不正受給よりも、もっと大きな罪がある - 赤木智弘
※この記事は2016年06月25日にBLOGOSで公開されたものです
大阪府教育委員会によると、休日に部活動に費やした時間を虚偽申告するなどして、5年間で計約93万円を不正受給していたとして、45歳の男性教諭を懲戒免職にしたという。(*1)「93万円を不正受給」というと、とんでもない額という気になるが、ここは計算をしてみよう。記事によると93万円という額は平成23年度~27年度の5年間で受け取った合計であるということだ。これを5で割ると年間18.6万円だ。さらにこれを年間のだいたいの土日祝日の数である120で割ると1550円という数字が出てくる。
大阪府の「職員の特殊勤務手当に関する条例」(*2)を見ると、教員が土日祝日に部活動や補習などで6時間以上勤務で3,700円、4時間以上6時間未満の勤務で3,000円ということだ。
記事によると「部活動の遠征に付き添った時間を実際より長く申告するなどの手口」と書いてあるから、6時間未満の時間を6時間以上としたり(700円)、4時間未満の活動を4時間以上として申告していた(3000円)のではないかと思われる。
このあたりはおおざっぱな話なのではあるが、「93万円」という額だけを見るととんでもないことに思えても、1回あたりの額としては決して驚くに値しないほどの額であり、その蓄積に過ぎないということが理解していただけるだろうか。
それにしても、教員だから当然平日は授業をしている。その上で、休日まで部活動に駆り出され、その手当が高くても3,700円というのはどうなのだろうか?
大阪府の職員のモデル年収額を見ると、45歳の高校教諭で税引き前の年収として745万円をもらっている。(*3)
基本的な部分の給料が高いのだから、単純にほかのバイトなどと比べて「アルバイトでも1日働けば5,000円はもらえるのに、部活の手当が1日3,000円は低すぎる!」という批判はあたらないと、僕は考える。あくまでも月収ありきの手当であるからだ。
だが、一方で教員が部活に「駆り出される」ことは問題である。
教員に対する部活顧問の割り当てというのは「当然のこと」として認識されている。今回問題になっているのは、休日の部活動に対する手当だが、その一方で平日の部活動には一切給料が設定されていないのだ。
文部科学省が「教員をめざそう!」という冊子を出している。(*4)
そこに「教員の一日」というモデルケースが記載されているのだが、8:00の投稿指導に始まり、最後が15:30の職員会議や下校指導となっている。 しかし実際には部活が朝や放課後にあることは言うまでもないのだが、これが記されていないのは、部活動は教員の正当な業務ではなく、あくまでもボランティア活動として設定されているからである。
本来、ボランティアというものは、活動する本人の自由意志をもって受け入れる無償労働である。だが教員の部活動ボランティアは、学校から「当然のこと」として実質的に強制されているのが実情だ。そうであるならば、教員が部活動に勤しむこと自体が、自治体による「労働力の搾取」に他ならない。そして搾取によって得たその額は今回の教員が得た5年で93万円という額とは比べものにならないほど大きな額であることは言うまでもない。
今回の教員が懲戒免職をされるのであれば、部活顧問の強要によって金もろくに払わず教員から労働力を搾取してきた文部科学省や各自治体の教育委員会といった人たちの首も、全員まとめて斬らなければいけないはずだと僕は考える。
実際には全員の首を斬ってもなお、まったく不正に利益を得たということに対して、労働者側が受ける罰と、使役する側が受ける罰とのバランスが全く成立していないことは言うまでもない。教員に対する労働力の搾取は特定の教員だけではなく、大半の教員が受けていることである。これを今から「罰」として正当に算出するとしたら、天文学的な数値が出てくることは想像に難くない。
労働者が使役側から利益をかすめ取ることに対する罰と、使役側が労働者から労働力をかすめ取ることの罰がまったく釣り合わないほどに離反していることに愕然とする他ないのである。
しかし現実には、教員側だけがその罰を受けるのである。そしてもっと多くの搾取を行っている人たちは「裁き」を下す側に立ち続ける。目先の問題意識で教員の不正受給を問題にするとしても、その向こう側にはもっと大きな「罪」が存在している。前者を裁きながら、後者を見過ごすことは決して正しいことではないはずだ。
こうした前提を知ればこそ、僕は教員の懲戒免職という罰はあまりに重すぎると考える。せめて手当の減額による5年程度をかけての返却あたりで手を打てなかったのだろうかと、残念に思う。
*1:休日の部活手当93万円を不正受給 男性教諭を懲戒免職 大阪府教委(産経新聞)
*2:職員の特殊勤務手当に関する条例(大阪府)
*3:職員のモデル年収額(大阪府)
*4:教員をめざそう!(文部科学省)
*5:部活動顧問の過重負担 声をあげた先生たち 「顧問拒否」から制度設計を考える(内田良 Yahoo!ニュース)