※この記事は2016年10月06日にBLOGOSで公開されたものです

東京は国際観光都市として確立

 今年も東京の夏は暑かった。そして、都内では、明らかに昨年よりも多くの外国人観光客の姿が見られ、ごった返す駅のなかに異国の空気が混じっていた。居住者とは一見して異なる格好の旅行者がいる典型的な観光地の風景だ。国際観光都市としての東京の確立を見たような夏であった。

 日本政府観光局によれば、この7月の訪日外国人旅行者数は229万人で単月としては過去最高であった。2012年に836万人だった訪日外国人旅行者数を、5年で2000万人にするという政府の目標は、わずか3年の2015年にほぼ達成された。そして、今年2016年4月に政府は、2020年の目標をさらに倍の4000万人にすると発表した。

 訪日外国人旅行者数が取り沙汰される前から、すでにアジアのるつぼと化している新宿。そのグローバルなカオスを凝縮した新宿駅は、いくつもの地下連絡通路が迷路のように絡み合い、そこを怒涛のような人の波が押し寄せ、「新宿ダンジョン」との異名を持つ。都心と郊外の結節点として発展してきた新宿駅は、世界一ビジーな駅として一日平均乗降車数364万人のデータとともに2011年にギネス登録された。

 金曜日の夜に新宿でちょっと一杯やってから帰るとき、電車が少しでも遅れれば大変だ。プラットホームへたどり着く前の階段で、人が列をなし電車を待っている。このまま外国人旅行者が増えることは経済効果を考えれば結構なことだが、そんな光景を眼にすると、それを受けとめるキャパは新宿駅にあるのだろうか、と不安がよぎっても不思議ではない。

 果たして4年後の東京オリンピックでは、新宿駅はパンクしないのだろうか。

コンパクトシティステーション化が進行中

 新宿駅の誕生は今から130年前の1885年にまでさかのぼるが、発展していく郊外を後背地としながら新宿駅は現在の姿にまで発展してきた。そんな新宿駅もコンパクトシティステーション化が目下進行中である。

 2016年春にオープンした新宿駅新南口に直結した二つの施設はそれを印象づけた。商業、文化、福祉、業務施設を持つ超高層ビルの「ミライナタワー」が3月に、線路の上空スペースを利用した高速バスターミナルの「バスタ新宿」が4月にそれぞれスタートした。

 バスタ新宿はそれまで新宿駅周辺に散っていた19カ所のバス乗降場をバスタ新宿の1カ所に集約させる大規模プロジェクトで、それはあたかもこれまでアメーバのように地下通路を駆使して水平に拡張してきた新宿駅拡張の動きから駅前を高度利用して新宿駅の中心へと収縮していく運動の変化の始まりが読み取れる。

 東京オリンピックまでには間に合わないであろうが、新宿駅の西口も東口も大きな駅前再開発がこれから行われるという。

新宿駅の性格を大きく変える「東西自由通路計画」

 訪日外国人旅行者数として今年7月に記録した単月として最高の227万人という数字が、2020年7月に政府が目指す2倍の454万人となったとしよう。これは一ヶ月間の数字であるから31日で割ると約14.6万人/日となる。

 仮に2020年も新宿駅の一日乗降者数が364万人であるとしたら、この14.6万人は364万人に対して約4%である。すべての訪日外国人旅行者が新宿駅を利用するとは考えられない。また、364万人という数字は2007年のものでそれ以来新宿駅の一日乗降者数は減っている。こうした数字を考慮すれば、訪日外国人に新宿駅が呑み込まれてしまうとはとても考えられない。

   実は数字はさておき、現在新宿駅で工事が進行中の「東西自由通路計画」の内容を見ていると、筆者は2020年においても新宿駅のパンクは起こらないのではないか、と考えている。

 この新宿駅の「東西自由通路計画」をご存知であろうか。新宿駅はいつも工事中なので、日々利用している方でもそれほど興味を持ってご覧になっていないかもしれないが、この東西自由通路計画は今後の新宿周辺までを含めて、新宿駅の性格を大きく変えるほどの工事なのである。

 この計画をJR東日本が発表した1年後の2013年9月8日に、2020年東京オリンピックが決まった。当初オリンピックは意識していなかったであろうが、現在は東京オリンピックに向けて工事が進行中である。

