前世紀とは様相をガラリと変えた世界のパワーバランスに対し、アメリカ海軍および海兵隊は新たな作戦構想を考案し、それに向けた新型艦の建造を計画しています。自衛隊の島しょ防衛とも深く関わるであろうお話です。

アメリカ海兵隊が進める新作戦構想「EABO」

 2021年末現在、アメリカ海軍が新型揚陸艦の建造を計画中です。


新型艦に、サイズ的に近いと見られるアメリカ陸軍のフランク・S・ベッソン・ジュニア大将級兵站支援艦(画像:アメリカ海軍)。

 近年、中国は軍事力を増強し、有事におけるアメリカ軍の東シナ海における行動を著しく制限するための態勢を整えつつあります。そこで、アメリカ海兵隊は、これに対抗する新たな作戦構想を打ち立てました。それが「EABO(遠征前進基地作戦)」です。

 EABOは、地対艦ミサイルや地対空ミサイル、敵の艦艇や航空機を発見するためのセンサー、さらに航空機や艦船への弾薬や燃料の補給能力を備えた部隊である「海兵沿岸連隊」を中核として実施されるもので、この部隊が敵の勢力圏内にある島しょ部を占領し、アメリカ海軍の作戦を支援するというものです。

 具体的には、島々を移動しつつ分散し、海軍と連携して敵の艦艇を捕捉し、地対艦ミサイルで攻撃する、あるいは艦艇やヘリコプターなどに対して弾薬や燃料の補給を行うことなどが想定されています。これにより、アメリカ軍は東シナ海の内側において継続的に戦闘を行うことができる一方、中国軍はあらゆる島々からの攻撃に備えなければならず、さらにアメリカ海兵隊は部隊を分散させているため、攻撃を1か所に集中させることができなくなるわけです。

EABOに欠かせない揚陸艦「LAW」

 そして、このEABOを実施するために欠かせないのが、部隊を島から島へと輸送する揚陸艦です。

 現在、アメリカ海軍では海兵隊を輸送するための強襲揚陸艦やドック型揚陸艦を多数運用しています。しかし、これらは大規模な強襲揚陸作戦を実施するには最適な艦艇ですが、小規模の部隊を島から島へ展開させるEABOを実施するためには、より多くの、そしてよりコンパクトな揚陸艦が必要になります。そこで、アメリカ海軍はそのための新たな揚陸艦を運用することにしました。それが冒頭に挙げた、「LAW」ことLight Amphibious Warship(軽水陸両用艦)です。


EABOを実演する演習に参加した、アメリカ海兵隊のHIMARSこと高機動ロケット砲システム(画像:アメリカ海兵隊)。

 LAWは2021年末現在、いまだ正式なデザインは決定されていませんが、全長は60mから120m、運用に要する人員数は40名程度というコンパクトさながら、75名以上の海兵隊員と複数の車両などを輸送する能力が求められています。また、EABOは港湾施設などが整っていないような島でも実施されることが想定されるため、島に直接人員や車両を陸揚げする能力が求められます。

 そこで、LAWは水深が浅い海域でも運用できるように喫水が浅く設定されているほか、艦尾または艦首から陸地に直接ランプを下ろせるようになることが予定されています。

圧倒的な低コストとシンプルさで大量生産も可能に

 LAWの特徴はなんといってもそのコンパクトさです。たとえば、現在アメリカ海軍で運用されているドック型揚陸艦のサンアントニオ級は全長208m、700名以上の海兵隊員を輸送可能と、その差は圧倒的です。しかし、そのぶんLAWは圧倒的に低コストで建造することができるとされています。


アメリカ海軍のサンアントニオ級ドック型揚陸艦(画像:アメリカ海軍)。

 サンアントニオ級の最新型であるフライト2の建造費用は、1隻当たり約2000億円ですが、LAWは1隻あたり130億円前後を目指すとされています。最終的に、アメリカ海軍では24隻から35隻のLAWを運用する予定で、これにより、既存の揚陸艦とも連携しつつ、EABOをより効率的に実施することが可能となります。

 また現在、陸上自衛隊も島しょ部の防衛を念頭に置いた部隊の配置などを行っていますが、その部隊を島しょ部に迅速に輸送する艦艇の数は十分とはいえません。そこで、このLAWによって海兵隊と共に陸上自衛隊の部隊や戦車などが輸送されることも想定されるでしょう。

 現在、LAWはそのデザインについて5社から提案を受けており、最終的にデザインが決定され次第、その低コストと構造のシンプルさからアメリカ各地の造船所で大量生産が可能になると見込まれています。これは、中国の軍事力増強に対するアメリカの真剣度合いの表れといえるでしょう。