

 頭にハテナが浮かんだが、そう言われた西川もまったく同じ反応だったという。

「自分もやってきたことなのですが、クロスが上がった時に、ライン上に下がるGKっているじゃないですか。ジョアンはその下がる時間があるならば、逆に前に出る時間も一緒ではないか、という考えを持っているんです。それを聞いた時に『なるほどな』『たしかにな』って思ったんですよね」

 ミレッGKコーチとの問答はさらに続いた。

「では、なぜGKはクロスが上がった時に下がろうとするのか?」

 答えは「ゴールを意識するから」だった。

「ならばジョアンは、ゴールがまずは存在しないと考えてみろと言うんです」

 こちらがまだ、ぽかんとしているのを見て、西川がミレッGKコーチに成り代わり、講義をしてくれた。

下がらずにキャッチする理論

「たとえばですけど、左からクロスが上がったとしますよね。GKは飛び出した時に、自分の背中にゴールがあると思ってしまう。でも、左からのクロスに対して飛び出した時に、正規のゴールの位置を忘れて、いわゆる右側にゴールがあると考えてみる。そうすると、GKは必然的に前に出て守ろうと考えますよね」

 説明を聞けば、要するに左サイドからクロスボールが上がった時は右サイドにゴールがあり、右サイドからクロスボールが上がった時には左サイドにゴールがあるという論理になる。当然、GKは(架空だが)そのゴールを守るためには下がるのではなく、飛び出さなければならなくなる。

 西川の守備範囲が広がった理由のひとつだった。

「その理論に沿って、下がらずに前に出てキャッチしたほうがいい、という考え方に変わったんです。体にその考えを染み込ませる練習もかなりやりました。

 クロスボールに対して、下がれば、守る準備をする時間はできるのですが、その分、コースが空くのでゴールを決められてしまう確率は高くなってしまう。最初は僕自身もハテナでしたけど、理由を聞き、実戦していくと、前に出たほうがゴールを決められる確率を低くできることに気づきました」

 まるでミレッGKコーチのように理論を説明したうえで、西川はステップの話に戻った。

「ステップについても、ここからここまでの距離は何メートルだから、細かいステップではなく、大股で1、2、3歩で飛べば届くという話もされました。昨季までとはポジショニングも変わっているのですが、ステップも変わったことで守備範囲も広くなりました」

 プロ18年目を迎えた西川に「今までやってきたことをリセットしてくれ」と伝えたミレッGKコーチだったが、今までどおり活かせている武器もあった。

 自身の特長のひとつでもあるキックだった。

 得意のパントキックについては特に指摘されることはなかったというが、シーズンが進むにつれて、その特長が発揮されている背景には、彼自身の成長により「余裕」が生まれたことが密接に関係していた。

聞きたかった昨季の苦しみ

「キックについては従来どおりなのですが、守備面で落ち着きがでてきたこと、適切なポジショニングや準備ができていることによって守れるという自信が生まれ、それが攻撃にも活かされているように感じています。

 昨シーズンは、リカルド・ロドリゲス監督が就任して1年目ということもあり、複雑なそのサッカーを頭に叩き込む時間も長く、逆に考えすぎて苦しかったところがありました。特にスタメンから外れた時期には、自分自身のプレーについても考え込んでしまったところもありました。ただ、決してその時間も無駄になっていなかったと思っています」

 西川に聞きたかった、もうひとつのテーマだった。

 昨シーズン、西川は一時期、スタメンの座を鈴木彩艶に明け渡していた。そこから再び先発に返り咲いた過程に、彼の奮起と成長、そしてGKとしての意地があるように思えたからだ。

◆西川周作@後編につづく>>正GKの座を失った昨季の葛藤「自分の特長を出せていなかったのでは?」


【profile】
西川周作(にしかわ・しゅうさく)
1986年6月18日生まれ、大分県宇佐市出身。2005年に大分トリニータU−18からトップチームに昇格し、高卒1年目から正GKとなる。クラブの財政危機により2010年にサンフレッチェ広島へ完全移籍。2012年、2013年とJ1リーグ優勝に貢献する。2014年から浦和レッズの一員となり、2022年7月10日の名古屋グランパス戦でJ1最多となる通算170試合の無失点記録を達成。日本代表として31試合出場。ポジション=GK。身長183cm、体重81kg。