浦和レッズ・西川周作が「GK論」を語る(前編)

 画面越しではあるが、満面の笑みを見れば、取材しているこちらまで楽しくなる。浦和レッズの西川周作ほど、笑顔がトレードマークになっている選手はいないだろう。

 2022年7月10日、J1第21節のFC東京戦に3−0で勝利すると、西川はJ1通算無失点試合の新記録を打ち立てた。

 その数は、前人未踏の170試合。

 記録を樹立した時点でJ1通算543試合に出場していたことを考えると、3割以上の試合を無失点に抑えてきた。1年のリーグ戦を34試合で換算すれば、5シーズン分にものぼる。改めて、いかに偉大な記録かを思い知らされた。


170試合無失点試合の新記録を打ち立てた西川周作

「今年でプロ18年目ですが、大分トリニータ、サンフレッチェ広島、浦和レッズと渡り歩いてきて、いろいろな選手と一緒にひとつのゴールを守ってきた思い出がよみがえりました。

 ここまで一緒にプレーしてきた選手も含め、いろいろな人たちから『おめでとう』の言葉をもらいましたが、僕がみんなに伝えたのは感謝でした。自分ひとりでは(ゴールを)守れなかったですし、ここまで本当に多くのチームメイトに助けてもらいながらプレーしてきましたから」

 自分よりもチームであり、チームメイトが先に来る。笑顔とともに、その発言に人柄は表れていた。

 ただ、彼にインタビューを依頼したのは、決して記録を樹立したからではなかった。36歳になり、世間的にはベテランと呼ばれる域に達してなお、近年の奮起や成長が著しいと感じていたからだった。

 浦和レッズが設立30周年を迎えた今シーズン、再びキャプテンに就任した西川には、特にクラブやチームについて聞く機会が多かった。だが、"GK西川周作"として話が聞きたかった。

 そのきっかけも、彼の言葉にあった。

「今シーズンはGKとして、イチからすべてをやり直しています」

GKコーチと衝撃的な出会い

 GKとして基礎から実戦に至るまで、イチからやり直す契機となったのは、今シーズン、浦和のGKコーチに就任したジョアン・ミレッとの出会いにあった。

「今までいろいろなGKコーチの指導を受けてきましたが、指導者の型に当てはめる人もいれば、選手のやり方を尊重してくれる人もいました。フィジカルトレーニングひとつ取っても、コーチによってやり方はさまざま。なかには今まで培ってきた自分の経験から、感覚で身につけてきた部分もありました。

 でも、ジョアンに出会って、今まで気づけなかったものにたくさん気づくことができたんです。だから毎日、発見があって楽しいですね」

 自分自身でも成長を実感しているのだろう。「楽しい」の言葉のあとには、やはり満面の笑みが広がっていた。

 シーズンが始動する前、ミレッGKコーチの就任を知った西川は、事前に情報を集めていた。FC東京での指導経験があることから、林彰洋に話を聞いたのである。『どういう人なの?』と尋ねると、真っ先に返ってきたのは、『最初は講義だよ』というコメントだった。

「林選手からは、話は長いかもしれないけど、それを理解して取り組んでいけば、どんどん楽しくなっていくから、という言葉をもらっていました。だから、覚悟して練習に臨んでみたら、まあ、最初は本当に講義でしたね。初日の練習では、ピッチに入っても50分くらいは立ったまま、まさに講義を受けて、体を使ったトレーニングは10分、15分くらいでした」

 第一声から背筋が伸びる思いだった。

「今までやってきたことをリセットしてくれ。頭のなかですべてを忘れてくれ。これから自分が伝えていくことをイチから吸収していってもらえたら、今よりもっといいGKになれる」

 プロとして17年間積み上げてきたもの、もっと言えば少年時代から培ってきたものをリセットしてほしい。西川が「衝撃的だった」と表現するのもうなずける言葉だった。

 ただ、西川は「頭を切り替えて、一度、すべてを学んでみよう」と考えた。

過去の教えを真っ向から否定

 果たしてミレッGKコーチの指導は、それほどまでに積み上げてきたことをリセットしなければいけないものだったのか。聞けば、西川は大きく首を縦に振った。

「キャッチングの仕方、ボールの弾き方、ボールを弾く場所......いっぱいあるんですけど、倒れたあとの起き上がり方、ポジショニングと、何もかもが違いました。でも、こちらが『何で?』という質問をすると、『なぜなら』という明確な『答え』や『理由』を必ず持っていて、いつもはっきりと提示してくれるんです。