この工事の場所から入ろう。うなぎの寝床のように南北に並ぶJR新宿駅のプラットホームには、東西の向きに二本の地下連絡通路がある。それらはJR中央東口と中央西口を結ぶ中央通路、そしてJR東口と西口を結ぶ北通路である。今回大々的にメスが入れられるのが北通路の方である。現在通路内に仮囲いなどが見られ工事の騒音が聞こえる。



 この北通路は一度改札を出てしまうと中に戻れない。これは新宿駅で迷う原因の一つだ。そして地下の東口と西口改札を出ると、その先には人々を悩ます地下迷宮が口を開けて待っている。多くの人は、ここで一度は間違って迷宮入りした経験があるであろう。新宿駅は周辺にとって東西を隔てる大きな壁なのである。詳しくは、上原大介との共著『新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか (SB新書)』をお読みいただきたい。

切符を買わず東西を横断できる地下通路

 この東西自由通路計画のポイントは、①東西自由通路化、②改札内コンコースの新設、③改札内の空間整備の3点である。

 JR東日本がホームページでも掲げているように、この東西自由通路計画は、「新宿駅周辺地域の回遊性向上とお客様の利便性向上を図る」ものだ。回遊性とはすなわち、新宿駅地域を東西に分断していた壁に自由に行き来できる通路を作り、風通しを良くすることである。それを現在の北通路の東口と西口の改札口を取払い実現させるのだ。そして、通路幅も現在の17メートルから25メートルへと拡幅する。これは新宿駅だけでなく東西が一体化される新宿駅周辺地域にとっても大きな変化となるだろう。

 切符がなくても東西に堂々と移動ができるのは結構なことだが、それでは乗り換えなど駅構内利用者の連絡通路はどうするのか。それは図をよく見ると分かる。東西自由通路の左側に駅内コンコースが平行して新設されるのだ。そこには上のプラットホームへ移動するためのエレベーターも新たに並ぶ。そして、その東西自由通路と新しいコンコースの間に改札口が設けられる。つまり、今まで乗り換えをする人々と改札を出入りする人がごっちゃまぜになっていたものを、平行する二つの地下通路で流れを明確に分け、利便性を向上させるものなのである。

 一度東西を間違っても、切符を買わずに引き返すことができるのだ。これは東西を横断する人だけでなく、新宿駅に降りた人々にとっても安心の地下通路となる。

 さらにこれはまだ明言されていないが、中央通路と新しいコンコースの間に緑色の文字で「お客様の流動の改善・利便性向上のための改札内空間整備の検討範囲」と編み掛けされた部分がある。この広い空間に商業や飲食スペースなどが入ることが予想され、これにより新宿駅内のにぎわいの創出が十分に考えられる。

 このように新宿駅のコンパクトシティステーション化は着々と進んでおり、東京オリンンピックの頃にはパンクどころか、現在より改良され、新しい新宿駅が待っている。もちろんこれで「新宿駅ダンジョン」がすべて解決される訳ではないが、将来の新宿駅にとって大きなインパクトを持つテコ入れになることは間違いない。

【図版】「東京 橋と土木展」に出展する新宿駅模型の模型

 最後に、現在筆者の研究室では新宿駅の縮尺1/100の地下通路網を含めた大きな模型を制作中であるのだが、これを以下の展覧会に出展する予定である。この模型を見ればここで書いた東西自由通路計画の意義も視覚的に理解いただけることであろう。無料でもあるのでぜひ足を運んでいただければと思う。

「東京 橋と土木展」
期間:11月21日(月)~24日(木)
場所: 新宿駅西口広場イベントコーナー

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田村圭介(たむらけいすけ)
一級建築士。昭和女子大学生活科学部環境デザイン学科准教授。
1970年東京生まれ。95年早稲田大学大学院理工学研究科建設工学(建築)修了。98年ベルラーヘ・インスティチュート・アムステルダム修了。98~99年UN Studio勤務。99~2002年FOAジャパン勤務時に横浜港大さん橋国際客船ターミナル(02年)の設計・監理を担当した。著書に『迷い迷って渋谷駅』(光文社)、『東京駅「100年のナゾ」を歩く』(中公新書ラクレ)。
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