「聴く」から「体感」の時代に 二極化する音楽市場 - 渡邉裕二
※この記事は2017年06月13日にBLOGOSで公開されたものです
音楽市場が二極化し始めている。レコード産業を見るとCDセールスは低迷し続けている。さらに日本音楽著作権協会(JASRAC)の徴取を巡ってはトラブルまで巻き起こっている。だが、その一方でライブ・エンターテインメントは年々増大し続けているのだ。
ぴあ総研の調査によると、音楽ライブ市場は2000年の統計開始以来伸び続け、15年は3405億円にも達したと言う。この数字は前年度を25%も上回るもので、関係者は「8年連続で市場規模が拡大している」。CDセールスが99年以降、その売上げ規模が半減していることを考えると真逆の現象である。
それだけに問題も発生している。首都圏に限ってみると会場(ホール)不足が深刻となっている他、チケットの高額転売など社会問題化しつつあり、先ごろは石破茂・衆議院議員を会長に据えた国会議員による「ライブ・エンターテインメント議員連盟」まで発足している。
ポップスやアイドル系のライブやフェス形式の音楽イベントも増加し、声優らによるアニメソングのライブも市場を拡大している。今や音楽市場は「聴くだけ」のものから「体感する」方向へと急速に変化しつつあるのだ。
「DIR EN GREY×PIERROT」対立バンドが歴史的ジョイントライブ
そういった中で、筆者が注目したのがビジュアル系ロックのDIR EN GREY(ディルアングレイ)とPIERROT(ピエロ)のジョイント・コンサートである。「ANDROGYNOS」と題して7月7、8日の両夜、神奈川の横浜アリーナで行われる。もっとも、注目しているとは言うものの、ビジュアル系のバンドやライブに詳しいと言うわけではない。単に、エンターテインメントとしてのライブに興味を抱いているといった方が適切かもしれない。とにかく「なるほど…」と思うことが多いのである。
まず簡単に説明しておくと、ファンの間でDIR EN GREYとPIERROTというのは〝二大宗教戦争〟と言われるほど対立していたバンド同士だった。それが、今回のライブでは「交わる事の無かった2バンド、交わる事の無かった2つの物体、ここに破壊的融合」とアピールしているのだ。
ある女性ファンは「敵対していたバンド、ファンも真っ二つに分かれ競い合ってきた。まさか同じステージに立つなんて想像もしていなかった」と驚愕する。ネット内では「ベジータと悟空がフュージョンするようなもの」と妙な例えをする声もあった。噂ではあるが、ライブ開催が発表されて以来、水面下では〝レジェンド・ファン〟の間で再び対立が激化し始めているなどという。
DIR EN GREY
DIR EN GREYは今年、結成20年目を迎える。「世の中の矛盾や人のエゴから発生するあらゆる痛みを世に伝える」ことをコンセプトに結成した5人組である。インディーズ時代からライブ中心の活動を続け、ビジュアル系ロックの雄として圧倒的な人気を誇って来た。特に11年の東日本大震災以降は「日本の背負った痛みを全身で表現している」と評価する声も多く、注目度も高まっているという。また、昨今はBABYMETALやONE OK ROCKの全米進出が話題になっているが、彼らは10年前から活動の範囲を世界に広げ、アジアはもちろん全米やヨーロッパなどでも活動を展開している。米音楽誌「ビルボード」には「異色の日本人ロック・グループ」として異例の大特集もされ、英国の老舗ロック誌「KERRANG!」でも表紙にボーカルの京が日本人アーティストとして初めて登場し大きな話題を呼んだりもした。
PIERROT
一方のPIERROT。メンバーはボーカルのキリトと中心にアイジ、潤、KOHTA、TAKEOで結成された5人組。98年にメジャーデビューしたが、06年に突如、解散を発表、事情も釈明もないままファンの前から姿を消していた。そういった意味では〝伝説化〟した部分があった。が、しかし、3年前の14年に突然、さいたまスーパーアリーナでライブを敢行しファンを熱狂させた。では〝二大宗教戦争〟とは何か?彼らを知る音楽関係者は言う。
