若者に政治コンテンツを届ける難しさ~18歳選挙権を取材した記者たちが見たもの - BLOGOS編集部
※この記事は2016年08月30日にBLOGOSで公開されたものです
7月の参院選では、新有権者となった18、19歳の投票率は45.45%(総務省推計)と、従来の20代の投票率を大きく上回った。この数字の背景には、多くのマスコミや政治家が「18歳選挙権」に言及したことで、広く注目されたことがあると言えるのではないだろうか。
今後も若者たちの政治や投票への関心を維持し続けるためには何が必要なのか。そのヒントを探るべく、全国の高校へ出向いて政治に関する授業を行ってきた原田謙介氏と、1年以上にわたって若者と政治を取材してきた2人の新聞記者による鼎談を実施した。
原田謙介(司会):NPO法人YouthCreate代表理事
松下秀雄:朝日新聞編集委員(政治担当)
小松夏樹:読売新聞編集委員(教育部)
■若者に政治コンテンツを届ける難しさ
松下:私は1989年に朝日新聞に入社し、政治部記者として、政党や官邸、省庁の取材を担当してきました。その中で感じていたのは、永田町や霞が関の動きを取材するだけでは政治はわからない、そこに伝わりにくい沖縄や女性や若者たちの声を見落としてしまうということです。そこで以前から「政治断簡」というコラムで沖縄や女性や若者たちの問題を意識的に取り上げてきました。一方、今回の参院選では「読者と一緒に考える場にしよう」というコンセプトで作っている「フォーラム面」で、若者と一緒に政治を考える企画が立ち上がり、私もそこに参加しました。
小松:私も1989年に読売新聞に入社し、以来28年間、社会部を中心に記者としてやってきました。現在は教育部の所属です。
松下:同期ですね(笑)
小松:そうですね(笑)。私は昨年の春ごろから、主権者教育や18歳選挙権について社内で一体的な報道をすべく、部署間の取りまとめをしながら自分でも取材をしてきました。
原田:具体的には、どのような取材・企画を進めてきたのでしょうか。
松下:参院選に際して、新聞の読者には18、19歳が少ないという問題点もあり、まずどうやったら一緒に考える場を作れるのかが課題になりました。そこで、「Voice1819」というサイトを立ち上げました。
難しかったのは、自分から声を上げてくれない人たちにどうやってアプローチしていくか、という点です。ネットのインフルエンサー、アイドルや芸人さんといった、影響力のある方にも、ツイキャスやPeriscopeで中継するトークセッションにご出演いただいたりして、そうした人たちと接点を作れないか試みました。
「Voice1819」で心がけたのは、政治を身近に感じていただくことです。そのための工夫の一つが、高校生発案の写真コンテストです。「身近な風景も、実は政治と関わりがあるんじゃないの」という視点で写真を撮り、投稿していただきました。私自身は「Voice1819」に載せるコラムの執筆を担当しましたが、それも政治を身近に感じ、我がこととして考えるきっかけになればと思って書きました。
小松:取材としてはまず高校や大学の現場に入り、先生方やNPO、専門家の方々がどのように主権者教育に取り組もうとしているのか、学校の定点観測もしながら探ってみました。高校の定点観測は、東京だけでなく、大阪・福岡でも毎日のように学校に記者が行って取材しています。
20歳の投票率が非常に低い理由の一つは、学校で全くと言っていいほど現実の政治を取り上げてこなかったからではないかと考えました。新聞社として何か役に立てばとも考えたので、取材をするだけでなく、我々が授業をさせてもらおうというプランを発案し、授業では新聞記事を教材にしようとしました。でも、新聞記事自体、そのまま教材にするには難しいということに気が付きました(笑)。できるだけ多くの人に理解してもらえるように記事を作っているつもりなのに、高校生には結構「わからない」と言われてしまうのですね。それは記者として、一番恥ずかしい。今の政治についてイチからよく分かる、授業でも使ってもらえるような教材化を前提とした記事を9月から教育面に掲載しました。偉そうにしない、でも媚びない、というイメージで。
新聞記者って、ともすると偉そうに見えるらしいです。政治の話なんかを私の娘、19歳位の時にすると、「偉そうだ」と言われてしまうんです(笑)
原田:どこまで目線も合わせれば良いのか、政治家も悩んでいますよね。かといって、媚び過ぎるのも良くないと思っています。僕も授業では「そうだよね、忘れちゃったよね」「知らなくて当然だよ」ではなく、「習ったはずでしょ?復習して下さい」とあえて言ってみることもあります。
