日本の実写映画は静かに死んで行くのだろうか? - 吉川圭三

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※この記事は2017年06月26日にBLOGOSで公開されたものです

実写映画の最近の傾向をあえて多少大雑把に書くと、与命宣告映画、中高生向け恋愛映画、みんなが知っている映画の再映画化、半径10メートルの細かい世界を描いたコメディ映画。ある意味、内容がパターン化しているのは日本が中国に抜かれるまでアメリカに次ぐ世界第二の映画興行王国だったからだろうか。集客が見込める人気者を出して、危なげの無い企画で日本国内向けに作っていればリスクは無いしある程度ビジネスが成り立つ。・・・

一方でこの実写映画に背後からCG多用の外国映画や国内外のアニメーション映画の波がひたひたと押し寄せる。 『GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊』や『機動警察パトレイバー』シリーズなどの押井守監督は、2001年に「すべての映画はアニメになる」と語った。

15年以上が経ち、その予言は米国で現実のものとなろうとしている。2016年の北米興行収入ランキングトップ10のうち、『ファインディング・ドリー』、『ズートピア』をはじめとする4作がCGアニメ長編で、その他の作品もCGを多用するマーベル・DC等のアメコミ原作映画がひしめいている。そして、テクノロジーと言うものは怖ろしいもので、最近は大予算映画より面白いゲームが出て来たそうであり、ハリウッドもうかうかしていられない状況の様だ。

欧米の実写映画も変化している。観客へ与えるインパクトの強い「実話映画」でこの難局を乗り切ろうとしている様に私には見える。昨年アカデミー賞最優秀作品賞を獲ったジャーナリズムの闘いを描いた「スポット・ライト」をはじめ飛行機不時着の実話「ハドソン川の奇跡」ハイテク技術で故郷のインドの実母を捜す「LION ライオン 25年目のただいま」、J・F・ケネディの元夫人ジャクリーン・ケネディの物語「ジャッキー」等のタブーに斬り込む「実話映画」の健闘が目立つ。

一方、日本の大手映画会社の実写映画は決定打を放てないまま、上記の様なソロバンがはじける「ビジネスの計算出来る映画」で凌ごうとしている。アメリカの様なタブーに斬り込むリスク等取る気はない様だ。そして邦画で意外とエネルギーを放っているのが大手のラインに載らない「低予算映画」である。塚本晋也監督の凄惨だが圧倒的な戦争映画「野火」、森達也監督の作曲家・佐村河内氏をめぐるドキュメンタリー「FAKE」など。

そして、製作費200万円~400万円と言われる「ケンとカズ」。自分も家族も追い詰められ金が必要になり覚せい剤密売に手を出す若者の物語だ。なかなかの傑作自主制作映画だが、この映画、やっと資金を集め撮影したまでは良かったが、予算を使い果たした後、次の作業に入れず編集が終わるまでに2年もかかったと言う。この話などを聞くと作り手の「映画愛」の一言で片付けられない、日本実写映画のどうしようもない貧困さも底流には横たわっている様に思える。

才能がある若者に手を差し伸べる儲かっている会社や高額所得者でもあらわれないだろうか等と夢想しても仕方がないが、綺麗ごとを言うと傑作を作り、ビジネス的な結果も出したら、それなりに収入が得られ次のチャンスが得られる様なかたちにならない限り、この実写映画の業界は良くならない等と思う。

昨年のある大ヒット映画の一つの裏事情をある関係者に聞いたが、作り手側に対する「可哀そう」と言う言葉を通り越して「悲惨すぎる」と思う限りである。

私もその革新性を認めるがYouTubeやインスタグラムやアプリなんてものに皆が熱中している時代に、「恋人たち」の樋口亮輔監督がスタジオジブリの小冊子「熱風」で語っていた様に「今は映画をつくりたいということが弱みになってしまう時代」になってしまったのだろうか。素晴らしい表現手段である「実写映画」を救う方法と手段。私の様なただの映画ファンには複雑怪奇過ぎて残念ながら全く思いつかない。もちろん、あのホラー・サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックですらも「ヒットさせなければ次の撮りたい映画が撮れない」可能性もあった等と聞くと映画興行と言うのは厳しい世界だと想像出来る。

一方で、映画に関する本を数多く執筆し翻訳している柳下毅一郎氏が指摘するような、どうしようもない映画も含む作品が日本では年間600本(日本映画製作者連盟・2016年)も作られているがほとんど客が入っていないと言う不思議な現象もある様だ。実写映画のクオリティ管理も含め映画業界のステイタスを再構築する人間など日本にはいないように見える。

昨年の「君の名は」と「シン・ゴジラ」の大ヒットを受けて日本政府は首相官邸で日本映画を新たな「輸出産業の柱」とする検討委員会を発足したそうだが、底流の実写映画の実態を知らない絵に書いた餅の様な集まりだと思う。「君の名は」中国で大ヒットしたが「シン・ゴジラ」が中国で公開出来ない理由等を官邸は理解しているのだろうか?ぜひ、この会合に長谷川和彦監督や塚本晋也監督や是枝裕和監督も呼んでほしかったが。

誰かが、衆知を集め、画期的なビジネスシステムを思い付かない限り、この国の実写映画はゆっくりと静かに死んで行くのだろうか?「あいつらは好きでやってるんだから、貧乏でも仕方がない」で済む話なのか?是非、色々な専門家のご意見も聞きたいものである。ただ、意見を言うこともこの日本映画業界では「タブーで憚(はばか)られ、とても危険であり、監督も役者も脚本家もプロデューサーも評論家もこの業界から完全に締め出される」というある筋からの話もあり、もしそれが本当だとすると、誠に残念かつ絶望的ですらある。少なくとも、議論の場くらいは提供できる様にしてほしいものだが、これも儚い望みなのだろうか。