知性の『AKB48』化が止まらない - 吉川圭三

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※この記事は2016年06月30日にBLOGOSで公開されたものです

あまり人様を誹謗中傷するつもりもないし、世の中、玉石混合だと思うしかない訳だが、あるネット上の記事を見てちょっとモノ申したくなった。

「日本はイケてないっていう現実を突きつけられた。」椎木里佳が18歳に伝えたいこと。

という記事である。

功なり名を遂げた人物や辛難刻苦を潜り抜けて来た苦労人や日本を代表する知性や天才的人物の「言い切り」ならわかるけど、まだ未成熟な女子高生や女子大生を「社長」だからと言って持ち上げ、売り物、出し物、タレント化している一部の日本の出版文化とテレビ・ネットメディアがよくわからんのである。

私は、日本は「イケている」部分もあるし「イケていない」部分があるし、「頑張っている人」もいるし「頑張っていない人もいる」というのが「正しい解」だと思うのである。

また、この記事の「イケている状態」と言うのは単純に経済成長の事を指すのか、「クールジャパン」の成否を指すのか良くわからないのである。

椎木里佳さんにはもっと訪ねるべき国があるし、出会うべき人物がいるし、体験すべきことがあるし、読むべき本や古典がある。また、日本にも訪ねるべき人物や、土地があると思う。人を率いて行こうと言うのならばなおさらである。

この4月に私がパリに行ったときには現地のアニメエージェントに『フランスとイギリスでは「ジブリ作品」と「北野武作品」は別格なんです。』と言われた。

北京では『黒澤明映画と日本のサブカルチャーは一部強烈な支持を得ています。映画リメイクなどビジネスになるかどうかは日本人次弟です。』と言われた。

2月に行ったLAでは『アメリカのVFX(ヴィジュアル・エフェクツ)の一流監督は東宝特撮映画他日本の特殊技術や黄金期の日本アニメを研究していますよ。』と現地映画関係者に告げられた。シンガポールの街を歩いてコンベンションに出ただけではわからない事実がある。

古い話になるがフジテレビが33年前「オールナイトフジ」で女子大生タレントを大量に出現させた時、世界のエンターテイメント業界を知り尽くした日本テレビの伝説のテレビ屋・井原高忠氏が

「テレビのカラオケ化が始まりましたね。これは訓練や才能があるプロでなくてもアマチュアでも歌って踊れてTVに出れると言う時代が到来したと言う事なんです。まあ、ある意味恐ろしい歴史の必然だけれど、私はあまり好まないですが。・・・いずれ、プロに戻ると言う揺り戻しもあるだろうね。」

と言っていたのを思い出す。まさに慧眼であったと私は思う。

そしてネット時代の到来で全員発信できる世界がやって来た。これが、政治的発言や国情や文化の批判に及びやがて「見た目が良い」「女子高生」「社長」となればその発言がアクセス狙いのサイトの記事になり、その反応を見た出版社の編集者やネット・テレビの制作者が動き深く考えないで世に出す。

確かに本屋に行けば、駄菓子の様な稚拙な書から超高級チョコレートの様な高等な書まで並べてある。しかし、このようなティーンエイジャーの一時的で感情的な「つぶやき」に近い発言を掲載し、「若い人が面白い発言をする」とそれにうなづいている大人達の心境が私にはよくわからないだけなのである。・・・ここにきてプロフェッショナリズムと厚い知性の力に期待してしまうのである。

若い人を叩くつもりは毛頭ないし、時代を切り開いてきた若者は古今東西枚挙のいとまがない。ある種のヒエラルキー社会(階層社会)の弊害を防ぐには、若者の直言が必要な事がある。しかしそれにはやはりその若者のある種の蓄積と知性と才能が必要である。だから、椎木さん本人の「世に出たい」気持ちもあるだろうが、出来ればその準備が整ってからにしていただきたいと思うのだ。

アメリカは色々問題がある国だが、やはりアマチュアとプロフェッショナルの壁がエンターテイメント・表現芸術では重視されている。今年のスーパーボウルのハーフタイムショーにおけるレディー・ガガの国家斉唱などはまさに選ばれた人間のパフォーマンスであった。かといってあれを目指せ、というのでは無いが、日本は独自に文化を研ぎ澄まさなければならないと思う。

椎木さんには哲人ソクラテスの言う「無知の知」を自覚し、さらに知らない世界を知ってほしいし、本当に「イケていない」のはあのような未熟な発言を掲載しビジネスの種にしている大人たちの問題なのではないだろうかとおもうが、どうだろうか。また、この例は椎木さんに留まらないのだろうと最近とみに感じるのである。(了)