企業と就活生の間に産まれた、圧倒的上下関係について - 赤木智弘
※この記事は2017年05月28日にBLOGOSで公開されたものです
愛知県で、就職活動中の女子大生に、企業説明会会場付近で、企業の担当者であるかのように装って声をかけ、睡眠薬入りのコーヒーを飲ませて朦朧とさせた上で、約10時間にわたって女子大生を車内に監禁。体を触るなどしたという容疑で、48歳の男が逮捕されるという事件があった。(*1)
今回は実在の企業を偽ったが、では実際に企業の担当者が内定を餌に就活学生に肉体関係などを迫ったとしたら……本当にそんなことがないといい切れるだろうか?
実際、本当かどうかは分からないが、一部週刊誌などが、そうしたことがあったと報じている記事もある。この記事では別段企業を批判するつもりはないので、記事へのリンクは伏せるが、就職という状況において人事の担当者と就活学生の間には圧倒的な上下関係が生まれる。その関係性を人が悪用しないという性善説側に僕は立つ気はない。
就職活動中の学生にとって、内定の切符がほしいのは当たり前である。いくら売り手市場になったと言われても、一部の上位大学の学生ならまだしも、多くの学生は就職先を見つけるのに苦労しているのが実情だろう。
就活というのは、決して学生が生活を潤すためのバイトをするのとはわけが違い、その人の一生を決めかねない一大イベントである。だからこそ就職というネタは、犯罪を試みるものにとっても格好の「餌」となる。
だからその餌を利用する犯罪者は悪……という話ではなく、そもそも就職程度がその人の一生を決める一大イベントだという現状がおかしいのである。犯罪者たちはそのおかしな現状を利己的に利用しているだけのことだ。
昨年あたりから、景気が上向いたのか、かつてのボリューム層が定年になり、社員の数が減ったのか、就職氷河期世代を採用せず、40代前後の人数が少なく、即戦力をたくさん雇い入れる必要性ができたのか、いずれにせよ就職市場は人手不足の売り手市場であると言われている。
しかしながら、その売り手市場で求められる人材は「大学を卒業したばかりの優秀な若者」である。いくら人手不足と言っても、就職氷河期で苦労して、フリーターとして働き懸命に糊口をしのいで来た人達には就職口はない。就職氷河期から下の世代は、就職氷河期を反面教師にして、意地でも企業に入れ、絶対に正社員になれ、フリーターは悪であると教えられて生きてきた。
そうした中で、企業は大学を出たばかりの学生たちにとっては自分を生かしてくれる絶対的な存在になってしまった。だからこそ、このような怪しげな人間の差し出したコーヒーを飲み、車に乗ってしまうのである。目の前の人の機嫌を損ねれば、自分の就職が不利になるかもしれない。そうした企業と就活生の間に生まれる圧倒的な上下関係が、このような犯罪を可能としたのである。
それはある日、公園で遊んでいたら「お母さんが救急車に運ばれた」と言われ、つい車に乗ってさらわれた子供のようである。企業の存在とは、もはや親の存在と同じ程に重くなってしまった。
しかし、就職とは本来、単なる労働契約である。労働者は個人のそれぞれ目指す目的のために、企業と契約をするのであり、決して企業の加護の下に集うことが、就職の目的ではないはずだ。
だが、就職せざるは人にあらずの日本では、このような犯罪が成立するほどに、仕事を求める人達の地位は低いのだ。
問題は卑劣な犯行そのものではない。こうした卑劣な犯行を可能にしてしまった、日本社会そのものなのである。
*1:採用担当者装って就活中の女子大生に睡眠薬 10時間監禁し体触った男逮捕 名古屋・千種区(東海テレビ)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-00000204-tokaiv-soci