ラジオは成長していた - 吉川圭三
※この記事は2017年05月26日にBLOGOSで公開されたものです
今年、4月フランス・カンヌで行われるMIP・TVに訪れた。これは世界最大のテレビ映像見本市である。世界中のテレビ局・制作会社等が集まりドラマ・ドキュメンタリー・アニメーション・フォーマット(番組の企画や型式)の売買や共同製作等の商談が行われる。私は日本テレビで「世界まる見え!テレビ特捜部」を企画制作し始めた(1990年~)数年後に初めて訪れたから20回近く訪問しているが、今年はパリで一泊し仕事をした後、現地出版社に勤める知人の大野舞氏と食事をした。
「フランス人はテレビ・新聞・インターネットより、ラジオを信頼し愛好しています。ラジオ産業は成長しているのです。」
ラジオと言えば日本ではオールドメディアとされている。聴取率は年々下がりネットによる同時再送信、クラウド利用、ポッドキャスト等の最新技術でその充実を図っているが、下げ幅は止まらない。そこで帰国後、その事が気になり大野さんに調べて頂いた。以下はそのリポートをまとめたものである。
フランス人のラジオ好き
若い人も年配の人もみんな本当によくラジオを聴いている。会社でも好きな番組、有名な番組の話で盛り上がることがあるし、聞きながら爆笑していたりする。そして好きな番組をネットで後から聴くこともできる。先日もちょうど大統領選を皮肉ったコメディアン(ユモリスト)の番組を同僚と聞いて朝から大笑いしたところである。ラジオはエンターテイメントというだけではない。
もっと固い情報、ニュース源としてしっかりと根付いているし、人々の信用は厚い。2015年のシャルリー・エブド襲撃事件のあった日は、オフィス内では皆ラジオにかじりついていた。刻々と変わる状況をいち早く正確に伝えてくれる媒体がラジオだったからだ。インターネット環境さえあればネットでも簡単に聴けるようになっているのも大きなメリットだと言える。もちろん、ポッドキャストへのダウンロードも可能な局が多い。
フランスでもっとも信頼されているメディア=ラジオ
毎年、Kantar Publicというところが、La Croix紙のために、メディアの信用度あいについての調査を行う。1000人強の対象を元に行われる。そこで2017年度、2月に行われた結果。「テレビ、ラジオ、新聞、インターネットなどで聞くニュースについて、どの媒体が最も事実に忠実な報道をしていると思いますか」という質問について、52%がラジオと回答。他の新聞やテレビがそれぞれ44%、41%なのに対し、ラジオは人々が信頼している媒体なことがわかる。さらに、「国内、国際ニュースについてまず最初に情報を得るのはどの媒体からですか」という質問については、これはやはりテレビが最も多く、48%。しかしながらラジオも20%。インターネットは最近になってようやくラジオを上回り、25%という結果。
つまり、ラジオはまだ信頼が厚いメディアであり、多くの人が日々のニュースを知るための手段として重宝していることがわかる。確かに、私の日常生活でもラジオは欠かせない。多くのフランス人が毎朝、会社に行く前はラジオをつけている。友人を家に呼んだ時も、好きなラジオ局に合わせておくとCMも入らず(国営の場合)好きな音楽が流れるので重宝している。
ラジオ局の数
フランスは世界でも最もFMラジオが充実している国で、その種類も多種多様だ。
2014年末の調査では都市部のみで公共・民営含めて実に853局そのうち公共ラジオが7局。別にウェブラジオも175局ある。ラジオという媒体は年々むしろ成長し、リスナー数が増加している。特にフランスの公共ラジオ放送局(Radio France)は注目に値する。Radio France全体では、1日のリスナー数は1450万人に達し、この局の1日の累積リスナーはラジオ全体の26.9%を占める。
収益モデル
国営ラジオの資金源は主に受信料(税)や外務省からの助成金等。民間ラジオは国からの助成金やコマーシャル収入である。
なぜリスナーが増えている?
