「参院選後には“熱狂なき国民投票”の可能性も…」西田亮介氏に聞く参院選と改憲の行方 - BLOGOS編集部
※この記事は2016年06月22日にBLOGOSで公開されたものです
いよいよ参議院議員選挙が公示される。現時点でのいわゆる"改憲勢力"は85議席。今回の改選で77議席を確保できれば、すでに与党が3分の2を押さえる衆議院とあわせ、両院で総議員の3分の2以上、つまり憲法改正の発議が可能な状況となる。民進党は参院選のポスターに「まず、2/3をとらせないこと」というキャッチフレーズを打ち出し、メディアでも、にわかにこの数字がクローズアップされ始めているが、改憲は今度どのような形で進むことが予想されるのだろうか。東京工業大学准教授の西田亮介氏に、今後予想される改憲への流れと、その先に予想される「国民投票」について話を聞いた。【大谷広太、永田正行】
■まず着手するのは96条?
―民進党のポスターの意味するところは「憲法改正に発議に必要な数字をとらせない」ということでしょう。19日にニコニコ生放送などで配信された「ネット党首討論」でも、憲法が論点として取り上げられ、首相は参院選後に憲法改正について議論していくと発言しました。西田:自民党は結党当初から「自主憲法制定」を党是に掲げてきたものの、様々な派閥を抱えていたことから、憲法改正には着手できない状況が続いていました。しかし、安倍総裁のもとで自民党内の体制が強化され、改憲への態度をより強固なものにしてきているように見えます。
また、これまで改憲勢力が衆参両院で3分の2の議席を獲得したことはほとんどありませんでした。しかし、今回の参院選では自民・公明両党に加え、おおさか維新、日本のこころを大切にする党などで77議席が確保できれば、発議が可能になるわけですから、当然、憲法改正論議が現実味を帯びてくるわけです。
選挙戦において、自民党が「あくまでも経済政策が争点だ」と主張することに対して、野党やメディアは、「もっと前面に憲法改正を押し出して正々堂々とやるべきだ」と批判しますが、世論調査の結果を踏まえると、憲法改正を争点にしても、有権者があまり関心を持たないという状況もあるでしょう。
もちろん自民党としても避けている部分があるはずです。ただ、本当にやりたいことはさておき、経済政策や待機児童、給付型奨学金などの社会保障政策といった、有権者が敏感にかつ肯定的に反応しやすいものを主張の前面に押し出すというのは、ここ最近の自民党の"勝ちパターン"となっています。
―もし参院選で改憲勢力が3分の2を確保した場合、自民党が改正に着手するのは、憲法のどの部分だと思いますか?
西田:まず、憲法の根幹に関わる部分や前文については触らないと思います、日本国憲法の本質部分は変更しないという公明党との合意も困難になりますし、なにより9条などはさすがにその象徴性が国民もよく知っているはずです。日本国憲法の改正は一度失敗すると次いつ改正の条件が整うかまったく予想できません。このような認識を前提にすると、憲法改正に相当の意欲を見せてきた安倍自民党をはじめとする改憲を主張する人たちが最初に取り掛かるのは、一時トーンダウンしてはいましたが、やはり96条の内容、すなわち下記の条文だと考えられます。
第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。この変更を訴えるのではないかと思います。
現行の条文では、改正の発議には両院の総議員の3分の2が必要ですが、これを過半数にしようというもので、自民党が示している憲法改正草案にも盛り込まれています。むしろそれ以外の条文の改正は、現時点では難しいと思います。
今年は日本国憲法公布から70年、来年は施行から70年です。さらに2018年は明治維新から150年、2019年は大日本帝国憲法公布から130年という節目の年にあたります。安倍総理の自民党総裁の任期は2019年までであることを考えると、この間に最初の憲法改正を行いたいと考えていると推測されます。それによって憲法改正を訴え続けた祖父・岸信介元総理の意志を継承するとともに、彼を名実ともに超えたいと考えているのではないでしょうか。
―連立を組む公明党は、「加憲」を主張していますが、山口代表は現時点の改正には慎重な姿勢を示しています。議席数を考えれば、公明党抜きでの発議は難しい状況ですが。
西田:両党は選挙の際にお互いの力を必要としていますし、公明党は政権与党内でのブレーキ役と言われてはいますが、現在では押し切られたようにみえる状況も増えています。9条改正はさすがに難しいでしょうが、96条のような、あまりイデオロギッシュではないようにみえる条文の改正でないものについては協力の可能性は十分にあるでしょう。
■「否定形」のメッセージは有権者には響かない?
