※この記事は2016年07月29日にBLOGOSで公開されたものです

立花孝志候補のYouTubeチャンネルより

今回の東京都知事選において、後藤輝樹氏のNHKで放送された政見放送は音声が大部分がカットされ、大きな話題を呼びました。自身のブログによると、性器の名称といったわいせつな言葉を連呼したためですが(後藤輝樹様のオフィシャルブログ「憲法違反でNHKを訴える予定です。」)、今回のこのような政見放送のカットはどのような法的な根拠があり、過去の事例があるのかということを紹介します。

■どのような場合にカットされるのか

政見放送というと、過激なことをしている人も多いため、何をしてもよいというイメージがありますが、政見放送の品位の保持を目的として、政見放送でしてはいけないことが公職選挙法 百五十条の二に記されています。
(政見放送における品位の保持)
第百五十条の二  公職の候補者、候補者届出政党、衆議院名簿届出政党等及び参議院名簿届出政党等は、その責任を自覚し、前条第一項又は第三項に規定する放送(以下「政見放送」という。)をするに当たつては、他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない。
これによると、他人や政治団体の名誉を傷つけること、善良な風俗を害すること、特定商品の広告などの政治活動とは関係のない宣伝行為をしてはいけないと決まっていますが、百五十条の二はきっちりとした明確な基準があるわけではなく、非常にあいまいなものになっています。また、他人の名誉を傷つけることや善良な風俗とはいっても、人それぞれの基準があり、言論の自由にも関係することから、公職選挙法 百五十条の二の適用は極めて慎重に行われるべきものとされています(例えば、他の政治家の批判を他人の名誉を傷つけると理由づけてカットするような事はあってはならないわけです)。

ここで過去の政見放送で公職選挙法 百五十条の二に当てはまる可能性がありそうな例をいくつか紹介しましょう。例えば、ロッキード事件が話題になっていた時期に政見放送で田中角栄を殺したいと言った候補者がいましたが、これはカットされることなく放送されています。また、今回の後藤輝樹氏のカットの理由と思われる「善良な風俗を害し」というケースに当てはまる可能性のあるものですが、後藤輝樹氏のようにひたすら性器の俗称を連呼したわけではないものの、男性器の俗称を政見放送で言った候補者もおり、こちらもカットされずに放送されています。

しかし、今回の後藤輝樹氏の政見放送より前にこの百五十条の二が適用され、候補者に無断でカットされた事例が1例だけあるのです。

■過去にあったその1例とは

この政見放送カットの初の事例になった候補者は東郷健氏という人物です。東郷健氏は自身が同性愛者であることから、同性愛者への差別問題を中心に障害者などの様々な差別問題や表現の自由を巡り、過激な方法で政治活動をしていました。東郷健氏は政治活動の一環として、1970-90年代に国政、地方を問わず、様々な選挙に立候補しており、前述した公職選挙法 百五十条の二に当てはまる可能性があった例として挙げた、男性器の俗称を政見放送で言ったのもこの東郷健氏であったりします。なお、後藤輝樹氏もこの東郷健氏の事例を自身のブログで述べており、今回の政見放送に関して参考にしたことは間違いが無いと思われます(後藤輝樹様のオフィシャルブログ「憲法違反でNHKを訴える予定です。」)。

東郷健氏は1983年の参議院選において、雑民党という自身が代表を務めるミニ政党の政見放送で障害者問題などを訴えました。この際に障害者のコンサートのチケットを売っていた経験を話し、人から「めかんち、ちんばの切符なんか、だれも買うかいな」と言われたことを政見放送で述べました。

政見放送を収録したNHKはこの発言を問題視し、当時選挙を管轄していた自治省に見解を照会して、公職選挙法 百五十条の二を適用し、東郷健氏に無断で音声をカットして放送しました。この件に関しては差別用語の使用が問題視されていたわけではなく、この時の政見放送では「めかんちやちんばのある身障者とかそういう差別されている人たちと手をつなぎたい」という発言はカットされずに放送されました。このことから、たとえ他人の引用であっても、聞き手に侮蔑感を与える可能性が高いということをカットの理由にしていたと思われます。

東郷健氏はこの政見放送のカットは公職選挙法違反であるとして裁判を起こしましたが、結果として最高裁までもつれ込み、東郷健氏は敗訴しました。しかし、この裁判を巡ってはどのような事情があるにせよ、政見放送は勝手に編集してはいけないという見解も法曹界から多数出るなど、大きな議論を呼び、この「政見放送削除事件」は現在でも極めて重要な判例となっています。

■今後予想される展開は

後藤輝樹氏は今回の政見放送は表現の自由をテーマにし、カットされた場合は訴訟をするという話を自身のブログでしていたものの(後藤輝樹様のオフィシャルブログ「憲法違反でNHKを訴える予定です。」)、資金が無く、余力が無いことなどを理由に現在は訴訟をする気はなくなってきた旨を述べています(援助者がいれば最高裁まで戦いたいようです)(後藤輝樹様のオフィシャルブログ「後藤輝樹のポコチンの時間です。」)。もし、裁判になった場合はこのカットが適切であるか否かは最終的に司法が結論を出す事になります。この場合は前回の東郷健氏の政見放送削除事件のようにカットの根拠は何なのか、カットは適切なものであったのかということの議論が行われ、あいまいで明確な基準が無い公職選挙法百五十条の二の解釈をめぐって、法曹界を巻き込んだ大きな話題になることは間違いが無かったと思われます。

ただ、今回、裁判をしない旨を後藤輝樹氏はブログで表明しています。従って、今回の政見放送のカットは後藤輝樹氏も不満が無いという形にはなるため、わいせつな言葉をひたすら連呼すると政見放送がカットされるという前例のみが残る事になります。このため、今回のようにわいせつな言葉をひたすら連呼するという政見放送がまたあった場合は同様にカットされる可能性は極めて大きいものとなります。また、東郷健氏が男性器の俗称を述べて、そのまま放送された前例があるものの、今回の後藤輝樹氏の場合と東郷健氏の場合の基準が明確にされていないため、今後は政見放送で連呼せずとも、わいせつな単語を使用した場合にカットされる可能性もあります。

前述したように公職選挙法 百五十条の二は非常にあいまいな条文で、その判断基準は基本的に政見放送を流す放送事業者と法解釈の照会を受ける可能性のある政府にゆだねられている状態です。そのため、今後、放送事業者が問題視して、政見放送をカットするという事態が生じても、それが公職選挙法 百五十条の二に従った適切なものであるかは司法が判断するものであり、また政見放送のカットが生じた場合はそれが適切なものであったかの議論が必ずや起こるものと思われます。

■プロフィール

Actin
インディーズ候補(大組織の支援のない立候補者)などの少し変わった選挙・政治ネタが好きな人物。
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