日本人選手、海外時代の「忘れているかもしれない」ユニフォーム7選

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今や多くの日本人選手が当たり前のように海外でプレーする時代となった。

だが必ずしも移籍が成功するわけではないし、大きな注目を集められないこともある。そしてそんな場合は、ユニフォーム姿をパッと思い出せないことも珍しくない。

ここでは、そんな“忘れかけているかもしれない”ユニ姿をご紹介しよう。今回は7選手に絞ってお届けしたい。

井手口陽介(クルトゥラル)

クルトゥラル・レオネサ Hummel 2017-18 ホーム

2018年1月のリーズ・ユナイテッド移籍とほぼ同時に、当時スペイン2部のクルトゥラル・レオネサへローン移籍。17-18シーズン後半のリーグ戦でこのユニフォームを着用した。たった4年前のことだが、だいぶ懐かしさを覚える。

森本貴幸(ノヴァーラ)

ノヴァーラ・カルチョ 2011-12 Joma ホーム

一定の成功を収めたカターニアから、より多くの出場機会を求めて同じセリエAのノヴァーラへ移籍。序盤は好調だったが、負傷もあって次第にこのユニフォーム姿を目にする機会は少なくなった。ちなみに21-22シーズンのノヴァーラはセリエDに所属している。

清武弘嗣(セビージャ)

セビージャ 2016-17 New Balance ホーム

清武弘嗣の海外時代は決して順風満帆とは言い難く、本人のプレーは良くてもチームは残留争いに巻き込まれることが多かった。そんな清武の(現時点での)最後の海外クラブは名門セビージャ。だが伝統の白いユニ姿はわずか半年で見納めとなり、2017年2月に古巣セレッソ大阪へ復帰となる。

戸田和幸(トッテナム)

トッテナム・ホットスパー 2002-04 Kappa ホーム

現在は多方面で活躍する戸田和幸氏。2003年に加入したトッテナムでのプレーはわずか4試合だったが、この経験はかけがえのない財産として胸に刻まれているようである。旧エンブレムが懐かしいクラブ史上初の“Kappaピチユニ”は、02-04の2シーズンで使用した。

矢野貴章(フライブルク)

フライブルク 2010-11 Nike ホーム

現在は栃木SCに所属する矢野貴章は、2010年8月に海外へ移籍。ドイツ1部のフライブルクで約1年半にわたりプレーした。当時のフライブルクは赤と黒のユニフォームが格好よく、ユニ好きの間で密かに人気が高かった。

中村俊輔(エスパニョール)

エスパニョール 2009-10 Uhlsport ホーム

中村俊輔の輝かしいキャリアの中で、エアポケットのように抜け落ちているエスパニョール時代。プレー自体は決して悪くなかったが、チーム状態の悪化とともに出場機会を失った。ユニの前面下部に描いているのは、当時開場したばかりの新ホームスタジアム(現在のエスタディ・コルネリャ=エル・プラット)である。

小野伸二(ボーフム)

ボーフム 2007-08 Umbro ホーム

小野伸二にとってフェイエノールト以来、2度目の欧州挑戦となった2008年1月のボーフム移籍。出場機会は決して多くなかったが、当時のブンデスリーガではやや異質な小野の柔らかなプレーが印象的であった。

ボーフム在籍2シーズン目に着用したのは、当時新興ブランドだったDYF製のユニフォーム。小野はこの白いアウェイキットを着て、2008年夏に日本で横浜F・マリノスと対戦した。

その貴重な新品デッドストックユニフォームが「Qoly × LFB Vintage」で入手可能となっている。