GKである自分からしてみると、ひとつひとつのプレーに対して解決方法を教えてくれるので、プレーするうえで精神的にも余裕が持てるようになりました。だから、たとえばボールをキャッチできずにこぼしてしまったとしても、こぼしたあとのリカバリーもできる。足の運びや起き上がり方も徹底してきたことで、一度でボールを取れなかったとしても慌てなくなりました」

 たとえば、キャッチングである。

「僕がGKとして最初に指導を受けた時のキャッチングは、こうだったんですよ」

 そう言って西川は、画面越しに手の平を広げ、両手の人差し指と親指をそれぞれ合わせて三角形を作ってみせた。

「子どものころ、この三角形を作るように言われた記憶があります。でも、それだと面は大きいんですけど、ボールを掴んではいない。少しでもボールが横や縦にずれたりすると落ちてしまうと、ジョアンは言うんです」

 シーズンが始動した序盤には、キャッチングのテストがあった。ミレッGKコーチが投げたボールをキャッチする簡単なものだったが、キャッチすると「No」と、はっきり言われた。西川は今日まで培ってきたものを真っ向から否定されたのである。

「そこでまた『なぜなら』という答えがあるんです。ジョアンは手を開くのではなく、ボールを包み込む感じで、小指を閉じるようにと指導してくれました。手を開いてキャッチすると、相手と競り合ってぶつかった時にボールを落としてしまう可能性があるから、自分から掴みにいったボールを手にはめ込む感じでキャッチするようにと言われました」

徹底的にクセを修正した西川

 たとえば、ボールの弾き方である。

 ミレッGKコーチからは、次のように問われたという。

「手の平でグーと同じくらいの強さが出せる場所は、どこだと思う?」

 自分の手を眺めて西川は、手の平の付け根よりやや上、小指球のあたりをさすった。ドイツ代表のGKマヌエル・ノイヤーがその箇所でボールを弾いていたことを思い出したのである。

「掌底とでも言えばいいんですかね。今までは手の指でボールを弾くような感覚だったのですが、手の平の下部分の硬いところで弾いたほうが、ボールは遠くに飛んでいく。

 思い返すと、そうした細かい指導って、プロになってからはなかなかしてもらっていなかったなと。倒れたあとの起き上がり方もそうですし、セービングをした時になぜ足を伸ばさなければいけないのか、ひじを曲げてはいけないのか、ひとつひとつの説明をジョアンはしてくれました」

 今シーズンの西川のプレーを思い返してみると、クロスボールに飛び出した時にも、手の平で突き出すように弾いている場面が浮かんだ。

 言われたことをこなすのではなく、理由を聞き、納得したうえでプレーしているから迷いがないのだろう。

「これは自分のクセのようなものかもしれないですけど、左に飛んだあとに起き上がって右に移動する時の回り込み方がなかなか直らなかったんですよね。そこも含めて、シーズン序盤は考えながらプレーしていたので堅さが抜けなかったのですが、今はそのクセも直り、無心でプレーできるようになってきたので、成長をより実感できています」

 本人が「無心でプレーできている時は無双モードになる」と表現する状態になってきたのは、タイで戦ったAFCチャンピオンズリーグ2022のグループステージを終え、帰国したあたりからだったと言う。

 当時の浦和はなかなか勝ち点3を奪えず苦しんでいたが、5月8日の柏レイソル戦(J1第12節)、13日のサンフレッチェ広島戦(J1第13節)を無失点で終え、西川は最後尾からチームを助けていた。

◆西川周作@中編につづく>>理解不能「?」になったミレッGKコーチの教え「ゴールは存在しない」


【profile】
西川周作(にしかわ・しゅうさく)
1986年6月18日生まれ、大分県宇佐市出身。2005年に大分トリニータU−18からトップチームに昇格し、高卒1年目から正GKとなる。クラブの財政危機により2010年にサンフレッチェ広島へ完全移籍。2012年、2013年とJ1リーグ優勝に貢献する。2014年から浦和レッズの一員となり、2022年7月10日の名古屋グランパス戦でJ1最多となる通算170試合の無失点記録を達成。日本代表として31試合出場。ポジション=GK。身長183cm、体重81kg。