「ビジュアル系のバンドが全盛期だった95年後半から00年代前半にかけて〝二大カリスマ〟として人気を集めたのが彼らなんです。特に、東京・原宿の神宮橋には、双方のファンが詰めかけ、思い思いのコスチュームで競い合っていた。しかし、その競い合いは、いつの間にか〝2つの宗教(バンド)の信者(ファン)による抗争〟と言われるようになった。ファンの間では〝神宮橋の宗教戦争〟として、今でも語り継がれているようです」。
もちろん当時は、現在のようにSNSも普及していない。彼らにとって仲間づくりや情報交換の場所が「神宮橋」だったわけだ。いわばファン同士のコミュニケーションの場所だった。
今回のライブが発表された時、Google Mapsを検索して驚いたことがあった。何と「神宮橋」に彼らの楽曲「アクロの丘」(DIR EN GREY)と「メギドの丘」(PIRROT)というタイトルが地名として現れたのである(現在は消去されている)。ファンによると「丘」というのは「待つ」という意味らしい。両曲タイトルがMapsにどういった経緯で現れるようになったのかは不明だが、これもサプライズの一つと考えるしかない。
これは余談になるが、こういった盛り上がりにテレビ東京も「歴史的ビッグプロジェクト PIERROT×DIR EN GREY 開催直前スペシャル」と題した緊急スペシャル番組を13日深夜に放送することになったと言う。「メモリアルなタイミングに合わせた。貴重なライブ映像などを使って、ファンのリクエストに応えていく。昨年は、音楽で大きなヒットや話題がなかったので、ビジュアル系ロックから音楽シーンに衝撃を与えたい」(関係者)と意気込む。
テレビ東京は先ごろ、プライムタイムで視聴率が日本テレビ、TBSに続いて3位にランクされた。これは開局以来初めての出来事だと言う。同局は昨秋、神谷町から六本木の新高層ビルに本社を移転した。「本社を移転し、視聴率も好調だけあって、最近はタイムリーで大胆な企画を編成するようになった」と評する放送関係者もいた。
いずれにして従来型の音楽市場はレコード産業とライブが常に一体化していた部分があった。が、それも、もはや過去のものとなろとしているのかもしれない。
さらなる「LIVE」時代の高みへ
時代の流れの中でCDは単なるプロモーション・ツールの商品となり、アーティストにとってはライブ・エンターテインメントが主流になっていくことは間違いない。CDセールスは低迷してもドームやアリーナ・クラスでの大規模ライブ、音楽イベントは益々増えていくことは明らかだ。もっとも、それさえも既に変革期に来ているのが現実であろう。
ニーズの高まり多様化で、ライブ・エンターテインメントの市場もますます「選ぶ時代」「選ばれる時代」になっていくことは間違いない。つまり、ファンにとって、いかにドラマ性があり刺激的なもの、ワクワクするようなエンターテインメント性溢れたライブを〝体感〟させるクオリティーが重視されるようになってくるはずである。
PIERROTとDIR EN GREYのジョイント・ライブは、そういった部分であらゆる趣向を凝らし、至る所でファンの欲求に応えようと試みている。つまりファンのモチベーションを高めるために、エンターテインメント性溢れた工夫をしているのだ。 その一つが会場内での客席配置にもなっている。
ステージは「危険地帯」とし、ステージの最前列を「前線基地」、さらに、その周囲は「緩衝地帯」、そしてセンター席の後方を「中立地帯」、スタンド席を「非武装地帯」と細かく分けているのである。それだけではない。座席内では両バンドの曲目を使用していくと言う。
ステージだけではなく会場内の配置にも趣向を凝らしステージとファンが一体化するような細心の工夫をしている。今後のライブ・エンターテインメントを考える上で、何らかのモデル・ケースになるのかもしれない。