松下:新聞って、ちょっと難しい言葉を使ってしまったり、プロの世界でのみ通じるようなことを書いたりしがちですよね。私も「朝日小学生新聞」に記事を書くことがあるのですが、そのためにむしろ勉強し直して、こっちの方がわかりやすい記事だなと思ったりしますから(笑)
これまでの新聞は、読者にある程度の知識があるという前提で書いていた部分があると思います。自分自身を振り返ると、永田町の人、霞が関の人に読まれることを意識して正確さにこだわりすぎたり、専門用語を使うと「プロになれた」ような気がしてうれしくなったりして、内輪に向けた記事を書いていなかったか。18歳だけでなく、一般の大人の方にもわかるような言葉で書いていたか、という反省があります。
また、一つの紙面にたくさんのニュースを詰め込もうとする余り、わかりにくくなっている面もあります。「一昨日の記事で伝えたよ」という前提で説明を省くと、それを読んでいない読者が付いて来ることができない。どれほどの量のニュースを提供し、どこまでていねいに説明するかは、とても難しい問題です。ウェブと連携し、そちらでよりていねいに説明するという方法もあると思います。
小松:私も非常に苦労しました。高校生の教科書に載っていることは省いていいかな、というと、それではダメなんです。例えば「合計特殊出生率」などの用語は、毎回必ず分かりやすく意味を説明するとか。一方で、情報を100%提供するよりも、自分で調べたい、掘り下げたいと思ってもらえるような記事になれば、という気持ちで作っていた部分はあります。
■取材の現場で感じたこと
原田:取材の過程では、どんな発見や誤算がありましたか?
小松:社会的には、「ゆとり世代だよね」とか、全然違うんですが、そんな偏見があるんですね。でも実際に授業の中で感じたのは、調べてまとめたことをプレゼンする能力が、ほかの世代に比べても凄く高いということです。
松下:同感です。高校生たちと話をする中で、「大人になるということと、年をとることは決して同義ではない」「自分は年を取っているけれど、この子たちの方が僕より大人だな」と、感動したことが結構ありました。
ある16歳の生徒は、政治を語ることの難しさについて教えてくれました。つまり、語り始めると対立が生まれる。だから自分たちの中で対立を作らないために、語らないようにしてしまうのだと。どうしても語りたければ、別アカウントを作って、知られないようにしなければいけない、そんな閉塞感があると。他にも、ある18歳の若者は、そういう社会のあり方について考えていて、丸山眞男ファンになったと言うんです(笑)。
原田:僕も授業をするときに、一人の高校生として、自分の意見を出してもらうのは難しいと感じています。そこで、例えば高齢者の役になりきってもらうと、すらすらと話をしてくれることがあります。
小松:読売新聞が実施したアンケートでは、我々が思っているよりもコンサバティブというか、現状に対してマイナスだという認識はあまりないようです。不満を持ったり、何か権利が侵害されたりというような実感がなければ、そもそも主権者としての意識も醸成されないのかもしれない。だから、学んでいく中で何か問題意識を持つと動き出してくれるのかな、という気がしました。
松下:おじさんは「若者は無関心だ」とレッテルを張りがちだけれども、無関心というよりも、関心を表現しても仕方がないと諦めている人も多いのではないでしょうか。たとえばある生徒は、「ヘアゴムは黒か紺じゃないとダメ」という校則を変えて、茶色も認めてもらおうと働きかけたけれど、先生たちに却下された。「内申書を握られているから、先生方と最後までは戦えなかった」と言っていました。
結局、教師と生徒には権力関係があるので、生徒は自由に表現しにくい。「喋っても大丈夫だね」という安全な空間を作れるかどうかが鍵だと思いました。人と違う意見を言えることが、政治や民主主義の基礎なのに、日本ではそういう環境が自然に生まれにくいと思います。特に、若い人が発言するのは難しい。町内会のレベルでも、意思決定はおじさん、おじいさんが担っていますから。
原田:そもそも職員会議がそうなってないんじゃないか、ということを高校生は敏感に感じていますよね(笑)
松下:大人も、意見をいいにくい環境の中で育っているので。私も「"若者は喋らない"というけれど、じゃあ大人は喋っているんですか?」と問い返されました。
