※この記事は2018年01月22日にBLOGOSで公開されたものです

ついにこの日が来ました。羽生善治竜王と藤井聡太四段の「公式戦」の直接対決です。その舞台は第11回朝日杯将棋オープン戦の準決勝。2月17日(土曜日)に対局が行われます。これまで、棋王戦やNHK杯など、羽生竜王、藤井四段、ともに勝ち進めば当たる可能性が考えられるトーナメントがあったのですが、いずれも実現しませんでした。果たして藤井四段と羽生竜王の対局実現は「遅かった」のか「早かった」のか。まず、そこを検証してみたいと思います。

第30期竜王就位に先立って行われた羽生竜王と藤井四段の共同記者会見。朝日杯での対局が決まったことについて羽生竜王は「将棋界の制度上、四段の段階では1次予選から出場するので勝ち上がってこないと組み合わせになりません。ただ、今期の朝日杯は並み居る強豪を打ち破ってきて非常に立派だと思っています」と発言をしました。

羽生竜王のような「タイトルを持っている棋士」などは棋戦や大会において、1次予選が免除されたりシードされたりします。たとえば、今回の朝日杯ならば2次予選からのシード者が16名、本選からのシードが8名。そのシード条件は「前回ベスト4」「タイトル保持者」「永世称号者」「全棋士参加棋戦優勝者」「前回本戦出場者」となっています。

以上のことから、「四段」の棋士がタイトル保持者である羽生竜王と戦うには、何度も越えなければならない「壁」があります。それがどれくらい高く厚い壁なのか。藤井四段が参加した2017年度以前の直近10年、羽生竜王と「四段」で対局した棋士をあげてみましょう。

2016年度 近藤誠也
2015年度 石井健太郎
2014年度 阿部光瑠
2013年度 なし
2012年度 大石直嗣 2011年度 阿部光瑠、菅井竜也
2010年度 吉田(現:渡辺)正和、伊藤真吾
2009年度 なし
2008年度 なし
2007年度 なし

10年間で延べ8名。実人数7名です。「年にひとりいるかいないか…」というペース。ちなみに2017年度、羽生竜王と戦った四段はこれまでひとりもいませんでした。こう見ると、藤井四段と羽生竜王との対局は「それなりに時間は要したが、やはり早かった」と言えるでしょう。

羽生竜王と藤井"四段"の対局は幻に?

…という文章を用意していたのですが、事件が起きました。

いや、予測できたことではありますが、「それにしても」という出来事です。

羽生竜王と藤井四段の対局は、「幻」になる可能性が出てきました。

藤井四段は現在、順位戦C級2組というクラスで戦っています。このクラスで1年間、10人の棋士と戦い、成績優秀者上位3名が「Ⅽ級1組」に昇級します。C級2組の人数は50人。対局相手は抽選で決められます。昇級できるのは50人のうち3人。総当たり戦ではないので同じ勝敗数の成績優秀者が出る可能性があります。

たとえば、年間を通じてもっとも優秀な成績が「9勝1敗」で、その成績をおさめた棋士が4人いた場合はどうなるのか。その時に関係してくるのが「前年の成績」です。順位戦は、前年の成績をもとに「順位」がつけられています。前年度の成績が良かった棋士は高く、悪かった棋士は低い。「9勝1敗」の成績をおさめた4人の棋士のうち、順位の低い棋士は残念ながら昇級できません。

では、2017年度デビューで、前年度の実績がない藤井四段の順位は何位でしょうか?50人中「45位」です。どんなにいい成績をおさめても、藤井四段の上の順位の44人のうち3人が藤井四段と同等、もしくはそれ以上の成績を残した場合、C級2組から藤井四段は昇級することはできません。

