変化した「駅弁大会」 高単価商品が続々のワケ “現地でしか買えない”だけでない価値追求
全国各地の有名駅弁が総結集した「駅弁大会」は、毎年1月・2月に百貨店の催事場で行われます。各地方の駅弁販売の場が徐々に減少するなか、各社はそれぞれの強みを生かした新作駅弁、高単価のオリジナル駅弁で勝負をかけています。
「人気駅弁が勢ぞろい」から軸足を移す駅弁大会
駅弁業者にとって、観光のオフシーズンで人流も減少する1・2月は、最も売り上げが厳しい時期です。この時期を利用して、全国各地の業者はデパートの催事場などで行われる「駅弁大会」「駅弁フェア」に駅弁を出荷したり、現地に出向いて実演販売を行ったりしています。
初めて「駅弁大会」と銘打った大会は1953(昭和28)年に高島屋大阪店で行われたと言われていますが、現在よく知られているのは、京王百貨店新宿店で開催されている「元祖有名駅弁とうまいもの大会」でしょう。1966(昭和41)年から毎年初頭に行われる大会は年々規模が拡大し、2022年1月7日から始まった第57回大会では、駅弁業者・各地の名産を扱う80社が集結、約300の駅弁が一堂に会します。
2022年1月7日から始まった京王百貨店の「元祖有名駅弁とうまいもの大会」。朝8時から開店を待つ人が集まり始めた(宮武和多哉撮影)。
京王百貨店の1号店として新宿店が開店して2年後から途切れることなく開催が続いているこのイベントは、第1回から実演で参加しているいかめし阿部商店(北海道・森駅)、次いで参加の歴史が古い淡路屋(兵庫県・西明石駅)、小樽駅立売商会(北海道・小樽駅)など、長らく参加を続けている業者が多いのも特徴です。催事出店の実力・経験を兼ね備えた各社がアピールにしのぎを削ることが、魅力のある売り場・商品を生み出していると言えるでしょう。
しかし“駅弁“というカテゴリーは、長期的には減少の一途をたどっています。駅弁マークを掲げる「日本鉄道構内営業中央会」の会員数は、この30年で3分の1以下に減少、直近ではコロナ禍による実販の減少にも見舞われるなど、携わる業者もアイテムも昔より減少しています。その中で、現地でしか買えない有名商品を目玉としていた大会のメインも、大会に向けて開発される新作駅弁に移りつつあります。
業者の強みを存分に生かす! 新作駅弁の数々
この駅弁大会に向けて、各社はそれぞれ新商品を投入します。今回の大会のメインともいえる「人気駅弁屋 新作弁当の競演」「新作豪華駅弁合戦〈絶品牛肉 vs 贅沢海鮮〉」に向けた新商品は、それぞれの強みや個性を生かし、定番の駅弁よりしっかりした単価で各社が勝負を賭けています。
なかでも、食材の扱いを最大限の武器にしているのは、武雄温泉駅弁「カイロ堂」でしょう。今回「佐賀牛サーロインのみで作った極みステーキ&すき焼き弁当」を投入する同社は、もともと佐賀県を本拠地に焼肉店を手広く展開しており、日本有数のブランド牛である佐賀牛を一頭買いし、部位ごとの美味しさを最大限に引き出すことができるのが強みです。
もともと駅弁が存在しなかった武雄温泉駅で同社が駅弁販売を始めたのが2010(平成22)年、立て続けに開発した「佐賀牛すきやき弁当」「佐賀牛極上カルビ弁当」は、九州の駅弁ナンバーワンを投票で決める「九州駅弁大会」で3連覇(2012〜14年)を果たしました。その後も各大会に向けて新商品の投入を常に続けていることが人気の秘訣と言えるでしょう。
石川県の加賀温泉駅弁「高野商店」は、コロナ禍により100年以上の歴史で初めて長期休業を余儀なくされ、その後も製造・販売を社長が一人でこなす状態が続くなど、会社として辛く苦しい時期が長引いたといいます。同社が拠点とする加賀温泉駅は2023年度末に北陸新幹線が開業しますが、その関係で2年も仮駅での営業が続いていることもあって、大会にかける意気込みは並々ならぬものがあるそうです。
同社の新作「加賀かに御膳」は、香箱蟹(ズワイガニのメス)にかにみそが添えられています。この蟹は一般的なものに比べて味・香りが良いものの、剥きづらいのが特徴で、膨大な手作業を要します。そうした食材をあえて投入するあたりにも、同社がこの大会に賭ける様子が伺えます。
丸政「そば屋の焼き天むす」実演販売ブース。丸い焼き天むすにソースを塗る(宮武和多哉撮影)。
また実演ブースや、地方から取り寄せた商品を集めた「輸送駅弁」コーナーでも、工夫を凝らした新作駅弁を多く見ることができます。2022年に話題になりそうな新作といえば、実演なら山梨・小淵沢駅弁「丸政」の新作「そば屋の焼き天むす弁当」、輸送駅弁なら新神戸駅弁・淡路屋の「JR貨物コンテナ弁当 神戸のすき焼き編」などでしょうか。
稀に起こるシンデレラストーリー 駅弁大会は「実力テストの場」?
また、国内最大規模の「全国有名駅弁とうまいもの大会」参戦をきっかけに、一気にその名を知られるケースもあります。
今回「新作駅弁の競演」で「海の極み弁当」を投入する福島県のいわき駅弁「小名浜美食ホテル」は、この大会に初めて参加した2019年に「うに貝焼き食べ比べ弁当」が販売数3位を記録し、その後の出店が大幅に増加したといいます。なお筆者(宮武和多哉:旅行・乗り物ライター)も同年の3日目早朝から行列に並んでいましたが、スマートフォンで大会情報を検索している人々の「今年参加の“いわき駅弁“が美味しいらしい」という会話が「ほんとに?」「全然聞いたことないけど美味しいの?」と徐々に広がり、開店直後から同社ブースの行列がみるみる伸びていったのを目撃しています。
小名浜美食ホテルの「海の極み弁当」(宮武和多哉撮影)。
ローカルブランドとしての日本一を目指し、数年途絶えていたいわき駅弁をJRいわき運輸区から要望を受けて復活させた同社にとって、「元祖有名駅弁とうまいもの大会」の参加は、その後の催事出店が増加する“シンデレラストーリー”の始まりだったのかもしれません。もちろん、遠洋漁業の拠点・小名浜港で蓄積したノウハウを生かした商品を開発できる実力があってこそ、そのチャンスが巡ってきたと言えるでしょう。
各社が地域の食材で知恵を絞った新作駅弁を発表することは、出店する業者にとって、いわば「駅弁の実力テスト」とも言えるでしょう。経営規模としてはコンパクトな業者も多いなか、駅弁大会は、小さな会社でも強み・特性をもって支持を集めることができるチャンスになっているのです。
もちろん大会で繰り広げられる競争は熾烈ですが、それが来場する人々にとって「毎年美味しい出会いがある」という楽しいにつながっています。行列に待つ人々、多量に駅弁を抱えてウキウキしながら帰っていく人々を見れば、わかることでしょう。
なお、コロナ禍後の「全国有名駅弁とうまいもの大会」は大きくオペレーションが変わり、会場に入らず2階で商品を受け取れるお取り置き販売(ネット予約のみ)、冷凍商品のネット通販などにも対応しています。