小松:授業でも、現実の政治について取り上げることを本当にやってこなかったんだなと痛感しました。一方で、先生方にも、「政治・経済」や「現代社会」の授業をしっかりやってきたのに今更なんだという意識もあって、なかなか踏み込めない。ただ、学校に外部が入ることで、変えられるのではないかと気付きました。
生徒と教師であれば、明白な権力関係がありますが、外部の人間なら、何を言っても内申には響かない。私の話も、面白かったら聞いてくれるけど、面白くなかったら聞いてくれませんから(笑)。そこである種のイーブンな関係が生まれてくる、そういう感覚がありました。
原田:文科省の調査によれば、昨年高校3年生向けに主権者教育を行ったという学校は95%に達していますが、現実の政治について取り上げたというのは2割程度です。主権者教育といいつつも、選挙のルールだけになっていることを危惧しています。
小松:私達マスコミも、高校生にばかり注目しすぎたかもしれません。高校を卒業し、就職した方、進学した方、様々なパターンがあり、補足しにくい状況もありましたが、住民票の問題など、制度面の課題もたくさんあったと思います。
■新聞紙面にだけ篭っていてもだめ
原田:若者に焦点を当てた記事ではあるけれどはいるけれど、新聞を読まない彼らに届いていないというのも課題ですよね。また、上の世代に若者のことを知ってもらう必要もあったと思います。
松下:我々自身が"おじさん新聞"を作ってちゃだめだと感じています。どうしても高齢の読者が多いのですが、高齢者向けの記事を書いていても、持続可能性がない。朝日新聞では、新聞紙面にだけ篭っていてもだめだよねということで、SNSのように若者が親しみやすいメディアを同時に使って議論を進めていく。それを紙面に還元してみるということにも挑戦しています。また、若い世代の問題意識を反映させようと、「アンダー35」による紙面づくりも試みています。ただ、18歳からすれば35歳でも「おっさん」と言われますからね(笑)。取材の手法、我々の意思決定の在り方も含めて、自分達自身が常に問い直しをしていかないと、若い人たちに響くものも作れないと思いましたし、そういうことに挑戦しようとすると、様々な難しさ、私たちの未熟さがあることに改めて気付かされます。
それでも、私はこの社会の意思決定権を若者に降ろしていかなければいけないと思っています。そのためにも、メディア自身が変わっていく必要があります。
小松:これはうちの新聞がどう、ということでなく、若い人にはどこの新聞でもいいので「読んでもらいたい」という思いは業界の共通意識としてあると思うんです。18歳選挙権の特集では、授業で使いやすいように紙面のレイアウトも工夫をしました。
■どれだけ熱量を持ち続けられるか
原田:今回は18歳選挙権という大きなテーマがありましたが、今後もマスメディアは若者と政治について同じくらいの労力を割けるでしょうか。
松下:これまで社会全体が、若い人たちに目を向けていなかったのではないかと思っています。今回、ようやく彼らにとって切実な課題である奨学金や、被選挙権年齢に光が当たりはじめ、政治の側もマニフェストに入れました。これらの公約をほったらかしにさせないように、我々もチェックをしていかなければいけません。政治や新聞を作る我々が組織としても、心の面でも若返る必要があります。
小松:総務省の抽出調査結果を見ると、今回の18歳の投票率は高かったと言えると思います。やはり高校生や大学生に注目が集まりましたし、社会からの働きかけが奏功したのでしょう。ただ、これで満足してはいけません。マスメディアの注目度はこれから普通になっていくはずですから、主権者教育に関わる人達がどれだけ熱量を持ち続けられるかが重要です。
取材でノーベル賞受賞者など、非常に忙しい著名な方々も、18歳に向けてお話して下さいとお願いすると、ほぼ必ず応じてくれます。そのくらい皆さんが若者に期待と危機感をお持ちだと思うので、我々も地道に現実の課題を一緒に考えたいですね。個人的には、もっと若者を冷静に怒らせたいなと(笑)。奨学金も年金もそうですが、この先20年、30年後に起きていくことは予想できるわけですから。
松下:これからますます若者の「受難の時代」になっていくと思うんです。ヨーロッパで主権者教育が進んだ理由は、若者がしんどい時代だと気づいたことが一つの大きな背景だったと思います。身近なことについて自分で意見を言える、自分で決められる社会になればいいな、そのための手助けができればいいな、と思っています。