かつて、「9勝1敗」という好成績、かつ「順位1枚の差」でC級2組からの昇級を逃した棋士が、実際に存在します。(ちなみにその棋士は、同じような憂き目に5回もあっているのですが、のちにタイトルを獲得しています。)このような条件のため、各クラスの中でもっとも人数のいる「C級2組」を1期で抜ける棋士はほとんどいません。羽生竜王ですら「C級2組」を突破するのに「2期」かかっています。それでも「2期」なのですが。「その1年だけ、やたらと成績がよかった」では昇級できない、連続して好調を維持しなければいけないクラスです。

C級2組を「1期抜け」した棋士には「聖の青春」で知られる村山聖九段、そして「18歳6か月でタイトルを獲得」という最年少記録を持つ屋敷伸之九段などがいます。また、屋敷九段から「22年間」に渡って、「C級2組1期抜け」の棋士は誕生しませんでした。しかし、2011年度の船江恒平六段を皮切りに、翌年度には斎藤慎太郎七段、2015年度には青嶋未来五段、2016年度には近藤誠也五段と、高く厚い壁を超える棋士が続出しています。※いずれも段位は現在のもの

さて、問題の藤井聡太四段はどうでしょうか?現段階でC級2組での戦いは8回戦まで終わっているのですが、さすが藤井四段。期待に応えて「8勝0敗」、全勝です。それでも「9勝1敗でも昇級できなかった棋士がいる鬼のクラス、10局目まで油断ならない」…と思っていたのですが、藤井四段を追う他の棋士の成績と順位の関係から、2月1日に行われる順位戦9回戦に勝てば、C級1組への昇級が決定することになりました!

問題はここからです。

藤井「四段」の呼び名で知られる通り、将棋界のプロは「四段」からのスタート。そして、C級1組に昇級する棋士は「五段」に昇段します。同じようにC級1組からB級2組へ昇級すると「六段」、B級2組からB級1組へ昇級すると「七段」。そして、順位戦のピラミッドの最も高いクラスで、トップ10人が戦うA級へと昇級すると「八段」に昇段します。以前までは、「年度末あたりの対局で昇級が決まり、昇段は翌年度の4月」だったのですが、現在では規定が変わり「昇級が決まったその日に昇段」となっています。

つまり?

「藤井聡太四段」とは、「2月1日」をもってお別れ。

「2月17日」に行われる「羽生竜王 対 藤井“四段”」は、実現しない可能性が出てきたのです。

多くの人たちが慣れ親しんだ「藤井四段」という呼び名も、2月1日をもって「藤井五段」へ。

さらにいえば「藤井五段」は、きわめて短い期間のものになる可能性もあります。

「藤井六段」誕生の可能性も

今度、羽生竜王と戦う「朝日杯」は「全棋士参加の大会」。なんと、「五段で全棋士参加の大会で優勝すると六段に昇段する」という規定もあるのです。こちらも、優勝したその日に昇段です。

つまり、あなたの知っている「藤井四段」は、最短で2月17日に「藤井六段」と呼ばれる存在になる可能性があるのです!

ちなみに、羽生竜王が「段位」で呼ばれたのは「六段」が最後。1989年、第2期竜王戦の挑戦者決定戦に勝利し「六段」となり、そのまま「竜王」を獲得。それ以降、段位で呼ばれたことはありません(無冠となり「前竜王」を名乗った期間はありましたが、1991年3月以降、常にタイトルを保持しています。)それゆえ、羽生七段、羽生八段、羽生九段のグッズは存在しないのです!

そして、「初代永世竜王」の渡辺明二冠もまた、段位で呼ばれたのは「六段」が最後。やはり竜王挑戦を決め六段になり、その後、竜王を獲得。その後、タイトルを獲得し続け、段位で呼ばれていません。(段位別で予選が行われる「叡王戦」においては「九段」としてのエントリー)。

去年、行列ができるほどヒットした「藤井四段グッズ」ですが、藤井五段グッズは果たして世に出るのか?羽生、渡辺に続き、「段位では六段以降呼ばれない」となるのか?

ひとまず、2月17日の羽生竜王との対局よりも前に、「3月のライオン」ならぬ「2月1日の藤井聡太」にご注目ください。