―一方、民進党など、野党の側の批判を聞いていると、あくまで憲法改正=9条、安保法制関連ばかりですね。「平和主義の日本を壊してはならない」といったような。西田:そうですね。それでは「9条の問題は最初からやりません」とかわされてしまう可能性もあります。
また、学生たちに聞いてみても「現実にそぐわない部分があるのなら、ちょっと変えてみてもいいのではないか」という感想もよく聞きます。戦後70年経った、多くの生活者の感覚も、これに近いものがあるのではないでしょうか。
つまり、「◯◯はいけない」というような否定形のメッセージでは、有権者にはあまり響かず、リアリティを持った改憲勢力に押し切られる可能性があるということです。
―自民党の改憲案には、多くの批判が集まっていますが、一方で野党側には対案がありません。もちろん「改憲すること自体に反対だ」もひとつの意見だとは言えますが、自民党以外からも改憲案が出てきてもよいと思います。
西田:自民党の改憲草案には、これまでも様々な批判が出ているように、多くの問題点を孕んでいます。しかし、あれはモーターショーのたとえで言えば"コンセプトカー"であって、実際の改憲にあたっては議論に耐えられるよう、現実的なものに今後ブラッシュアップされて行くと考えられます。
また、日本には良かれ悪しかれ、憲法や解釈、改正に関する具体的な議論を一部の憲法学の世界の方々に預け、高度で複雑な、そして生活世界から切り離された世界に閉じ込めてきてしまったというところがあるのでしょうか。その結果、護憲派だけでなく、改憲派も70年間、具体的な憲法の議論を棚上げすることになってしまいました。
議論が人口に膾炙するよう、戦後民主主義的な考えのみならず、より現実的な、現在の政治の世界に合わせた具体的で、それでいて抑制的な議論をしていかなければならない時代になっているのではないでしょうか。難しいことだとは思いますが。
■安倍首相が第一次政権から打っていた憲法改正への“布石”
―今回の参院選では18歳選挙権が注目を集めていますが、憲法改正が発議された場合の国民投票について定めた「国民投票法」でも、投票年齢は18歳となっています。西田:「国民投票法」についての議論は、あまりメディアで見かけないのですが、著書などでも書いてきたように以前から注目しています。
「国民投票法」が規定する「国民投票運動」と、「公職選挙法」が規定する「選挙運動」は大きく異なっており、通常の選挙と比較すると、国民投票の規定は非常に少ない。具体的には費用の上限、期間、ビラの枚数、ポスターの大きさ、選挙カーの台数などについての規定がありません。これは、国民投票は憲法改正という極めて重要なテーマについての投票であるため、広く周知することが必要だと考えられているからということになっています。
これは昨年の大阪市特別区設置住民投票、すなわち橋下徹氏が訴えた「大阪都構想の是非を問う」住民投票とよく似ています。当時、維新の地方議員が全国から集結して街を練り歩いたり、テレビCMがたくさん放映されていました。反対派も同様です。このことを思い出すと、憲法改正が発議されたら、護憲と改憲の双方の立場で、あのような運動が全国津々浦々で繰り広げられると予想できます。
戦後長い間、憲法改正の是非が、保守派と革新派の主要な対立軸となってきたことを考慮しても、多数の意見広告が新聞に掲載され、テレビやYouTube上で様々なプロモーションが実施されると考えられます。
―そうした状況では、資金がある方が有利になりますね。
西田:そうもいえると思いますね。選挙運動の手法についての規制が少ないアメリカ大統領選におけるキャンペーンのようなPR合戦が行われると考えれば、イメージしやすいと思います。
そもそも、国民投票法が成立するときは、通過させるかどうかが焦点になっていて、法案の内容について、とくにこの国民投票運動のあり方などについてはそれほど議論の盛り上がりはなかったと記憶しています。国民投票法が成立したのは、まさに第一次安倍政権の時でしたから、当時から憲法改正に向けた戦略的・長期的にシナリオが考えられていたのではないかと推論できると思います。
ー先ほどの憲法論議の問題とも重なりますが、このままでは、実際に国民投票を行う段階になっても、多くの有権者にとってはどこかピンとこないままに投票日を迎えてしまう気がします。
西田:ここまでの予想通り、憲法改正が発議され、それが96条に関わる部分だった場合、「3分の2が2分の1になる」ということの意味を、正確に理解できている人はそれほど多くはないと考えられます。
こうした状況下で、初めての投票行動が憲法改正にまつわる国民投票という18歳、19歳の人たちが出てくる。そうした現状を考えると、仮に憲法改正が発議され、国民投票になっても投票率は極めて低い結果に終わるかもしれません。そうした“熱狂なき国民投票”であっても、投票した人の過半数で改正の是非が決定してしまうのです。
現在、18歳選挙権の実現にあわせて、行政が主体となった"中立的"な主権者教育が行われています。こうした活動によって投票に対する意識向上はできるかもしれませんが、憲法問題のような価値判断を行うためには、やはり政治観を身につけるための土台づくり、判断のための素材・知識や分析の枠組みを生活者に浸透させる仕組みを整えていくことが必要でしょう。それがネットも含めたメディアにも求められていると思います。
(にしだ・りょうすけ)東京工業大学大学リベラルアーツ研究教育院准教授。博士(政策・メディア)。1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。(独)中小機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学特別招聘准教授などを経て現職。専門は情報社会論と公共政策。 著書に「ネット選挙とデジタル・デモクラシー」(NHK出版)、「ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容」(東洋経済新報社)、「無業社会 働くことができない若者たちの未来」(朝日新書)「若年無業者白書2014-2015」(共著、バリューブックス)、「メディアと自民党」 (角川新書)など。