物事をスマートに断るにはどうすればいいのか。明治大学文学部の齋藤孝教授は「何でも正直に伝えればいいわけではない。日本人には『角が立たないように断る』言葉の技術がある。それを覚えておくといい」という。セブン‐イレブン限定書籍『人生を変える「超」会話力』からお届けする――。

※本稿は、齋藤孝『人生を変える「超」会話力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Farknot_Architect

■“噓も方便”が通用しない時代の「断り方」

語彙力は、会話をスムーズに進めたり、人間関係に配慮しながら伝えづらいことを言ったりするのに役立ちます。

ここでは、シチュエーション別に使える便利な表現をいくつか紹介しましょう。

むかしから、日本人には「角が立たないように断る」言葉の技術があります。

例えば、なにかの誘いや仕事を断るとき、「日程的に難しい」と言ってしまうと、相手は「日程さえ調整すればいい」ととらえかねません。

そんなときはまず、「条件面をいちど検討させていただきます」と返します。そうして検討した結果、「やっぱり難しいです」「またぜひお声かけください」と段階を踏めば、角を立てずに関係性をつないでいる感じになります。

「関係は続けたいけれど、今回はどうしても都合が合いません」とにごすわけですね。

むかしは「噓も方便」が通用しましたが、いまの時代は難しくなりました。なぜなら、SNSなどで噓が簡単にばれてしまうからです。

「都合が悪いといったのに、SNSを見たら遊んでいるし……」、みたいなことは、案外起こりがちではないでしょうか。SNSでなくとも、あちこち掘り返せばたいていどこでなにをしていたかくらいはわかってしまいます。

そこで、できるだけ正直に振る舞うには、「これから」のことを言うと断りやすくなります。

「○○の予定がこれから入りそうなので」と言って断ると、たとえ予定が入らなくても噓をついたことにはならないので、関係性を傷つけずに断れます。

また、代案を出すのも手でしょう。「○○のかたちでしたら大丈夫です」と別の選択肢を示し、自分がより快適な状況になるよう、逆に提案するやり方もあります。

■邪推も詮索もさせない「諸事情で…」

さらに、「諸事情」という便利な言葉をぜひ覚えておいてください。

これは履歴書や退職願などに使われる「一身上の都合で」と似た表現で、「諸事情で」と言われると、人はそれ以上の理由を詮索しづらくなります。

「それ以上聞いてくれるな」という意味が含まれる玉虫色の表現ですが、大人の日本人なら覚えておきたい語彙です。けっして噓をついているわけではなく、ただ理由をあいまいにしているだけなので、お互いに嫌な気持ちにもなりません。

「家庭の事情で……」というと変な想像をされがちだし、「体調が悪くて……」も、余計な想像をさせるためあまりいい断り方とはいえません。

理由を正直に伝えると、ときに誰かを傷つけたり、自分を追い詰めたりする場合もあります。そんな言いづらいことを伝えるとき、もし今後に希望があるなら、「今回は諸事情で残念ですが、次回またご相談させてください」などといえば、相手は「今回は合わなかったけれど、まだ次があるんだ」と前向きに思えます。

理由をあいまいにしながらも、さらりときれいに断るために、「諸事情がありまして」を覚えておきましょう。

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■自慢話には「肯定してぼかす」

世の中には、自慢話が好きな人はいるものです。あるいは、ふつうの話をしていたはずが、いつのまにか相手の自慢話を延々と聞かされている場合もあります。そんなときはどうすればいいのでしょう?

まず注意したいのは、「凄いですね」「それはおめでとうございます」などとほめてしまうと、相手の会話のスイッチが入ってしまい、しばらく自慢話を聞かされるはめになりがちなことです。

かといって、「そうなんですか」とそっけなく答えると、それはそれで聞き手としてノリが悪く、失礼な返答にあたる場合もあると思います。

そこで覚えておきたいのが、「それはよかったですね」とぼかして答えること。これなら相手を肯定しているので失礼にならないうえに、少しあいまいな感想でもあるので、相手も自慢話をそれ以上続けにくくなります。

大人同士の会話では、場合によって自慢話でマウンティングしてくるような人もいます。そんな不快な思いやいさかいを避けるためにも、スマートに自慢話をかわしていく表現も身につけましょう。

■相手を否定せずに異議を唱えるには

ビジネスの世界では、異なる意見を率直にぶつけ合い、よりよい選択や決断をすることが必要です。そのため、誰かの意見にはっきりと異議を唱えるのも、ときに大切な姿勢になります。

しかしこのとき、「それは違うのではないでしょうか?」「その方法ではうまくいきませんよ」などと相手を正面から否定すると、人間関係が悪くなりチームの機能を損なう可能性も出てきます。

そうではなく、相手の意見に配慮しながら自分の意見を伝えることが、会話における社会人のマナーなのです。

そんな場合は「方向性としては」という言葉を活用してみてください。

「方向性としてはとてもいいと思う。ついでにここも改良できますね」
「方向性としてはいいから、こういう手も考えてみたら?」

こう話せば、誰も否定することなく、自分の意見を伝えられます。

会話をする際は、相手をむやみに否定してはいけません。話し上手な人は、どんなときでも相手に対する肯定を前提にして話す人です。

「確かにいいね、加えて○○もあるね」という言い方を心掛ければ、言いづらいこともしっかり伝えられるはずです。

■場の風通しをよくする「感覚」「直感」「印象」

せっかくいい意見やアイデアを思いついても、まわりの雰囲気や会話の流れから外れるのを気にし過ぎて、自分の考えを気兼ねなくいえないときもあるでしょう。

齋藤孝『人生を変える「超」会話力』(プレジデント社)

ふと思いついたことを会話のなかで自然に話せなければ、会話を理詰めだけで考えてしまい、その場にも緊張した雰囲気が生まれてしまいます。

誰かが思いつくままに素直な意見を発することで、はじめてその場の風通しがよくなり、明るいコミュニケーションができる雰囲気になります。

ですから、まずはあなたから、自分が感じたままの意見を伝えてみましょう。

そんなときに使えるのが、「感覚的にいうと」「直感的には」「印象としては」などの感性を伝える言葉です。

「感覚的にいうと、そのアイデアはいまの若者に刺さると思いますね」
「直感的には、このサービスは高くても使い勝手がいいのでありだと思います」

自分の考えにつけるだけで、素直な意見がぐんと言いやすくなります。感覚や直感には正解・不正解がないので、誰もが「そうだよね」「そういう見方もあるかな」と、自然なかたちでとらえられるからです。

仲間やチームのなかにひとりでもそんな話し方をする人がいるだけで、まわりの人も率直な意見を言いやすい雰囲気が生まれます。

その場のコミュニケーションが活性化していくので、会議や打ち合わせなど仕事の場面で、ぜひ使ってみてください。

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齋藤 孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『ネット断ち』(青春新書インテリジェンス)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)『新しい学力』(岩波新書)『日本語力と英語力』(中公新書ラクレ)『からだを揺さぶる英語入門』(角川書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。
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(明治大学文学部教授 齋藤 孝)