上記したように、メディアへの信頼度が下がってきている昨今、ラジオはその中でも人々の信頼を最も集めているという結果が出ている。(フランスではネットでの情報があまり信用されていないことの裏返しとも取れる)フランス国立視聴覚研究所によると、ラジオが画像などのイメージによる力に左右されない媒体ということがまず理由としてあげられるという。また、歴史的に、第二次世界大戦のシャルルドゴールの自由フランスに向けた有名な演説もラジオから流れたことや、68年の学生運動の際に活躍した媒体がラジオであったり、と、自由や抵抗の象徴であったことも挙げている。
さらに、運営方法や収益モデルが非常に多様であることも人々の信頼度を上げることにつながっている。そして番組やプログラムの豊富さからどんな人でも自分に合う番組や局を見つけることができるというのも大きな利点の一つ。Radio France局は、ラジオの収録を撮影し、サイトやSNSで放映もしているので、それがシェアされることも多い。ネット時代にもうまく対応できていると言える。
雇用規模
Radio Franceの雇用状況は以下の通り。
職種は140あり、2015年12月時点で4920人が働き、フルオーケストラを持ち、その91%が正規雇用(正社員)である。
プログラム、番組の種類
番組の種類としては主に以下の通り。
1、一般向けラジオ:ニュースやエンターテイメント、音楽など。
2、テーマ別ラジオ:テーマを絞っている局。例えば、BFM (経済ニュースラジオ), Radio Classique (クラシック音楽、金融情報)
3、地域限定ラジオ:狭い範囲内に限られた放送を行う局。音楽など。
4、コミュニティー向けラジオ:社会にあるそれぞれのコミュニティーに向けた放送を行う局。例えば、アラブ系ラジオ局やラテン系ラジオ局、宗教系ラジオ局など。
5、インターナショナルラジオ:フランス国内ニュースを海外向けに発信する局や、海外ラジオ局。
・・・以上が大野氏のリポートである。何かこの報告を読んでいると「フランス人は古いものが好きだから・・・。」と言う理屈だけではラジオ媒体の成長を片付けられないと思う。「信頼性」と「バリエーション」と言う言葉が響いて来る。
ご存じの様にメディアの歴史としては1445年頃のドイツのグーテンベルグの活版印刷技術の発明が「科学・技術の発展」「宗教改革」「啓蒙主義」に多大なる影響を与えたと言われる。さらに19世紀の写真技術の発達も表現や情報技術に大きな変化を与えた。そしてフランスのリュミエール兄弟らによってスクリーンに投射する「映画技術」つまり人類史上初の「動画映像システム」が発展し始める。
さらに電波技術の発展により1920年米国で世界初のラジオ局が誕生。動画ではテレビジョン、ネット動画配信等が発達し、スマートフォーン誕生後、もはや我々はゲーム等も含め「動画」無しには生きられないとも思われた。動画映像が氾濫する現在、視覚・聴覚・触角のうち視覚を遮断して見るのもかえって新しいのではないだろうか?等とも思う。
そして、大野氏によればフランス人はまだ紙の本(活字書籍・コミックを含む)を良く読むと言う。一見とても頑固な国民性にも思えるが、「未来は全て新テクノロジーに乗っ取られるという概念」をこの国を訪れる度に見事に打ち砕かれる。新技術のアプローチの仕方が違うとでも言うのか?
冒頭で触れた1990年代前半。カンヌのMIPTVに初めて訪れた時には「世界中には多種多様なテレビ局・制作プロダクション・番組がある。」と井の中の蛙的衝撃を受けた私であったが、最近は日本テレビの後輩達も多く研修でカンヌを訪れている。このYouTube時代に彼らにその研修がどれ程の効果をあるかは予測できないが、私には今回の大野氏の「フランスのラジオの話」が久々の衝撃であった訳だ。このメディアの世界は広くて深いと今更ながら思う次第である。日本のラジオ関係者には是非、フランスのラジオの研究をしていただきたい。・・・と言ったら大げさであろうか?
(これは5月25日掲載の読売新聞朝刊「アンテナ」欄の筆者の原稿に大幅加筆したものである。)