エロと笑いの「シモネタ」から時代を感じる - 松田健次
※この記事は2017年06月20日にBLOGOSで公開されたものです
「シモネタ」の笑いから時代を感じることがある。最近、そういう場面に幾つか出逢った。
まずは、エレキコミックの今立進による深夜ラジオでのトーク。先日開催されたばかりの「E3」、アメリカ・ロサンゼルスで開催される世界最大のゲーム見本市、エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポにも6年続けて出かけているゲーム好き芸人だ。
初体験の「エロVR」にみるみる心酔
今立は、品薄状態が続く「PlayStation VR」を最近ようやく買って試したという。「PlayStation VR」は昨年発売以来、供給が追いついておらず、いまだに抽選販売をするなど品薄状態が続いている。
今立は、最初に「バイオハザード」を試すのだが、まだVR環境に慣れていないため、目線とキャラの動きが中々合わず、少しプレイしただけで酔ってしまう。
バイオハザードに続き、DMMのエロ動画サイトからエロVRを選んで試す。内容は、知りあいのイケメンがナンパしてきた女の子と、自宅で王様ゲームが始まってしまい・・・という2対2の合コンもの。
これを見始めると、まず、目に見える部屋の間取り、カーペットの色などが自身の部屋にそっくりで、そのバーチャルリアルに思わず「ワーッ!」と声をあげてしまう。ここから今立はVRの扉の向こう側へと、一気に吸い込まれていく。
トークの相手は、やついいちろうとラーメンズの片桐仁。二人はVR未体験で、今立の体験談にかぶりついた。
<2017年6月3日放送「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」(TBSラジオ)より>
今立「リアルなのよホントに。で、ローテーブルがあって(自分は)そこにあぐらかいて座ってるみたいな。下を見たらあぐらかいてる。(略)目の前の女の子も、ホントにいるかのような、飛び出し方してんのよ。で、イヤホンとかヘッドホンとかすると、ちゃんと近づいたら(音が)おっきくなるし、右に来たら右しか(音が)出ないとか」
片桐「音大事だね」
今立「大事なの。それ見てたらなんかニヤニヤが止まらなくて。(略)1話170分あるんだけど、もうめくるめく楽しさで」
やつい・片桐「あははははははは」
やつい「全然酔わないの?」
今立「全然酔わない!」
やつい「あははははははは」
片桐「酔わないんだ、バイオ(ハザード)と違うんだ!」
やつい「おまえ15分で酔ってただろ、バイオは」
今立「いや、バイオはね、移動するから」
やつい「ああ~」
今立「移動はないのよ。目線だけなの、自分の。歩いたりしないから。だから酔わないのよ別に」
今立は酔わないエロVRにみるみる心酔。「入り込み方が尋常じゃない」という没入感で170分の長尺を早回しすることなく堪能し、王様ゲームを経て「最後は大変なことになる、4人くんずほぐれつ」と興奮しながら語った。
次に、AVライターの知人から「AV界最強と言われる浜崎真緒ちゃんの『ジェット潮』をVRで味わえる!」と薦められた作品を試す。
<同上より>
今立「そのあとに ジェット潮を買ったのよ」
やつい「買ったのジェット潮!業界ナンバーワンの」
今立「潮吹きの味わえる・・・・・、よけたね」
片桐「あははははははは、すごい!すごい!」
やつい「そんなに!」
今立「スプラッシュマウンテン感覚」
やつい「そんなに来るんだ」
今立「あれ(自分の近くで)誰かいて、潮(のように水を)スプレーでかけてくれたら、もうほんとに一緒だよ」
(略)
片桐「ジェット潮よけたとき、しぶきは感じた?」
今立「なんか濡れた感じはあった」
やつい「やばいじゃん」
今立「やりに帰っていい?もう?」
やつい・片桐「(爆笑)」
エロVRという時代の突端を行く新スペック。その「めくるめく楽しい」威力に触れて、瞬く間に虜と化した今立。3Dでバーチャルリアルな潮吹きを思わず「よけた」という潮対応に大笑いした。
AV女優の「事務所選び」の話に唸ったあの頃
この、VR時代到来を支えるイチゼロ年代(2010年~)のAV女優たちが、屈託なく自身の性遍歴を語っているのが、5月29日発売の新刊「水道橋博士のムラッとびんびんテレビ」(文藝春秋)だ。
