世界のエネルギー企業と造船業界が、「原子力」をめぐり急速に距離を縮めています。船型の原子力発電所や、その原子炉を動力に活用する高速船などが次々と計画。エネルギー危機を背景に、国際的な競争も激しさを増しそうです。

現実味帯びる海の原発 「1年で10基いける」

 船を海に浮かぶ原子力発電所に――そんな構想が現実味を帯びてきています。


ノルウェーのウルスタインが発表したMSR搭載の原子力補給船(奥)と、同船から供給される電気を利用する電動クルーズ船のイメージ(画像:ウルスタイン)。

 イギリスに本拠地を置く海洋原子力プロバイダーの「コア・パワー(CORE POWER)」は日本の造船会社などと協力し、溶融塩炉(MSR)を搭載する浮体式の原子力発電所を計画しています。2026年以降にMSRの実証試験を行い、2030年代前半の実用化を目指しています。

 同社のミカル・ボーCEO(最高経営責任者)はロシアのウクライナ侵攻を機に発生しているエネルギー危機を念頭に置き「こういった国々や政権に頼らず、エネルギーの独立性を確保しないといけない」と指摘。「このソリューションは安全保障や脱炭素、エネルギーのゼロエミッション化に向けた正しい方向の解決策だと考えている。造船所で建造できるため、発電所とはいえ日本の造船技術を有効に活用することが可能だ」と期待感を示しました。

 コア・パワーが考案した浮体式原子力発電所は、円形の船体をしています。船体周囲のアンカーシステムを用いて海上に固定して運用するため、強い海流域や流れが速いところでも設置できるよう安定した構造。ポーCEOは「津波や地震にも耐性があり影響を受けない。悪天候にも耐えることができる」とメリットを説明します。

 原子炉とそれを囲む冷却材のスペースは喫水線下に置き安全性を確保。喫水線付近にポンプ室や機械室を、喫水線より上に発電所を運営する職員が働くコントロールルームや事務室、宿泊設備などを設置しています。甲板上にはヘリコプターデッキやクレーンといった人の移動や物資の搬入・搬出に対応した設備も設けました。

 メインデッキの直径は90mで全高は53m。載貨重量は6万1000トンと、だいたい中型バルカー(ばら積み貨物船)と同じくらいの重さです。原子炉を構成するMSRユニットの重さは1万2000トン程度。出力は最大1.2GWで、200万世帯の家庭電力を賄えるといいます。コア・パワーは年間13億ドルの収益を生み出すことができると試算しています。

 しかも、造船所で連続建造することを想定した設計になっており、ポーCEOは「これまでは10年以上かけて1基の原子力発電所を建設していたが、MSR浮体式発電所なら1年で10基を作れる」と胸を張ります。

単なる電力供給だけじゃない 海の「よろずエネルギー工場」に?

 浮体式原子力発電所は造船所から、需要地の近くへと曳航されて設置されます。陸上への電力供給だけでなく、同じく海上に浮かぶバージ型のプラントと接続することで、海水を原料とした水素やアンモニア、「e-fuel」と呼ばれる合成燃料などの生産に活用、さらには真水を製造する海水淡水化プラントや、食料品や鉱物の大規模な加工を行う“海上生産プラットフォーム”を作り上げる構想もあります。浮体式の原子力発電所は、これらにエネルギーと熱を供給する中核として位置づけられているのです。

 一連のプラント群は、海があればどのような場所にも移動できるため、飲料水の確保が難しい地域の近くへの設置や、陸上に土地が用意できない地域の雇用を生み出す工場としての役割も期待されているといいます。

「日本の海運会社や造船会社からは、非常に良いリアクションをもらっている。現在、造船所とは初期的な設計コンセプトの協議を始めており、構造物を作るために必要なことを洗い出しているところだ」(ボーCEO)

メルトダウンも爆発もしない?


コア・パワーが開発中のMSRのイメージ(画像:コア・パワー)。

 浮体式原子力発電所の文字通り核心部となる想定の溶融塩炉(MSR)は、核燃料としてウラン酸化物を混ぜた常圧の液体燃料(溶融塩)を用いる非加圧型の原子炉です。

 原子炉を囲む圧力格納容器が必要なく、燃料は液体に混合された酸化物であるため、炉を稼働させるための複雑で高価な燃料集合体も不要という点が特長だといいます。また装置として可動部が少なく、燃料集合体や冷却水の交換が不要なため、外部環境から遮断された密閉チャンバーで約20年以上にわたって稼働することが可能なのだそうです。

 このため、従来の加圧水型原子炉(PWR)では大きなリスクとなっていたメルトダウン(炉心溶融)や爆発といった重大な事故は発生せず、放射性物質を大気中に放出することもない、とされています。大型のPWRでは周囲80km、小型モジュール炉(SMR)でも周囲10km以上が緊急時計画区域(EPZ)とされますが、これを、メートル単位まで狭くすることができるということです。

船に搭載すれば30年無補給&ゼロエミ!?

 コア・パワーでは高純度低濃縮ウラン(HALEU)に対応した溶融塩高速炉や、超小型原子炉であるマイクロヒートパイプリアクターの研究開発を進めており、2026年以降にアメリカで実証運転を行うことを計画しています。

 また、コア・パワーはMSRを動力源としてモーターで推進する原子力電動船についても提案しています。

 2万TEU型の超大型コンテナ船をモデルケースとした場合、速力30ノット(約55.6km/h)以上の高速で、30年間にわたって燃料補給なしにゼロエミッションで運用することができるとしています。常時、高速航行ができるため、太平洋横断航路は6日程度で、アジア〜欧州航路はスエズ運河を経由しなくても22日で目的地に着ける計算です。

 また、推進器も船の電動化に伴って形状や配置が変化することで、従来のディーゼル船にあった燃料タンクや大きなファンネルが必要なくなるため、貨物の積載量も増やせるといいます。船型はコンテナ船だけでなくバルカーやLNG船も考えているとのことです。


シーボーグとサムスン重工が開発中の浮体式原子力発電所(画像:シーボーグテクノロジー)。

 2022年4月7日にはデンマークの原子力関連スタートアップ、シーボーグテクノロジーが韓国の造船大手サムスン重工業と手を組み、MSR発電バージ(はしけ船)の開発を行うと発表しました。シーボーグはMSRを、クリーンで安全な電力を供給するための理想的な電源と位置付けており、欧州連合(EU)からの助成を受けてバージ型原発の実現に向け取り組んでいます。またサムスン重工製はMSRだけでなく、水素プラントやアンモニアプラントの製造も手掛けます。

 4月26日にはノルウェーの造船会社ウルスタインがMSRを搭載する補給・研究・救助船「ULSTEIN THOR」と、同船から電気を充電して運航するバッテリー駆動のクルーズ船「ULSTEIN SIF」を発表。「THOR」は同時に4隻の船に給電が行える移動式の充電ステーションで、温室効果ガスを排出しないゼロエミッションのクルーズを実現するとしています。「THOR」は燃料補給が不要なことから、広大な海域で救助活動や調査活動を担うことも期待されているそうです。

 夢物語ではなく、MSRと共に着実に開発が進む浮体式の原子力発電所。この分野でも国際間の競争が静かに始まっています。