文藝春秋
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この書籍は、水道橋博士と(博学で変態な)人気AV男優しみけんがMCを務め、「単体」と呼ばれるメジャーセクシー女優をゲストに招き、地上波ではNGなエロ領域でトークする、2015年12月にスタートしたJ:COMオンデマンドの配信番組より再構成された対談本である。
書籍版に登場するAV嬢は、川上奈々美、大槻ひびき、紗倉まな、初美沙希、湊莉久、春原未来、澁谷果歩、佐倉絆の8名。この中で、ひときわ食い入ってしまったのが、春原未来(すのはらみき)編だった。
<「水道橋博士のムラッとびんびんテレビ」(文藝春秋)より>
博士「事務所入って、2013年にはDMMアダルトワード女優賞、2014年にはスカパー!アダルト放送大賞女優賞を受賞していくわけだけれど・・・。」
しみけん「すごいね。なんでこの事務所に入ったの?AVやるきっかけというのは?」
春原「大学に入って、勉強し始めた時に、マズローの心理欲求段階説に出会ったんですよ。」
博士「君なら知ってるんじゃない?」
しみけん「わかります。あの5段階で・・・。」
博士「ホント、何でも知っているんだね。」
しみけん「有名ですよ。生理的欲求があったら次は安全性の欲求とかどんどん上にあがっていく。」
春原「自己実現まで5段階のステップが必要で、第1段階が『生理的欲求を満たすこと』で、食欲、性欲、睡眠欲で、私がみんなのためにしてあげられることは何だろうと考えたときに、性的な欲求だったら身一つで初期費用もかからずできるじゃないか、対象者が多いのはAVかなと思って、風俗じゃなくてAVを選びました。」
博士「えらい。ものすごく論理的だね。今までのトークはなぜ論理的にしゃべれなかったのか。ほんとそういうことだよ。まず欲求を満たしてあげる。食欲、性欲、睡眠欲なんかも入っているけど、他人のために欲求を満たしてあげることを自ら感じることができるというのはすごくよいことだし、現代で性が満足できている国、日本は特別かもしれないけど、そんな国なんて世界にないよ。そういう欲求が満たされているのは豊かだということなんですよ。エロを満たすことは国家的に大切。春原ちゃんは大学で勉強してそうかーと思ったの?」
春原「・・・・・うん。」
博士「後付け?」
しみけん「後付けって、いいこと言ってたんですから! それで春原ちゃんはスカウト、それとも応募?」
春原「自分で事務所を選んで入りました。」
しみけん「選ぶときに検索ワードはなんて入れたの?」
春原「ちゃんと会社としてしっかりしてるかとか、税金をちゃんと払っているかとか、いろいろ調べて。だって人生かかってますから!」
さらに春原は、AV業界に入る事務所選びを「結婚並みに大事な選択」、という前向きな表現で言い切った。
これらのくだりに、唸りながら笑い、笑いながら唸った。そして、手の平に収めてつかむことは叶わない時代の突端のようなものを感じた。AVというジャンルに接すると、何年かに一度、こういう感じが訪れる。
その記憶を遡ると、原体験にあたるのが1986年の黒木香だ。黒木香が「SMぽいの好き」でアダルトビデオというジャンルの天の岩戸を開いた時、自分は20歳だった。成人の節目に「腋毛」「ほら貝」「横浜国大」・・・という惑星直列を受け、唸りながら笑い、笑いながら唸った。
本質的には変わらない「シモネタ」の笑感帯
それから30年が経った。昭和から平成へ、時代の変質はすべてのジャンルにあり、エロの世界にも多大にそれがある。しかし、黒木香と春原未来が発したものは、本質的には変わっていないと思う。
そこにあるのは、時代の突端に立つ「たくましさ」だ。この「たくましさ」に自分は食い入った。春原未来はイチゼロ年代の突端にいて、「マズロー」「税金ちゃんと払っているか」「結婚並みに大事な選択」という惑星直列を披露した。
自分はただただ、唸りながら笑い、笑いながら唸った。
ちなみにこの「ムラびん」(もはや略す)、書籍収載分以外で現在(2017年6月中旬)のシーズン3配信までに同番組に登場したAV嬢は、古川いおり、広瀬奈々美、桜井あゆ、上原亜衣、蓮実クレア、北川エリカ、星美りか、神ゆき、高橋しょう子、三上悠亜という面々が並ぶ。
シモネタが時代を映す鏡であれば、「ムラびん」は鏡の国であり、ハマりこむと、ルイス・キャロルのアリスのように異世界をしばし彷徨うことになる。だが、そこで遭遇するワンダーな笑いの鏡反射が、手の平に収めてつかむことは叶わない時代の突端のようなものを照らし出すように思う。きれいごとばかりではないが。
「被害者ブラ」という言葉のセンス
時代の前線でAV嬢が「たくましく」生きる一方、40代中年の男達が成熟と未熟の間で半熟にとどまりながら、バカバカしい笑いを繰り出していたのが、6月3日に下北沢OFF・OFFシアターで観劇した「フロム・ニューヨーク」の公演だった。
来週の水曜日から日曜日までやります、フロム・ニューヨーク「そろそろセカンドバッグ」@下北沢OFFOFFシアター。予定上演時間は1時間30分くらいです(今のところ)、よろしくお願いします!https://t.co/aQl8lFpaqk pic.twitter.com/sK3YUkKDID
- フロム・ニューヨーク (@fromtennewyork) 2017年5月22日
フロム・ニューヨークは、劇作家でもあるブルー&スカイと、市川訓睦、中村たかしによる2008年に結成されたコント系演劇ユニットだ。私見を含むが、人間的にダメとしか言いようのない中年演劇人3人が、ダメな会話から繰り出すダメな生き様で笑わせる、ダメ男版「やっぱり猫が好き」のような舞台である。しかも、ダメ男の思考回路を忠実に活かしたネタ作りをしているからなのか、シモネタがちょくちょく顔を出す。
今回、劇場での第3回公演となった「そろそろセカンドバッグ」は、5本のオムニバスコント形式だった。そのうちのひとつ「お見舞い」で、妙な言葉に出逢い、頭にこびりついてしまった。
コントの設定は以下・・・、いつもの3人がドライブへ出掛け、その道中、後部座席からふざけて運転手を目隠ししたせいで追突事故を起こしてしまう。追突された車に乗っていた女子大生はケガを負い入院。3人は病院へお見舞に訪れるが、3人合わせたお見舞い金が1500円だった。
やがて市川が代表で、女子大生の病室を訪ねるが、「帰ってよ!」と怒声が響く。戻ってきた市川は頭にブラジャーを乗せていた。なぜブラを頭に乗せているのか尋ねると、「すげえキレてきて、つけてるブラを外して投げつけてきた」という。それに対し・・・、
<2017年6月3日 フロム・ニューヨーク TOKYO公演2017「そろそろセカンドバッグ」~お見舞い~より>
たかし「こんな使用済みのもん投げつけてきてさ、それって、人としてどうなのよ」
使用済みか、そうでないか、というまさかの逆ギレが飛び出す。たかしは、口ではそう言いながらも、靴の中に隠していた5千円をおもむろに取り出して、それと引き換えにそのブラを自分のセカンドバッグにしまおうとする。市川とブルーが唖然となり・・・、
<同上より>
市川「たかし何やってんだよ!5千円でブラを買い取ろうとしてんの?」
たかし「ちがうちがう」
市川「サイテーじゃん! おれたちがケガさせた被害者ブラを買い取るのかよ!」
ブルー「ああそうだ、被害者ブラに対して失礼だ」
「被害者ブラ」・・・この言葉に撃ち抜かれた。「被害者のブラ」ではなく「被害者ブラ」である。この略語は聞いたことがない。初耳だ。
「被害者のブラ」から「の」という助詞が消え、「被害者ブラ」というひとつの名詞に変化しているが、「被害者ブラ」は「ワイヤレスブラ」のような普及した名詞とは並び立たない。「被害者/ブラ」の接着が不安定で荒れているのだ。比べて「ジェット潮」は、「ジェット/潮」の接着に荒れがない。形容詞と名詞のシンプルな結合だからだ。
「被害者」の女子大生が怒って、つけていたのを外して投げつけてきた「ブラ」。確かに「被害者ブラ」なのだけれど、この言葉が内包する「不謹慎」の匂い、「妄想エロ」の匂い、それらが混ざって「笑ってはいけない笑い」が匂い立ち、その匂いに容赦なく笑感帯を刺激され、こらえ切れずに笑ってしまう。
気づくと思い出す言葉になっている。「だから何なんだ被害者ブラって、何なんだ何なんだ・・・」と。
そこに、手の平に収めてつかむことは叶わない時代の突端のようなもの、があるのかないのか、よくわからないままだが。